【応援】
橘は『軽く流すだけなんで来なくて大丈夫っすよ!』と言っていたが、特に用事もなくて暇なので練習試合とやらに来てみた。
しかしバスケと言うのは……意外とうるさい。こんな台パンみたいな音を永遠と聞き続けらるなんてみんな凄いな。プレイヤーも応援団も。
「きゃー! 橘くぅーん!!」
おっ、橘がコートに立っただけで黄色い声援が体育館を揺らした。中学時代からのカリスマ性は健在らしい。
というか君って……。まぁ確かに、他の選手に比べてもイケメンが過ぎるけど……。
おー私には絶対出来ない超絶技巧のドリブル。……だよね、よくわかんないけど。
そしてあっさり得点。あっさりに見えるけど難しいんだろうなぁ。
なんて。わからないなりに魅入り、ボールが床にぶつかる音も気にならなくなったあたりで試合終了のホイッスル。
たぶん、応援団の喜び様からして我が校が勝ったらしい。
「千咲さまぁ~!」なんて歓声も響いている……。すごいすごいとは思っていたけど、この人気ぶりを目の当たりにしたのは初めてで、その凄さを今更実感している。すごいぞ我が後輩。
「っ」
あっ目合った。驚いてる驚いてる。ふふっ、照れるな照れるな。
って、え、何? めっちゃこっちに手ぇ振ってんだけど!?
いやいや……周りのファンの子達が自分の事だと思って狂喜乱舞してるし……。いや、本当にファンの子達に振ってるんだろうか。
ここで私がスルーしても、周りからスカした女だと思われそうだしちょっとくらい振り返しておくか……。
えっ、あれ、遠くてちょっと分かりづらいけど……なんか、ハイライト消えてない?
なんか危険な気配もするし、バスケも観るのはそこそこ面白いということは知ったし今日はもう帰ろう。
「どこ行くんスか」
体育館から出て校門へと歩を進める道中、突如として現れた橘に背後から腕を掴まれ、あれよあれよと何かの倉庫裏へ。
「きゃっ」
そしてこれはおそらく……壁ドン、的な? 私の後頭部が壁にぶつからないように配慮してくれているため手のひらを添えてクッションを作ってくれているため、ちょっと距離が……近すぎる気がするけど……。
「なんスか先輩」
さっきまでコートを駆け抜けていたユニフォーム姿のままじっとりと汗をかいている橘が、既に若干不機嫌に口を開いた。
「なんで無視するんすか」
「無視なんかしてないでしょう? ちゃんと手を振り返したじゃない」
「あれはもう無視の範囲っすよ! 自分なんかやっちゃいましたか!? ダサかったんすか!? 怒ってるんすか!?」
すごい剣幕……というか、よくもまぁあれだけ歓声を浴びておいてそんな心配ができるわね。
「貴女が一番格好良かったわよ。橘以外の選手、一秒だって見てないわ」
「ほんとッスか! ……じゃ、じゃあなんで……さっきはあんな塩対応……」
「その……少し照れちゃったのよ。それに周りの人達に私達の関係が知られちゃったら困るでしょう?」
「自分は困らないっすよ。先輩が言わないでっていうから秘密にしているだけで」
「わ……悪かったわよ。次はもうちょっとはっきり返すから……」
「大事なことはぐらかしたのはちょっとアレっすけど……譲歩します。塩対応しないのでは約束ですからね」
「ええ。約束」
話はそれで終わりかと思いきや、橘は離れずにジッと私をみつめている。
「橘、その、戻らなくていいの? ミーティングとか――」
「――汗、イヤっすか?」
「えっ?」
私の言葉を遮り、脈絡の見えないことを切り出す橘。
「すみません。自分、焦って来ちゃったから……こういうところっすよね」
どうやら自分の流している汗を気にしたのか、いつもなら甘えてきたり抱きついてきそうなこんな場面で、彼女は私をあっさり解放した。
「応援来てくれてありがとうございました。本当に嬉しかったッス」
ぎこちない笑みを浮かべて私に背を向け、走り出そうとした橘を――
「橘、良いこと教えてあげる」
「へっ!? なんスか先輩!?」
――逃さないように、私から抱きしめた。
「汗の匂いが嫌じゃないのは……遺伝子レベルで相性が良いらしいわよ」
「ちょ……あの……先輩……」
こっちも焦らされて少し――妙な気分になっていたのは否めないが、割と大胆なことをしたと自分でも驚いている。
「だから……そんなこと気にしなくていいわ」
「先輩……」
抱きしめる私の手を、強く握り返す橘の手は驚くほど熱い。これがさっきまでの試合で生まれた熱なのか。それとも――密着した体に響く心音から伝わる興奮から――現在進行系で生まれているものなのかは、わからない。
「次は自分が先輩に汗をかかせて……じっくり堪能させてもらいますね」
それは一体どんな方法で? とは、消えたハイライトの代わりに瞳の奥で紫炎を揺らめかせる橘には聞けなかった。
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