なんスか先輩!?

燈外町 猶

【だーれだ?】【まんじゅうこわい】

【だーれだ】


 私の後輩は、今日も可愛い。

「だーれだっ」

「わっなんスか先輩!?」

 中学時代、バスケ部のエースとして活躍しながら、毎日人間関係で悩んでいた後輩、たちばな 千咲ちさき

 彼女は一人になりたい時や逃げ出したい時の場所として図書室を選び、万年図書委員である私は、その特権を悪用して図書準備室などを貸し、度々たびたび休ませていた。

 私が中学を卒業したことでその関係も終わったと思っていたが、なんと翌年、彼女は再び後輩として同じ門をくぐることに。

 そんなにバスケ部が強くないこの高校に進んだ理由を聞いていると、流れで告白され、私も満更でもなかったので付き合うことになった。

 私のすること一つ一つに大きなリアクションをくれるため、ついついからかいたくなってしまう。

「ふふっ、一瞬でわかってしまうのね」

 前を歩く橘の姿を見つけたので、安直だが背後から目隠しをしてみると、すぐに正体を暴かれてしまった。

 こういう体勢になるとやはり身長差を実感してしまうな……。私ももう少し高くなれないものだろうか。まぁ胸なら私の方が大きいし……ひとまず良しとしよう。

「そりゃあそうッスよ。先輩の手のひらの感触、お胸様の圧迫感。ハンドクリームの香り、唯一無二のお声。その前に足音が聞こえた時点で先輩が近づいてきたのはわかってたッス。私の方からご挨拶に向かいたい気持ちもありましたが、先輩が何をしてくれるのか期待してしまう自分がいて……。それにもし何もしてくれなかったららどうしようとか考えたらどうすればいいのかわかんなくて……。というか付き合っているのに何もしないなんてありえないっすよね、もし無視されてたら私……先輩をどこか遠くに連れ去って私以外の人間全てが『だーれだ?』状態になるまでずっと、ずっと私だけを想ってもらえるように……「た、橘……?」

「まっ杞憂きゆうで良かったっす! で、なんスか先輩?」

「い、いえ別に、これ以上のことはないんだけど……」

「そっすか! もー先輩はいたずら好きっすねー!」

 私の後輩は今日も可愛くて、王子様のように格好良いけれど……しばしば瞳からハイライトが消えるのは、少し――怖い。


×


【まんじゅうこわい】


「もーなんスか先輩! そんなに怖い話するの反則ッスよ!」

「あら、貴女があんなに『怖い話が苦手だ』って言ってくるから、『してください』っていうフリかと思ったのよ」

「んなわけないじゃないっすか! うぅ……今日は眠れないかも……」

 日曜日。橘は部活が休みなので、今日は私の家に遊びに来ていた。

「じゃあ……先輩はどんなことが苦手なんスか?」

 知り合ってから三年目ということで、こうして部屋でダラダラと過ごすことも何度かあるが、雰囲気になったことは一度もない。

 彼女は私を好きだ好きだとアピールしてくれるが……意味ではなかったのだろうか。

 ……一度気になると止まらない。

「そうね。……強引に迫られるのは少し怖いかしら」

 丁度いい。この流れで確認してみるとしよう。

「強引に……迫られ……?」

「ええ。例えばこんな風に押し倒されて――」

 ちょっと恥ずかしいけれど、エアーでされている感を出してみる。

「――両手を押さえつけられ、抵抗できないまま服を脱がされて、口付けを……「先輩」

 自分の片手で外していたボタンを、橘は一つ一つ丁寧に止め、乱れた私の衣類を正常化していく。

 むぅ。やはり意味ではなかったか。それか私に魅力が足りないか。

 こんな風にまったりした関係が嫌なわけではないが、若干残念がっている自分がいる。

「もし先輩にそんなことをする奴がいたら……全身の骨を叩き砕いて、全部の臓器を擦り潰した後にゆっくり息の根を……「た、橘? これ、あれよ、さっきの話の流れで……」

 声音が低く重く、そして瞳からハイライトが消えていく後輩に危機感を覚え制止に入る。

「えっ? ああ、そっかそっか! あーびっくりした。もー先輩ったら冗談きついッスよ~」

 橘が口にした冗談の方がよっぽどきついと思うけど……ケロッと明るく反転した彼女に、とりあえず一安心。したものの――

「でも……そうっすか、先輩はそういうのが好きなんすね」

 ――虚空を鋭く睨みながら小さく呟かれたその言葉に、私の全身は悪寒に包まれ、関係などでは済まないのかもしれない。なんて、覚悟に近い思いを抱いた。

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