14. 入門、一時休戦

 魔杖師範の役宅は居住部たる母屋おもやと門下生が集まる道場に分けられる。


「たのもー!」


 王宮にほど近い大修練場にジダールが出向くのは三日に一度くらいで、あとは役宅にて高弟こうていや住み込みの家士に稽古けいこをつける。

 道場は門をくぐってすぐの前庭と、その奥の屋根付き吹き抜けで列柱の並び立つ大広場に分けられ、他にごく小規模な屋内修練場もあった。


「たぁっ、たのもーぅ……」


 イヤですムリですと抵抗するシャラを説き伏せて、二人が大広場を訪れたのは翌日の午前だった。

 何事かと、めいめいの練習に励んでいた門下生たちの視線が集中する。近いところにいた数名は異装のエレベアを本人と看破してぎょっとした。

 ちなみに門番と前庭で訓練していた家士はすでにいる。


「なぁんだ、しかいないじゃない」

「貴様ぁッ、何のつもりだあッ!」


 背後の母屋から血相けっそうをかえて飛び出してきたのはハイサム。薄い部屋着一枚なのは療養中ゆえだろう。寝起きらしく目がしょぼしょぼしている。


「あら次期当主さま。ようやく話の通じそうな方に会えましたわ」


 杖に手をかけるハイサムへちょんとスカートをつまんでお辞儀をする。ハイサムは二人の装いを観察して目をすがめた。


今日こんにちはこのシャラ・アル・ミーラードをここの内弟子にとっていただけないかと思って来ましたの。ええ、表の方々はちょっとした腕試しに付き合っていただいただけですわ」


 押し出されたシャラがへらりと卑屈な笑みを浮かべた。


「い、いやぁ、何故かそんなふうに。よ、よろしくお願いします?」

「ふざけるなぁっ!」

「ぴゃぅ」


 さっとエレベアの陰にかくれるシャラ。


「ちょっと大声ださないでよ。アンタ女おどすのが趣味なわけ?」

「貴様は破門された身のはずだ!」

「アタシはただの付き添いよ。まあ大事な友達の師範を選ぶのにいくらか露払つゆばらいや試しはさせてもらうけどね?」


 しらじらしく言い放つとハイサムが周囲に目配せ。意図を察したのか門弟たちがエレベアたちを取り囲む。


「入門希望だって言ってるでしょう。まだ鼓膜が破れたままなのかしら?」


 魔杖術はその性質上、多勢で無勢を押し包むには向かない。味方同士でも魔法は干渉しあう。実力差があればその穴をつくことは可能だし、乱戦に持ち込めばそもそも同時に相手にするのはせいぜい二人か三人に絞れる。


「……その構え」


 臨戦態勢をとったエレベアは昨日、ライハーンがとった構えを再現していた。陰杖流の歩法へ派生するならこちらの方がしっくりくる。

 ハイサムの目があからさまな侮蔑ぶべつの暗さをおびる。


「見下げ果てた女だ。ついに誇りすら無くしたか」

「それよ。まず初めに聞いときたいんだけど」


 前庭の死屍累々ししるいるいをもうひとつ作る手間ははぶけるものなら省きたい。


「アナタ、この技をお義兄さまにも教えたの?」


 ライハーンはイステラーハから全てを奪うと言っていた。

 であれば同じく天樹精てんじゅしょうの位に達したジダールもその対象となるはず。またそうならここに来た意味がひとつなくなる。

 ハイサムはフンと鼻息ひとつで切って捨てた。


「教えるものか。あの方はゆだねられた己が技と真摯に向き合っている。義理とはいえ父のそういう所を俺は尊敬している」

「へえ」


 てっきりハイサムも老翁のいうところの“ぎ木”のひとつで猫をかぶっているのかと思っていたが。


「……だがそれも俺が跡継ぎにおさまればすべて無に帰す。我が師の計画通りにな」

「なるほどね。アタシからは技、お義兄さまからは権威ってわけ」


 そういえばライハーンはジダールの才能を低く見ているようだった。イステラーハの技についてはエレベアこそがその後継たると看破したのかもしれない。


「それが分かっていながら貴様は――!」

「待って」


 足早に近づいてくる音。これ以上話すには人目がありすぎる。ハイサムの態度からして今いるのは息のかかった者たちだろうが、この先は分からない。

 直後、階段を駆け下りてきたのは。


「ハーちゃんっ!」

「は、母う、むぅっ」


 ジダールの妻にしてハイサムの義母。ユディウは年端としはもいかない少女のように素足で通路の飛び石をわたるとハイサムを抱擁した。エレベアからかばうように背中を向けると見返りざまこちらを睨みつける。


「何しにきたの~この恩知らず~!」

「……ずいぶんね」


 気力を削がれた思いで肩をすくめた。


「ハーちゃんをあんなひどい目にあわせておいて~よく私の前に顔を出せたわね~!」


 出てきたのはアンタでしょうに、と茶々をいれたくなるのをぐっと堪えた。


「今日は別件よお義姉さま。入門したいって子を連れてきたの」

「ん……あら、あら~?」


 ぐいとシャラを押し出すとユディウの目がきらきらと光る。


「ど、どうも」

「か~わ~いい~! 西方人形みたい~、どこの子~?」

「友達」


 劇場で見つくろった衣装がお気に召したらしい。詰め寄った彼女はシャラの周りをちやほやと回る。エレベアも悪い気はしなかった。


「母上、その女は」

「得体がしれないって? じゃあ聞くわ、アンタは何者?」


 何か言おうとしたハイサムをさえぎった。この構図になればこっちのものだ。

 口の動きだけで「だまれ」と伝える。

 昨夜は殺して口封じする前提でペラペラ喋ったのだろうがあいにくあれしきでやられるエレベアではない。ユディウはどうか知らないがジダールに伝えればハイサムの破滅は必至だ。


「出自の怪しさならアンタもどっこいでしょ」

「ハーちゃんはわたしの息子よ~!」


 それまでシャラを猫かわいがりしていたユディウがキッとして立ちふさがった。


「あなたこそ~後から拾われてジダールの立場をなくした泥棒猫のくせに~!」

「単なる実力差よ。それにお義姉さまにとってはもうどうでもいいことでしょう?」


 新しい若いツバメも見つけたみたいだし、と暗にほのめかす。ユディウはむっと唇をとがらせたが、ややあってそこに人差し指を当てる。


「……まぁね~、そんなに気にしてないけど~。それはそれとしてエレベアちゃんはきら~い」

「はいはい、そういう俗っぽいところは好きよお義姉さま。交換条件ね」


 ユディウは多分に感情的な性格だが馬鹿ではない。この状況で飛び込んできたエレベアに企みの気配を察したのだろう。話くらいは聞いてもいいと態度で示してきた。

 その目配せひとつで門下生たちはそれぞれ練習へ戻っていく。充分に離れたのを見計らってエレベアは口を開いた。


「アタシに協力してくれるなら、そこの若君わかぎみが当主になるのを十年早めてあげる」

「何だと?」

「……ふ~ん?」


 そっぽを向いていたユディウがちらとこちらを見た。

 ハイサムは何のつもりだとでも言いたげだ。


「お義姉さまにはもっとのびのびとしてもらいたいの。家族も増えていいかげん窮屈でしょう。一人増えたら建て増すか、その甲斐性かいしょうがないなら一人減らすべきだと思わない?」

「……貴様ッまさか父上を……!?」

「ハーちゃん、静かにして」


 ユディウがシィと人差し指を立てる。食いついた。


「別に影からどうこうしようってワケじゃあないのよ。ただアタシもこのままじゃ座りが悪いから正々堂々決着をつけたいの」


 ハイサムのほうはまだ疑念に満ちているがユディウはどうやら乗り気だ。先にこっちを切り崩そうとエレベアはいい笑顔をはりつけた。


「若き新当主と美しいその母、っていうのも絵になると思うわ。少なくとも今よりはずっとね」

「ふっぅ~~~ん」


 一抹の毒にひくりと下まぶたを震わせたものの、興趣深げにユディウは相好を崩した。そのとき。


「――何の騒ぎだ」


 階上より降る声。前庭をめぐる回廊の二階からジダールが見下ろしていた。


「あなた~、見てみてこの子、か~わいいでしょ~?」


 ケロリと普段の調子に戻ったユディウは無邪気に手を振るとシャラにまとわりつく。その切り替えにシャラは目を白黒させていた。

 つきだされた彼女をみてジダールは目を見開く。羽帽子をめくって見上げたエレベアの正体にも気付いたらしい。


「お前たち……何をしに来た?」

「入門希望よ、それとも道場やぶりの方がいい? 現状一応の当主様?」


 それはほとんど脅迫に近かった。歩法のことを知らないジダールが今のエレベアに敵うはずがない。ハイサムが一歩進み出て胸に手を当てた。


「追い返すべきです父上! ひとこと命じていただければ自分が――!」

「いいだろう」


 峻厳な表情をくずさずにジダールはうなずいた。


「入門を認める」

「父上!」

「きゃ~おめでとう~ぱちぱち」


 なおも食い下がるハイサムとシャラの肩をもってゆさぶるユディウ。

 無言で背を向けようとしたジダールを呼び止める。


「希望は内弟子よ。アタシの部屋はまだ空いてるでしょうね?」

「……好きにしろ」


 それきり本当に引っ込んでしまう。あまりの無抵抗ぶりが逆に不気味だが。ともかく。


「そういうわけでヨロシクね、あ、に、で、し様?」

「貴様は破門されたままだろうがっ! っくそ、俺は……どうすれば……」


 まるで愛と義の板挟みにでもあったような苦悩顔で頭をかかえるハイサムを尻目にシャラの手を引いた。


「行きましょ、部屋に案内するわ」

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