新たな日々

この世には食べるものがたくさんある。


虫や腐った食べ物以外にも、暖かくて心が穏やかになる食べ物。それが満たされるということだと知ったのは後になってからだ。


水祈と出会い。言葉を覚え、日常生活程度であれば難なく送れるようになった。


温かい食事とテレビ。それが当時の龍にとって全てだ。


しかし時々水祈に手を引かれ、外に出ることもあった。だが自分から外に出たことはなかった。外は龍にとって未知の世界だ。


そんなある日、水祈が風邪をこじらせて寝込んだ。寝てれば治る。そう言っていたが、龍は居ても立っても居られず、水祈の財布を手に部屋を飛び出し、市販の風邪薬を買い、家に走って帰った。しかし家に帰った龍が見たのは、もう数年顔も見てなかったがハッキリと覚えていた父(当時父と認識してなかったが)が、水祈に襲い掛かっている光景。


思わず拳を握り、肩を掴んで引き剥がすと、顔面を渾身の力でぶん殴った。


たった一発。その一発で父は死んだ。首の骨が折れ、血の泡を吹いている。


水祈は一緒に逃げようと言ってくれたが、結局行かなかった。人を殺した罪は償わねばならない。そんなテレビを見て知った固定観念みたいなものだ。


しかし水祈だけを逃し、警察に自首をしてからも大変だった。自分に戸籍はなく、身分もない。本来であれば日本にいないはずの存在。それが龍だった。


そして父の正体は当時有名な大企業の社長である大神 竜郎。ワイドショーでも大きく取り上げられ、連日大騒ぎ。会社も社長の突然の死もあって潰れた。


龍はその後、裁判所に掛けられ、その後刑務所に入り、一応情状酌量も認められ本来は最低5年の所を3年で済み、そこで勤めて出た。


そこを出た龍は一人外に放り出され、行く宛もなく辿り着いたのが今いる歌舞伎町。


昔は少年法何ていうのもあったらしいが、犯罪が増えすぎたのもあり、現在はそんなものはなく未成年から大人まで等しく裁判をかけられる。


特に龍のように未成年で犯罪犯せば、施設なんかもあったらしいが、もうそんなものもなくなっていた。


まぁそれはいいとして、その後火月に拾われたり、水祈と再会したり、色々あったが今は割愛するとして、今はこうして平和?な日々を過ごしている。


しかし、今でも時折夢に出て思い出す。父から振るわれた暴力。そして殺した時の感触を。





























「龍!」

「っ!」


声を掛けられ、体を勢いよく起こした龍はジットリと全身に搔いた汗を拭うと、横にしゃがんでいた虎白を見る。


「ど、どうした虎白」

「ご飯の時間だよ」


ハッキリとした目鼻立ち。吸い込まれそうな瞳を見ていると、自分の闇を見透かされそうだ。


そう思って目を逸らしながら立とうとすると、


「大丈夫?龍」

「え?」


優しく頬に触れられ、龍はドキッとした。


「顔色悪いよ?」

「あぁ、少し悪い夢見たみたいだ」


ハハッと笑って立ち上がろうとすると、


「じゃあ龍」

「ん?」


声を掛けられ、中腰のまま顔を向けると、目の前にドアップの虎白の顔があり、


「ちゅっ」

「っ!」


キスだと認識したときには、虎白の顔は離れ始めていた。軽いフレンチキス。唇同士をくっつけるだけのキスだ。


「元気注入〜」


だというのに虎白の方はあっけらかんとしている。まぁ龍の方もふふっと笑って、


「ありがとう。元気が出たよ」


あと5年もしたらまたキスをしてくれと冗談を言いつつ、龍は今度こそ立ち上がると、


「じゃ、行くか」

「納豆〜納豆〜」


どうやら納豆が気に入ったらしい虎白の変な歌を聞きつつ、龍の一日が始まるのだった。






























「して、虎白様を奪われ、ノコノコ帰ってきたと」


陳は震えながら立っていた。そしてそれを見ながら、男は口を開く。


白髪に髭を伸ばした容姿の老人。だがそこから発されるオーラに、陳は完全に圧されていた。


「ま、待ってくださイ。すぐにでも人員を再編シ、改めて襲撃をかけまス!まさかあんな場末のスナックのバウンサーにあんな強さがあるとハブッ!」


そこまでいって、陳は老人に蹴り飛ばされた。


「そうじゃな。ワシも驚いたわ。獠牙リャオヤーの人間が、あんな場末のスナックのバウンサーと、チンケな運び屋の二人の襲撃で、あの場にいた人員はほぼ壊滅し、虎白様を奪われるとはのう!」


何度も顔面を蹴りつけ、顔面がグシャグシャになったところで、


「のう、雲勇山」

「う、うす」


同じく直立で立っていた雲勇山に、老人は声を掛けると、


「のう雲勇山。これでもワシはお主の力には一目置いておったんじゃよ」

「ありがとうございます」


このまま粛清するのも簡単じゃが、と言いながら、少し離れると、


「こい雲勇山。お主がワシの背を地面に着けれれば勝ちにしてやる」


ドクン!っと雲勇山の心臓が跳ねた。


「ついでじゃ。ワシはここから一歩も動かん。どうじゃ?」

「……」


雲勇山は動かない手をかばいつつ、腰を落とす。両手が使えずとも、タックルならできる。


この老人の見た目は160と少し位だろう。自分より遥かに小柄の老人。だがその強さも知っていた。だがそれでも、吹っ飛ばすくらいなら、と雲勇山は走り出すと頭を突き出しぶつかった。だが、


「なっ!」


老人は雲勇山の頭を掌で軽く抑え、そこから雲勇山がどれだけ押しても、ビクともしない。そして、


「墳!」


傍から見れば軽く老人が押し返したように見える位あっさりと、雲勇山は押し返された。それどころか、メキャっと嫌な音を立てながら、首があらぬ方向にネジ曲がりつつ、そのまま吹っ飛んでいき、そのまま壁に激突した。


「処分のために人を呼ばんとな」


老人はそう言ってスマホを取り出し連絡を取る。しばらくすれば部下達が来て、遺体を処理してくれるはずだ。


「さて、なまじ人を連れ立っていけば相手に警戒させるし虎白様も怒るか」


仕方あるまい。と老人は息を吐き、


「わし一人で迎えに行くしかないのぅ」


そう言って、一人で建物を出ていくのだった。

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