【ウィスキーボンボン】

「これ……なんスか先輩?」

「ちょっと高めのチョコよ」

『今日は雨で室内練習だから部活には出たくない』し『肌寒い日は先輩の家に行きたいっす』と言うちょっと不良な橘を招き、ダラダラ過ごす放課後。

 テーブルの上にはココアとホットミルク、そして見慣れない豪奢な包に入っているお菓子。

「お母さんが知り合いからもらったらしいから、橘にもおすそわけ」

「わー! 恐縮ッス!食べていいっすか?」

「もちろんよ。たくさん食べて」

「いただきまーす!」

 ふふ……これはただのチョコじゃない。ウィスキーボンボンよ!

 さぁたくさん食べなさい橘。そして私に弱みを晒しなさい。

 体育会系のイケメン女子はアルコールに弱いって相場が決まってるものね。

 これで橘を弱らせて……ふにゃふにゃになった動画を撮りまくり、後で大いにからかってあげるわ……!

「あっこれお酒入ってるやつですね。不思議な味っす」

 むっ。さっそく気付かれてしまったようね。でもここで手を止められるわけにはいかない……。

「はい橘、あ……あー、ん」

 一つ手にとって、口の目の前へと運ぶ。

 うぅ……流石にちょっと恥ずかしいわね。でも仕方ない。これも橘の新たな一面を見るため。

「っ……あー」

 頬を真っ赤に染めちゃって……可愛いなぁ私の後輩は。でもこれからもっと真っ赤になってもらうんだから。


×


「先輩……大丈夫ッスか?」

「え、ええ」

 どうして……私がこんなことに……全然計画と違う……。

「一個食べただけでそんなんなっちゃうとか……どんだけ弱いんスか、先輩」

 この子……何個食べさせても全く酔う気配がない……。頬の色もさっきから一切変わらないし……。

「う、うるさいわね……あっ」

「先輩っ?」

 立ち上がって水を入れに行こうとすると、足元が覚束ずベッドの上に倒れてしまった。

「……なんでもないわ」

 と、言ったものの、体を起こせる気がしない。景色がゆっくり、ぐるぐる周り、痺れるような頭痛が訪れる。

「……」

「先輩……力、入んないすか?」

「そう、みたいね。家に来てもらって申し訳ないのだけど……少し、寝てもいいかしら」

「も、もちろんっす! お水持ってきます!」

 どうやら既に橘の中で、我が家は勝手知ったる拠点となっているようで、その行動に迷いはない。

「…………」

 一人になって天井を見つめていると、さっきまであった頭痛が徐々に消失し、反動とばかりに良い心地でふわふわする。

「先輩、はい、お水っす」

「ん……ふぁ~美味しい。えへへ~たーちばな~」

 渇いていた喉は一口でコップを空にすると、橘はそれをテーブルに置いて一息ついた。

「……」

 なにしてるんだろ。たぶん、何もしてない。

 橘は時々ああやって、何もせずに体育座りをして、瞼を落として微かに微笑むことがある。

 私に背を向けてその時間を堪能している橘の、とある部分に……なんだか目を惹かれた。

「んっ……くすぐったいすよ……」

 すっごく綺麗なうなじ……。

「橘……体温低いのね。大丈夫? 寒くない?」

「先輩が熱いんすよ。……あんま……触らないでください……」

「なによぅツレナイわねぇ」

 所謂だる絡みをしている自覚はあって、自分でもしょうもないことをしていると思うが、それでもやめられない。

 優しく私の手を掴んで、自分から引き離した橘を――

「ちょっと、どこ行くのよぉ」

「わわっ先輩!」

 ――抱きしめてこちらに引き寄せると、二人でベッドへ豪快にダイブ。

 お腹も、二の腕も、背中も、引き締まって肌触りが良く、適度に冷たくてついつい触ってしまう。

「ふふっ暖かいわねぇ、橘は。ずっとここで大人しくしてなさい」

「……先輩」

「なぁに?」

 勝手に腕を拝借して枕を作ると、私の全部が橘に包まれてとめどない安心感に見舞われた。

「自分……もう、こんなの……先輩っ! …………先輩?」

 橘の香りと、体温と、少し早い鼓動に、窓を叩く雨音。

 その全てが酔いと混ざって、心地いい微睡みに誘われる。

「……寝てる……良かった……危なかった……」

 最後に聞いた橘の声は――ホッとしているような、残念がっているような――切迫感に満ちているようだった。


×


「先輩……三年後には先輩がお酒を飲めてしまえるという日本の法律に……自分は戦慄してるっす」

「……返す言葉もないわ」

 目が覚めると私は相変わらず橘の腕の中にいて、最悪なことに全ての事を覚えているもんだから飛び起きて距離を取った。……恥ずかしすぎる……。

「自分だって先輩との初めては大切にしたいと考えてるんスよ。けどあんなことが続いたら……理性が……。先輩の意志とか全部関係なく……この先は言わなくてもわかるッスよね?」

「……ええ」

 憔悴した表情の橘から淡々と溢れる、怨嗟に似た言葉の数々。

 正直何が言いたいのかあんまりわからないが、それを言ったら更に怒られそうだからとりあえず頷く。

「わかってなさそうッスね。でもまぁ、いいッスよ。いいもん撮れたんで」

「いいもん?」

 私の疑問符へ悪い笑みを浮かべた橘は、スマホの画面を見せてきた。

「橘……これは……?」

「酔っぱらって腕枕で寝てる先輩が、むにゃむにゃ寝言を発してる動画ッス」

「今すぐ消しなさい!」

「絶対イヤっす! 何億通りの活用方法があると思ってるんすか!」

 ぐぬぬ……策士策に溺れるとは……このことか……!

「これに懲りたらイタズラは程々にするんスよ、先輩」

 まさか私の弱みが握られてしまうとは……っ。突然悪寒が……。

 大丈夫だよね、家で寂しい時に見るだけだよね、変なことに使わないよね!

「ふんふふんふふ~ん」

 可愛らしく足をパタつかせながら、ハイライトの消えた瞳で何度も動画をリピートしている橘に、畏怖を抱かずにはいられなかった。

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