第18話 異世界青色コミュニケーション

先程鳴っていた、真蛸の少女……グリタの吸盤には不似合いなカラカラという音、あれは彼女が運んできたサービスワゴン──高めのホテルとかで料理を運ぶカート──の音だった。

上には、ひととおりの飲み物や摘めるお菓子などが乗っている。


「…呼ばれただけなのにそれ持ってきたんですか?」

「お客様がいらっしゃったら給仕をする、っていうのがわたしの仕事なんです。お好きな飲み物お入れしますよ!」

「いいんですか? ……じゃあ遠慮なく」


(ん? キミ、まだお菓子も食べるのかい。底なしだなぁ)


…そういえば神様と感覚が繋がっているということは、俺は食べすぎるといけないんだろうか。それは悲しい。


(いいや、ワタシの胃袋はほとんど概念的なものだからね、問題は無いよ)


満腹は感じるが、限界はない、みたいな感じか。食べ過ぎなほど食べて、後で苦しくなるくらいがいい俺にとっては嬉しい都合である。


思わず笑顔になっていたらしい俺に、ピエブさんとグリタも、何もわからずとも笑い返してくれた。

なんとも気持ちの良い人達だ。


こちらも八本な手足で、グリタが押してきたワゴンの上から円筒と小さな箱、そして薄い皿に乗ったお菓子を机に置いた。


「…それは?」

「こちらです? ティーポットですけど…」


言いながら、白い円筒の8分目あたりに入っている青色の線をくるくるなぞる。

すると、きっちり繋がっていたはずの丸い天井部分が、カメラのシャッターを切る時のような動きでするりと開いた。


彼女の口ぶりから、珍しいものではないのだろう。セ界の文明の明るさが見て取れる。


(あれは一般的で、廉価のものではないかな? ワタシも行く先々で見かけたから)


次に取り出されたのは俺もよく知るティーカップだ。陶磁器らしく表面が透けていて、少し覗き込めば塗り込められたように青い。

彼女がそこにポットから“水を”入れると、みるみるうちに透明な水が色彩を持ち始める。


(神の奇跡を模倣した茶だね。発想は面白いと思うが、この色しかないのが玉に瑕だ)


たとえばブルーハワイなんかよりずっと綺麗な、そのお茶から爽やかな若葉の香りがし始める。

それに伴い色の濃さが均等となっていく様子をじいっと見ていた俺に、耐えきれなかったのかグリタが笑った。


「ふふっ、もしかしてお客様、流浪の方ですね? こんな簡単なもの、食い入るように見てるなんて!」

「こらグリタ、失礼なことを言うんじゃない」

「いやそれはいいんですけど……さっきから言ってる、流浪の、というのは…」

「ええ。今から説明しようと思っていたところですとも!

ああグリタ、あとの仕事は皆に任せる、と伝えてきてくれ。わたくしはこちらの………失礼、名前を聞いておりませんでしたな」


コミュニケーションの重要なことの一つに、相手に自分の素性を偽りなく伝える、というのがある。

俺はその点嘘こそ言っていなかったが、しかし名前を言わないのはマナー違反だっただろう。

それでも初見から朗らかに接してくれたのだから商人根性逞しいと言うべきか。



(…神様。このセ界って、姓と名って区別ありますか?たとえば名が先だとか)

(基本名前は3単語から成るが、規格などは存在しないよ。100の語を重ねてもなお足りぬ、なんてことはよくある話さ)


凄まじいな…異世界版寿限無ってわけだ。

そんな感慨に浸りつつ、俺は、グリタに差し出されたカップを受け取ってから名乗った。


名を告げるにしては丁寧に。


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