第二章 猛る風

猛風

「おいしー!」

「そりゃ良かった」


歌舞伎町の一角にあるスイーツショップ。そこのテラス席に、龍と虎白はいた。


さて、獠牙リャオヤーとの戦いから一週間。今日は虎白と最近話題のデカ盛りスイーツを食べに来た。とはいえ、食っているのは殆ど虎白だ。


別に甘いものは嫌いじゃないが、このデカさのパフェは流石に胸焼けしてしまう。そしてそれをペロリと平らげようとする虎白も、大した物だが。


「よく食べるなぁ」

「だっておいしいモーン」


口の周りに生クリームをベタベタにくっつけながら喋る虎白に、龍はやれやれと肩を竦める。


(しかし、てっきり獠牙リャオヤーあたりから報復でも来るんじゃないかと思ったが、特に何事もないな)


うぅむ、と唸りながら龍はため息を吐きながら、煙草を咥えて火を着けた。


紫煙を口から吐き出しながら天を仰ぐと、


「ねぇ、龍?食べないの?」

「あ?食べたきゃ食べていいぞ?」


やったー!っと虎白は、いそいそと龍の食べかけのパフェを食べ始めた。


「よく食べるなぁお前も」

「えへへ~」


等と、皮肉を交えつついたのだが、虎白には余り効果はないようだ。すると、


「ふぉふぉふぉ。虎白様はよくお食べになる」

『っ!』


突然かけられた言葉に、龍と虎白は声の主を見ると、


猛風もうふぁん!」

「おっと!」


虎白は椅子から飛び上がると、目の前にいた老人に抱き着いた。


「猛風!こっちに来てたの!?」

「えぇ、お嬢様が失踪されたと聞き、飛んでまいりましたよ」


そう言って、柔和な笑みを浮かべる老人に、龍は警戒心を下げつつ、


「えぇと、虎白?知り合いか?」

「うん!猛風って言って、ものすごい強いんだよ!」


席を立ちあがり、アチョー!っとポーズをとる虎白に、成程ねと頷いてから猛風を見る。


見たところ、60代半ば程の老人。白髪と白いひげを携えた、小柄な男だ。


一見するとそこまで強そうには見えないが、どうなのだろうか?


なんて思っていると、猛風は龍を見て、


「なぁに、そんなじろじろ見なくても、見ての通り老い先短い老人じゃよ。精々出来ることといえば」


そう言って、猛風は龍の胸に軽く触れた次の瞬間、車に突っ込まれたような衝撃が走り、龍は後方に吹き飛ばされた。


「お嬢様に集る悪い虫を払うくらいじゃ」

「リュー!」


虎白が駆け寄ろうとすると、猛風は虎白を椅子に座らせ、軽く額を指先で突く。


「あ、あれ?体が……」

「氣を乱しました。なぁに、五分もすれば動けるようになりますよ」


猛風はそう言って龍の元へ行こうとすると、


「いってぇな」

「ほう?」


立ち上がって首をゴキっと鳴らす龍を見て、猛風は声を漏らす。


「これは驚いた。常人だったら1時間は嘔吐が止まらなくなる一撃じゃったが」

「そんなもん出会い頭に打つんじゃねぇよクソジジイ」


龍は猛風を見て、拳を握った。


「言っておくが、俺は老若男女平等派なんだ。やる気だって言うなら、俺はやるぞ?」

「安心せい。小僧に心配されるほど老いてはおらんわい」


そうかよ!っと龍は拳を振り上げ、猛風を殴りつける。だが、


(軽い!?)


しっかり殴った筈なのに、手応えが無さすぎる。まるで綿か何かを殴ったようだ。


「恐ろしい男じゃのう」


猛風はそう言いながら龍に触れ、再度あの衝撃を放つと、龍は吹っ飛ぶが、今度は強引に耐えると、もう一度殴る。


(ダメだ。また軽い!?)

「フン!」


すると猛風は、今度は両手を添えて、さっきの衝撃を放つ。


「がっ!」


新たに放たれた衝撃は、龍を大きく吹き飛ばす。


「クソ……」

「龍さん大丈夫かい!?」


テーブルを蹴散らしながら吹っ飛ぶと、店の中から店主が飛び出してきたが、大丈夫だと手で制して、そのまま店に戻るように伝える。


「さてどうするかな」


これは困った龍は首を傾げると、猛風はボコッと音をたてながら、地面にめり込んでいた足を引き抜いて前に出てくる。


(なんでアイツ、地面に足がめり込んでたんだ?)


理由がわからず、龍はポカンとしつつも、近くにあった椅子とテーブルを手に取り、


「殴って駄目なら、こっちはどうだ!」


と言って、テーブルを投げつけるが、


「危ない危ない」


飛んできたテーブルをキャッチし、クルリと回して優しく地面に置く。


「店の備品を壊すには関心せんな。常識がないのか?」

「アンタに常識どうこうは言われたくないな!」


龍はそう叫びながら椅子を持ち上げて、猛風に叩きつけた。


「ぬぅ!」


しかしそれをも猛風は掴んで止め、耐える。


「おらぁ!」


すると、龍は思いっきりヤクザキックで猛風を蹴り飛ばす。だが、それを猛風は、体を捻って躱すと、膝と肘で挟んで膝を破壊しようとする。


「いっづ!」

(なんじゃと!?)


猛風は驚いて、一瞬体を硬直させた。


並の者たちであれば、今の一撃で膝を粉砕し、立てなく出来る。だが、膝を破壊するどころか、逆に猛風の肘の方が痛んだ。


(どういう体をしとるんじゃ……人間かこやつ)


と思った瞬間、猛風は胸倉を掴まれ、


「おらぁ!」


龍は勢いよく振り回すと、そのまま地面に叩きつけた。


「ぬぅ!」


猛風はそれを受け身を取りながら衝撃を逃がす。だが、


「おおおおおお!」


龍はそのままブンブンと振り回し、地面や壁にテーブル椅子等次々ぶつけていく。


(まるで嵐じゃな!)


猛風はその中でも受け身を取り続け、致命傷は避けていくが、それでも限度があり、口から血を漏らす。


そして、


「せぇの!」


そのまま龍が思いっきりぶん投げると、


「なんと!」


飛んでいく猛風が驚いて目を見開く先にあったの、走ってくる車だ。


「正気かあのガキぃ!?」


等と叫ぶと同時に、猛風は走ってきたトラックに跳ね飛ばされる。


十メートルはたっぷり吹っ飛び、地面をゴロゴロ転がる。


「わ、儂じゃなかったら死んどるぞ」


外れた肩をガコッと自力で嵌め直し、猛風は痛む全身に活を入れて立ち上がる。


受け身を取り、衝撃を逃がすことで事なきを得たが、流石にこれは効いた。


投げ飛ばされたため、空中にいた影響で、衝撃を逃がすのに不十分な場所だったのもあり、流石に肝が冷えた。


先程龍の攻撃を無力化したのも同じ原理だ。受けた衝撃を全身に分散し、分散しきれない分は地面に流して受け流す。足がめり込んだのはそれが原因。寧ろ、分散した余りの部分で、地面にめり込む破壊力を出すあの男が異常である。


しかし、


「逃げられたか」


自分がふっ飛ばされた隙に、龍は虎白を連れて逃げたらしい。


「脳筋かと思えば、意外と撤退の判断も早いのう」


じゃが逃さん!と猛風は走り出しながら、懐から名刺を取り出し、トラックの運転手に投げる。


「後でここに連絡せい!トラックの修理代は払う!」


とだけ言ってそのまま走り去ってしまった。



















「おい虎白!何だあの化け物爺さんは!?」

猛風もんふぁん!めっちゃ強いお爺ちゃんだよ!」


それはわかっとるわい!と龍は虎白を抱えて走るが、


「来た!」

「嘘だろ!?もう復活したのか!?」

「儂じゃなかったら死んどったぞ!」


背後から物凄い速度で迫る猛風に、龍はどうするかと、頭を動かすと、


「龍!」

「水祈!?」


眼の前に車が止まると、そこから顔を出したのは水祈だ。


「乗って!」

「助かる!」


窓から虎白を放り込み、龍も中に飛び込むと、まだ体が半分くらい外に出ているうちから車を急発進させて逃走。


「たすかった」


龍はお礼を言いながら体を完全に車に入れると、水祈に礼を言う。


「どういたしまして」

「しかしなんでここに?」

「スイーツショップの店から連絡がね」


なるほど、店主ナイスと思いながら、龍は一息吐くと、


「しかしアイツ猛風じゃない。厄介ね」

「なにもんなんだあいつ」

獠牙リャオヤーの猛風はね、魔拳の二つ名を持つ拳法家よ。李書文の再来と言われ、先代のボスの頃から使える重鎮」


と、水祈が詳しい解説をしてくれた次の瞬間、ゴン!っと大きな音を天井が立て、更に車体が揺れる。


「おいまさか!」


龍が驚愕した時、助手席の窓が割られ、中に猛風が滑り込んできた。


「ちょっとお爺ちゃん!飛び込み乗車はご遠慮願えますか!」


水祈は片手で裏拳を放ち、猛風を攻撃をするが、猛風は簡単にそれを受け止め、関節を極める。


「あだだだ!」

「悪いお嬢さんだ。さぁ、車を止めてもらおうか!」


しかし、それを龍が後部座席から手を伸ばし、猛風の腕を掴み万力の如く握りあげた。


「ぐぉ!」


メキメキ音を立てる腕に、猛風も流石に悲鳴を上げて手を離したが、猛風は反対の腕で龍の額に触れて、衝撃を放った。


「あがっ!」


脳が揺れ、龍も流石に手を離したが、その隙に水祈が体勢を変え、両足で猛風を蹴り飛ばす。


「ぬぅ!?」


不意打ちも込みの蹴りに、猛風も受け流せずドアに体をぶつけ、咄嗟に水祈に掴み掛かろうとするが、


「おらぁ!」


龍は後ろからリクライニングのレバーを引き、座席を後ろから押して前に倒す。


龍のバカ力でリクライニングを前に倒され、勢いよく前に体をぶつけた猛風は咳き込み、


「悪い虎白!少しそっち行ってくれ!」

「う、うん!」


体が動くようになった虎白が退けると、龍はリクライニングを今度は後ろに倒し、前にいる猛風の胸倉を掴んで、ドアに叩きつける。それと同時に体勢を戻していた水祈は、再び体勢を変えて両足で猛風を蹴り飛ばした。


「な!」


それと同時に、ドアがベキッと音を立てて外れ、猛風は外に投げ出されると、そのままドアと一緒に転がっていった。


「あぁ、買ったばかりなのに……」

「命あるだけいいだろ」


しょんぼりしながら、風通しの良くなった車を運転する水祈に、龍はそんな言葉をかけて慰めるのだった。

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