魔に侵されて

ネミ

色々

 太陽から降り注ぐ光を喰らう魔は様々な物を黒塗る。風に乗り、生物を介し、水と共に流れ、移動する魔は、世界の大部分を占領する。


 魔に侵された物は黒く色付く。その状態を成す物は「魔物まもの」と呼ばれている。


 魔が侵食する物に与える影響は「変異へんい」だ。

 ある物は羽が生え、かの物は血を流し、その物は家族を食らう。


 人々が積み上げた知恵を超越する魔は、世界を狂わせる悪であり「」と呼んで相応の存在と思われている。


 そんな魔が蔓延する領域を「魔で満ちた世界」と表し、その名を「魔界まかい」と呼び、忌み嫌う。


 魔を嫌う多数の人は変異を恐れ、その原因を退けようと、集落を包む壁を築き、閉鎖された生活を送る。




 「魔に侵されている程度」はその濃度で表され、高いほど変異の速度は早まるが、例外的に変異が遅くなった末、止まる症例が確認されている。

 魔を研究する学問、「魔学まがく」では、その現象を「変異限界点へんいげんかいてん」と呼ぶ。

 それが「なぜ?」なのか、魔学では解明されていないが、その理由を知る本「魔導書まどうしょ」が存在する。

 それには「魔がその物の真なる姿を現す」と記されている。


 いつ書かれたのか? 誰が書いたのか? それすら分からぬ魔導書を信じ、「魔の変化で人は救われる」という思想を説く「魔導教会まどうきょうかい」は、魔の浸食に反抗的な大多数の人々を「神を信じぬ不届き者」と愚弄する。


 魔導教会に反論する人々は「心が狂い、親しき人を襲う程、劣悪な精神が真の姿だと思えない」と語る。

 その言い分に、魔導教会は「それは、真なる姿が下等だという事を表している」と主張し、反論する。


 「強さ」を得られる「姿の変化」は許容できても、「道徳」や「人らしさ」を失う内面的な変化を多数の人は受け入れず、変化を求めて人命を軽んじる魔導教会は、少数であり続ける。



 魔は水と共に天へ昇らず。

 故に、人々が暮らす集落は背の高い壁に囲われている。


 開かれた魔界と違い、狭く閉ざされた人の領域「聖界せいかい」は、常に資源の枯渇が側にある。

 故に、人は広大な魔界を堂々と闊歩する。

 そのような夢を見る。


 多くは魔の恐怖に勝てず壁の向こうへ行こうとも思わないが、勇気ある僅かな者は魔界で「冒険ぼうけん」する。

 その者たちを人々は尊敬の念を込め「冒険者ぼうけんしゃ」と呼ぶ。


 多くの冒険者は、魔物を殺せる程度の武力を持たない。

 そんな彼ら彼女ら、程度の低い冒険者は「下位冒険者かいぼうけんしゃ」と呼ばれる。

 下位冒険者たちは、魔界の調査で得られた情報に基づいて日々、更新される「魔界地図」《まかいちず》を見ながら、採取を行う。


 冒険に欠かせない魔界地図は、魔物を殺せる、程度の高い冒険者「上位冒険者じょういぼうけんしゃ」たちが見てきた魔界を元に作られている。


 上位冒険者の命は十人の下位冒険者に匹敵し、「上位冒険者が多く滞在する集落は急速な発展を遂げる」と言われる程、その価値は高い。


 集落の人々を豊かにする上位冒険者たち。その多くは、常人とは異なる身体的な違いが存在する。

 それは、魔が及ぼす変異で、肉体が常人を逸脱している事。


 常人より容姿が若く耳の長い者は、現役が長く、数人の冒険者で構成される「くみ」を指揮する長「組長くみちょう」に選ばれやすい。


 常人より体毛が多く、獣のような耳や尻尾を持つ者は、身体能力や優れた感覚を持ち、戦いに秀でる。


 常人との異質性。その程度に個人差はあるが、姿や能力には法則性があり、その傾向から幾つかに分類された。


 耳が長く常に若々しい事を除いたなら、常人と大差なく、その特徴的な耳から「尖人とがりびと」と名付けられた。


 部分的な容姿が獣と似ている事や、その優れた身体能力から獣が連想され「獣人じゅうじん」と名付けられた。


 それらを総称した「亜人あじん」は憧れと嫌悪、それら両極端な評価を人々に抱かせる。


 亜人を育てる集落、「学園がくえん」は旧来、魔の解明を目指して、発展した研究都市。


 旧来より、その都市の中央にそびえたつ巨大な木は、魔を内包する水、「魔水まみず」を吸い、食した者が高確率で変異を起こす実「魔果まか」を実らせる。


 魔界で生き残る為、変異を求めた魔物の排泄物となり、生息地を広めた「それ」は、魔界に広く生息している。


 魔物を象徴するそれは「魔界の木」という呼び名から「魔樹まじゅ」と名付けられた。


 学園は自らを清めた結果、作られた魔水を、魔樹に与える事で、亜人を作る為の魔果を実らせている。


 管理された学園の魔樹は、魔界に群生する魔樹より上質な魔果を実らせ、亜人の生産に多大な貢献をもたらしている。


 上位冒険者の条件とも言える亜人を安全に生み出せる魔果を欲する集落は多いが、魔樹を内包する集落は学園の他にない。


 それは、上質な魔果を求め、襲い来る魔物たちを退ける事が容易ではないからだ。


 ある日、唐突に学園は崩壊した。


 最大の要因は、人知を凌駕した魔物の襲撃。


 魔を食らい変異する事を覚えた魔物の中には、自ら変異を求め、魔果を食らう物が存在する。


 それは、魔を食らうもの、「魔喰ましょく」と名付けられ、上位冒険者たちにも恐れられる怪物。


 危険性を、下位冒険者一人でも対応可能な「下級」、下位冒険者が束になれば対応可能な「中級」、上級冒険者一人で対応可能な「上級」、上級冒険者が束になれば対応可能な「壊滅級」、住処を捨てて逃げるべき「破滅級」、の五段階に分けられる魔喰は、魔界で最も危険な存在と人々から恐れられている。


 魔喰の目的。その多くは魔を食らう事であり、魔が少ない集落は標的になり難い。


 更に、縄張りを持たず、魔喰同士で喰い合う事から、魔の濃度が低い人々の生活圏に出没する機会は多くない。


 それでも、数か月に一回は中級から上級の魔食が数匹、目撃される。壊滅級に至っては一年に一匹程。


 それに襲撃された学園は、人類最強の亜人集団を蹂躙した。


 何とか、魔食を仕留めるも、魔食から流れる血を浴びた生存者たちは、魔に侵され始める。


 死を恐れ、自らの命を断てぬ者たちを、殺して回った者は、最後に自らの命を絶ち、守護者の務めを果たした。


 雨。それは魔を洗い流す天の恵み。


 学園で流れた多くの血を魔と共に洗い流した大量の雨水は、魔界に流れ、崩壊した学園の浄化した。


 学園に多量の魔が集中した魔を雨が分散させた事で、破滅級の魔喰は生まれなかったが、他方へ流れた魔が、魔界の魔物を強くし、学園周辺の集落を脅かし始めた。


 天より降り注ぐ雨水は、多量の魔を呑み込みながら、学園の排水管を通り、魔と共に魔界へ流れた。


 学園が多量の魔を扱いながら、清らかな領域「聖界」で在り続けられた最大の要因は、優れた排水設計にある。


 学園から人が消えようと、雨が降る限り、排水管は聖界を守り続ける。


 魔を含まぬ清らかな水「聖水せいすい」は魔を取り込み「魔水まみず」となる。


 死した魔物から魔をさらう清らかな流水は彼方此方へ流れ、世界に魔を広げる。


 大地を流れる魔水は、大地に根を張る魔樹に吸われるか、動物に飲まれるか、川と交わり海へ行き着く。


 天より注ぐ陽の光は清らかな水を天へ昇らせ、魔を地へ置き去りにする。


 魔を含まぬ雲から注がれる雨は、大地の魔を包んで洗い流す清水となる。


 天へ昇れず、地に残された魔は風に乗り低空を駆ける。


 故、強風が吹き荒れる地に、築かれた集落の多くは風の届かぬ天高き壁を有するか、風の届かぬ高所に存在する。


 風に乗れど、天へ至れず。


 決して、天へ昇れぬ魔の姿から、「天は清らかな世界」と言われ、「清らかな天上と穢れた地上」という言葉を否定せぬ人々は天へ憧れを抱く。


 陽の光に照らされ、緑色の植物が天へ向かい、その身体を伸ばす。


 そこ特有の動植物は、魔から逃れた希少な存在。


 魔の流入を逃れた領域を、人々は清らかな領域「聖界せいかい」と呼ぶ。



 雨により聖界が維持される一方、魔界もまた、雨により保たれる。


 水と共に魔を吸い上げた植物は、魔に侵される。

 それを食らい続けた草食の獣は、魔に侵され、その獣を食らう肉食の獣も、魔に侵される。

 自然な魔の流動に終わりは見えず、生物の営みと共に魔は世界に広がる。


 故、魔界で暮らす生物の殆どは軽度から重度の魔に侵された魔物。



 多くの動物は魔水から魔に侵される事は無く、侵された動物の大半は生物を媒介に侵されていた。


 知らぬ間に、意図せず、侵される事で、生物は魔物になる。


 魔の浸食は受動的。その常識は何時からか、変わった。


 今、魔界を縄張りとする動物の中には、魔が起こす変異を求め、濃度の高い魔物を好んで食らう「魔喰ましょく」が存在する。


 他の常識的な生物と異なり、魔喰には「変異の限界が存在しない」と言われている。



 魔の変異に否定的な人々は、魔喰を「変異で身体に異常が起り死んだ他の魔食を見ても、それは魔を食らい続ける。変異の欲に呑まれた異常な存在」と表し、理解を示さない。


 魔の変異に肯定的な魔導教会も、魔食を「真なる姿の無い怪物」と言い、「秩序なき暴食の獣」や「悪魔」と呼び、忌み嫌っている。


 対立する二つの社会から嫌われる魔喰は、超越的な変異を起こし、生態系を一変させ得る。

 それを殺す事に関して、双方の意見は一致するが、相手を利用する事はあっても、協力はしないらしい。


 「魔界の頂点に君臨する」と言われる程、強大な魔喰から学園が襲撃を受けた原因は、魔喰が好む上質な魔果を実らす魔樹の所在にある。


 「数分ほど歩けば、容易に見つけられる」と言われる程、魔界の彼方此方に群生する魔樹でも、学園に存在する魔樹ほど、上質な物は数か月歩いても見つけられぬ程、貴重な存在。


 そんな物に魔食が目を付けぬ理由はない。


 その様な物を保有する学園が一世紀の間、聖界で有り続けられたのは、その地の統治者から集落の防衛を仕る「守護者しゅごしゃ」たちが「最も優れた守護団しゅごだん」と言われる程、強かったから、に他ならない。


 上位の冒険者や守護者を排出する学園を守る誇りを抱き、驕る事無く、強さを求め続けた守護団に目立つ問題は無かった。


 それらが命を懸けて、その命を絶った魔喰は、間違いなく、人が対峙すべき相手ではない。


 学園と都市を繋ぐ線の間にある宿、通称「魔界の宿屋」を切り盛りする亭主ていしゅは、突然、駆け込んできた、学園から真っ先に逃げ出し、生き残った者から、「学園が破滅級に襲われた」と話された。


 信じ難い内容に耳を疑うも、切迫した様子から嘘と思えぬ亭主は、逃亡者を従業員に任せ、二階に上がると、窓から学園の方角を見た。

 すると、学園から昇る異常事態を示す煙が、逃亡者の言い分に更なる真実味を持たせた。



 宿屋まで無我夢中だったのか、魔物の返り血を浴びていた逃亡者は、身体を聖水で洗い流し、宿屋が提供した服を着て、広間の椅子に腰かけながら、足を動かし、落ち着かぬ様子だった。


 詳しい話を聞いた亭主は、周辺の都市に早急な報告が必要と判断し、現在、泊っている冒険者たちに、「集落の長に学園の異常を伝え、調査を求める事」を伝える臨時の依頼を出した。


 必死な逃亡者と、その言葉を信じる亭主に理解を示した冒険者たちは、依頼を引き受けた。


 亭主が報告書を書き終えるまで、依頼を受けた冒険者たちは、すぐに出発できるよう、出立の準備を始めた。


 魔界で宿屋を営む者の多くは、冒険者組合と協力関係にあり、その伝手で集落の長へ魔界の情報を伝える事がある。


 大半は、魔界を管轄する冒険者組合で事足りるが、一つの集落が崩壊した可能性を考えたなら、冒険者組合だけでは不相応と判断した亭主は、「集落の長へ伝えて欲しい」と手紙に記した。


 都市を統治する領主から呼び出された家臣はその口から語られる言葉に頭を悩ませました。


 魔界の異常事態によって資源不足が懸念される今、「食事が貧相だ。私に痩せろと言うのか?」という不満は、〝裕福の証が肥える事〟を根拠に発せられています。


 その問いに「そのような意図はございません」と答える家臣に「それなら、以前の食事に戻せ!」と強く命令する領主からは、良い未来を想像できず不安な市民への気遣いなど、微塵も感じられません。

 城下で暮らす市民より、自身の体型に注目する領主に、内心で呆れながら「努力します」と言った家臣は「急ぎの用事がありますので、失礼します」と言うと、返事を聞かず、不敬な態度で、その場を去りました。

 領主の苛立ちを意に介さず。


 数日前、「学園が破滅級の魔喰から襲撃を受けた」との報告が冒険者組合長を介して、知らされた領主は、自分が治める城塞都市を防衛する守護団に対応を命じました。


 対応の命じられた守護団長は、生涯で初めての破滅級に対する対応に緊張しながらも、部下たちに都市を囲むように守る城壁の防衛、その計画を話し、実行を命じました。


 集落の守護を領主から任されている守護団に攻めの一手はなく、冒険者たちが魔界から情報を持ち帰るまで、如何なる魔物が襲撃しても問題ない状況を築く他に、出来る事が有りません。


 その無力さと、学園や魔界で起きている実態を知れぬもどかしさに不満を抱きながらも、不安に負けぬよう、己が心を律する守護者たちは、翌日、魔界から帰還した冒険者たちから、その状況を知らされました。


 守護団と異なり決まった主人が居ない冒険者たちは、仕事を選ぶ自由があり、領主や行政から依頼されずとも、組合の依頼で魔界の調査を行っていました。

 その中には上位冒険者も居ましたが、誰一人として学園に近づけた者は居ませんでしたが、都市周辺の魔界で以前より上位の魔物を目撃した以外に成果はありませんでした。


 それでも、学園が魔喰に襲撃された日、学園を洗い流した雨水は、間違いなく、学園周辺の魔界にある魔の濃度を高めた裏付けが取れました。


 「魔物が変異し、強大な力を得たなら、以前より魔界の危険性が高まったと判断すべきだ。今まで通りの基準で魔界の冒険をさせる事は出来ない」と判断した冒険者組合長は「下位冒険者たちが都市周辺の魔界で冒険する事」を期間未定で禁じました。


 その決定に、反発する冒険者たちは多く、勝手に魔界へ行く者や、この地を離れる者が現れます。


 人が離れたら、立て直しに難航するかもしれません。

 それでも、安全が確保されるまで、武力の乏しい冒険者たちを、危険地帯に行かせる事は、組合長として許しがたい行為でした。


 魔界から得られる物資。その殆どが下位冒険者の持ち帰る物です。


 故に、下位冒険者たちが冒険(魔界で活動)できない状況が一週間も続けば、資源不足が表れ始めました。


 その頃には、商人の多くが都市を去り、比較的安全な遠方の集落へ移動し始めた後、です。


 魔界から得られる資源には、野菜を育てる際に用いる栄養満点な肥料や、家畜の健康を維持する栄養価の高い餌など、食物の生産に大きな影響を及ぼす物もあります。


 「それらを入手できる見通しが無い」なら、農作や畜産が今までと同じ、品質や量を維持できなくなります。


 都市で暮らす人々の多くは先行きの不安から、別の集落へ移住するか、節約しながら、好転する未来に期待します。

 その様な状況で、生活を改めない領主の姿勢は、領主の館で働く人々の口から、愚痴となって世間に広まりました。


 「生活を改めてください」という民衆の求めに、「やせ細った領主など、誰が見たいか。領主が貧相では示しがつかない」と答える領主に民衆は呆れました。

 「如何に自分が権力者であるか」を大切にし、それと相反する要素を拒絶した結果、他人の為に妥協する気が無いようです。



 先行きが見えず、不安が先行し、資源不足が噂される状況で、物を買えない状態が続けば、物を得る為、他者から奪う者たちが現れます。


 増加した犯罪行為に追われる衛兵たちは疲弊していました。


 上司に人員の増強を申し出ても、時に、逮捕など強権を用いる立場に相応しい人員は限られる事から「難しい」と返答されます。


 その問題を知った守護団長は「魔物から都市を守る前に、都市内部から崩壊するのでは?」という懸念を抱き、守護団の人員を割く、提案を行いました。


 防衛力の低下は懸念されますが、来るかどうか分からない存在より、実際に起っている問題を優先すべきという判断に、「魔物はどうするんだ」と不満を示した領主を含めて、反対する者は居ませんでした。


 警備の為、街中を歩く守護者たちを見た民衆は「こんな所に居て、都市の守りは大丈夫なのか!?」と苦情を言います。


 多くの守護者は、生涯で最も、魔物に襲撃される可能性が高まった状況で、過去最大の緊張感を抱きながら、民衆から歓迎されない警備を行う心労は、大きな負担になり、心身ともに疲れが取れず、溜まる一方です。


 それらの疲れは「上位冒険者たちが魔物を狩って、都市周辺の魔界が安定するまで耐えられるのか?」という不安を高め、守護団に暗い空気を蔓延させました。


 その状況を報告し、対応を求めても、「それは君たちの仕事だ」と現場に負担を強いる領主の方針に、苦悩する守護団長は、見出せぬ休日を目指し、働き続けます。


 領主は過去最大の危機に直面しています。


 それは自分に仕える家臣が自身に剣先を向けている事です。


 その場に居合わせた他の家臣へ「奴を止めろ」と命じても、その命に従う者は誰も居ません。


 「金か? 金が欲しいなら」と命を守る交渉の材料に用いる程、領主は富を重んじていましたが「あなた様の命はその程度なのですか?」と言った忠臣の返しに言葉を失いました。


 「私の命が安いと言いたいのか!」と怒鳴る領主は「その逆です。今の金に大した価値はありません」と忠臣から言われ、「信じられない」という衝撃を受け、言葉を失いました。


 信じないと言うより信じたくない領主へ家臣は語り始めます。


 「都市で用いられる資源、その三割は魔界の資源でしたが、今、その数字は一割に満たない状況です。減少した資源の中には肥料や家畜の餌なども存在し、将来的な資源の不足に危機感を抱く市民は多く、市場は需要過多により売り物が不足しています。金が有っても商品が無い今、金の価値は僅かです。他人い任せる怠慢なあなた様には信じられない事でしょうけど」


 止まらない家臣の語りに圧倒された領主は異常な状況に今さら気付きました。


 「どうにかならないのか?」と他力本願な領主の言葉に家臣は「節制をしてください」と簡潔に答えました。


 「節制。そんな事でどうにかなるのか?」と疑う領主に家臣は「はい、少なくとも悪化は抑制できます」と語った。



 学園が魔界に呑まれてから一週間で、学園と都市の間にある宿から情報が得られなくなりました。


 都市に拠点を置く、冒険者組合は宿に対して、定期的な物資の搬入を行っていましたが、宿周辺の魔界に生息する魔物の危険度が上昇した影響で、運送業務を行う冒険者が不足した結果、「運営の継続は困難」と判断した亭主が都市に来た事で、学園付近の情報が得られません。




 家臣が提案した方策は、ある程度の守護者を魔界へ行かせ、下位冒険者たちが都市付近の魔界で活動できる安全を確保し、仕事を与えながら魔界資源を収集させ、その間に領主や守護団が蓄えていた資源を市民へ施し、最低限の生活を保証しながら、早急な立て直しを目指す事でした。


 その為には、守護団や冒険者の理解と協力が必要不可欠です。


 更に、防衛戦力の低下で不安を抱く市民の反抗を防ぐ為に、都市を統率する領主が信頼に足る人物である必要があります。

 そこで、市民を説得する為に「市民と等しく身を削る意思」を表す節制と「物資を分け与え、共に危機を乗り越える仲間意識」を抱かせる事が必要と、家臣は考えました。



 元々、危険に身をと投じてきた冒険者たちは、仕事があるなら協力的になるでしょうが、、危険を避ける為に壁の中に籠る一般市民は、危険を冒す事に抵抗感があるでしょう。


 それでも守護者の一部を魔界へ回さなければ、先細りする未来が待っています。

 それを防ぐ為には市民の協力が必須で、それを成すためなら、と思い至った領主は、身を削る決意を固めました。


 もう一つ、学園崩壊の影響が少ない遠方の都市から来るかも知れない救援を頼りに、籠城する方法もありますが、学園に近い集落は、何処も似た状況に陥っている可能性を考慮したなら、その期待は過度と言えるでしょう。


 それは、この都市を守る理由が人類という尺度で存在しないから、です。


 一月後、未だに、学園周辺の魔界に存在する魔の濃度は高いままですが、魔界での活動範囲を狭め、最低限の資源を得る事に注力する事で、魔界資源の確保を可能にした都市は、学園崩壊以前の落ち着きを取り戻しました。


 「今度は、活気を取り戻すぞ!」と息巻く領主は、以前より少し、人望が高まったそうな。


 終わり。







【番外】

 重い病を患い、死の瀬戸際を彷徨う、我が子を救おうと医者に懇願するも、「技術的に不可能」と「諦める事」を求められた母親は、怪しげな者の甘言に耳を傾ける。


 「魔を用いて、異常を変異させ、正常とする」と言われた母親は、その行為が違法と知りながら、「この子が助かるなら」と罪に加担した。


 怪しげな者は、魔を塗った針を患者の血管に刺し、身体中に魔を行き渡らせた。


 「少量の魔では変異に時間を要する」と言われ、二日の時を待った母親は、病気の苦しみから解放された我が子を見て、「禁止されている程、悪くないのではないのかも」と目前の幸せから、魔を禁止する法に疑問を抱く。


 「この治療を用いたら、救われた命はもっとある」などと、法に疑念を抱いていた母親は、数日後、その思い付きが間違いだったと思い知る。



 病気の症状が納まってから数日後、子供は病気を発症する以前より元気になった。

 その様子を喜んでいた母親は、同時に、以前より言う事を聞かず、我慢が出来なくなった子供の様子に気付いた。

 それは日に日に悪化し、問題を起こすようになった。


 子供の性格が唐突に変化した事を周囲から怪しまれ、難病が不自然に治った事から、「禁止された治療を行った可能性」を怪しまれ始めた。


 噂の審議を確かめる為に、家を訪れた調査員に「そんな事、していません」と否定する母親でしたが、家の中で起った異変に驚愕しました。


 母親の子供は、精神の異常性を否定できない程、魔に侵されていました。


 暴力で人を傷つける事に躊躇ない者を止める為、調査員は我が子を守ろうと邪魔する母親を制止しながら、その若い命を断ちました。


 その様子を遠目から観測してた者は、「あの子は、その程度、でしたか」と静かな声で侮辱を呟くと、野次馬に混じり、姿を眩ませました。



【番外】

 魔界から帰還した冒険者たちの楽しみは温められた聖水で満たされた湯船に浸かり、身体と心を温める事だそうな。


 魔界の宿屋は、聖水を節約する為に、身体の表面にある魔を洗い流すだけで、湯船に浸かれない。

 そもそも、湯船がある魔界の宿屋は非常に少ないらしい。


 故に、集落と魔界の境界に存在する銭湯は、冒険者に欠かせない癒しの場。


 湯船に浸かりながら、冒険者たちは、情報のやり取りや、冒険の成果を自慢し合う。


 聖水に余裕がある集落でなければ、全ての住民が湯船に浸かれない事から「湯船に浸かりたいから冒険者になった」などと、冗談のような話を語る冒険者も居るらしい。

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魔に侵されて ネミ @nemirura

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