23. 断末魔

 ――目の前の光景が理解できない。

 千々ちぢに飛び散る水飛沫しぶき

 浮き島を囲む警備舟から打ち込まれる無数の魔法から自分をかばうように広がったそれ。

 彼女が。さっきまで自分と誰より近い場所にいたその人がこうなったのだと気付いて。


「――おばあ様ぁああああッ!」


 悪夢から醒めた子供のように絶叫をあげた。

 エレベアもろともに射ち殺さんとする魔法の矢を引き付けるように水膜すいまくはひろがっていく。いくつも穴を穿うがたれながらドーム状になったそれ。


「ォオオオオオオオオオッ!」


 同じくして、悪魔の断末魔のごときモノが顕現けんげんしていた。

 数多あまたの魔杖士が乗り込む警備舟の間をすさまじい速度で通過する。そのシルエットは巨大な狼に似て、一度でも足場にされた舟上では多くの兵が昏倒している。


「イステ、ラァァハァアア!」


 いているのか、猛っているのか。

 どのような感情によるものか不明だが彼の老翁もまた、待望した仕合への横槍に激していた。

 水のドームは浮き島の外まで広がるとやがて、中央から割れるようにオアシスへと散らばっていく。

 取り残されたようにエレベアは、呆然とあとの光景を見回した。

 ――何もない。

 荒涼とした喪失だけがあった。さきほどまでの濃密で命の輝きにあふれた戦場は何だったのか。ただ血に酔い狂った自分が見た幻でしかなかったのかとすら思うほどに。


(ああ、そうか)


 置いて行かれるとはこういうことかと理解する。

 ともに同じ景色をみて同じ瞬息ときを共有した誰かが消えてしまうということ。それはたしかに、自分の立つ場所がいきなり無くなったような衝撃で。

 だから気付かなかった。

 いまだ黒風に蹂躙じゅうりんされる外縁から、ひとりの恐慌した魔杖士が放った一撃に。


(あ)


 声は出なかった。ただ流れ弾らしき砂の槍はエレベアの薄い胸板を中央近くまでえぐっていた。


(――六節、いや七節くらい? どっちにしろ素人トーシロね)


 魔神とでも戦っているつもりか。いやまあ事実、アレがもはやそういうたぐいに見えるのは無理からぬこととしても。

 ともあれ。致命傷だった。生きてはいられないだろう。


(あーぁ)


 痛みは感じる部分がもはやない。

 これで終わりかという虚無感、まあいいかというほどほどの満足感。

 相反する情動はどちらも真実で、どちらも欠けている気がした。


(ごめんねシャラ、本当の本当にごめんなさい)


 足がとつとつと後退し、いつかイステラーハの熱線が打ち抜いた穴を踏み抜く。

 視野がぐるんと上空へはねあがって、全身が冷たい水に包まれた。


 オアシスには底がないという。

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