第2話 勇者様はヤンキー

 王城から一斉に逃げ出す魔物達。

 蘭子は片っ端から魔物を叩きのめし、のっしのっしと王城を歩き回る。

 「どこ行ったぁ!逃げるなや!」

 怒鳴りながら、王城から出た蘭子。

 そこには魔物達が隊列を組んで、待ち構えていた。

 「おお?やる気かいな」

 街を襲っていた魔物達が集められ、そこには100を超える数が揃っている。

 王国の兵士達ですら、怯えて、近付けない。

 「お前、何者だ?魔物を叩きのめすなど・・・」

 狼狽したように蘭子に尋ねるのはフードを目深に被った男だ。

 「人に名前を聞く前にてめぇが名乗るもんだろ?この三下がぁ」

 「さ、三下って何だ?・・・解った。私の名はフィーラー。魔王ザラーク様に仕える魔術師。この魔物達の生みの親だ」

 「生みの親だぁ?うげぇ!ペッ!こんなの産んでるのか?気持ち悪いな?」

 蘭子は唾を吐き捨てながら、汚物を見るような目でフィーラーを見る。

 「気持ち悪いだと?圧倒的な力を持つこの子達を・・・」

 「うるせぇよ。グダグダとよぉ」

 蘭子は棍棒を振り回しながら、歩き出した。圧倒的に有利なはずの魔物達もそのあまりに大胆な仕草に後退る。

 「さがるな!相手は一人だぞ?し、しかも女だ」

 フィーラーもビビりながら魔物達に襲うように指示を出す。だが、本能的に怯えている魔物達は今にも逃げ出しそうだった。

 「やんならやってやるよぉ!来いやぁああああ!」

 そう叫ぶと蘭子が突っ走った。その唐突な行動に魔物達は混乱した。逃げ惑い、動けず、牙を剥きながらも腰が抜けてしまった者など。結果的に蘭子の一撃が巨大な虎の顔面にめり込む。

 一撃で頭蓋骨が割れ、目が潰れた虎は巨躯をその場に倒す。その巨躯に飛び乗り、蘭子は棍棒を振り上げ、叫ぶ。

 「フルボッコにしたるぅ!フルボッコやぁああああ!」

 その言葉の意味が魔物に解るわけがないが、この事態に本能がそうさせるのだろう。一斉に逃げ出す。

 「に、逃げるな!あの女を殺せ!殺せ!」

 フィーラーはその様子に混乱しつつも、そう叫び続ける。

 「おい!おっさん!」

 動揺するフィーラーの前に棍棒を肩にした蘭子がやって来る。

 「ひぃ・・・な、なんでしょう?」

 フィーラーは蘭子の嬉々とした瞳に釘付けになり、借りて来た猫のように肩を縮こまらせ、立ち尽くす。

 「なんか知らないけど・・・好き勝手やったようだな?」

 「えっ・・・その・・・あの・・・」

 「ちゃんと喋らないか!」

 蘭子の棍棒がフィーラーの横っ腹にぶち込まれる。悲鳴を上げる事なく、彼は横に転がり、息も出来ないのか、嗚咽を漏らしながら、倒れたままになった。

 「とっとと立てぇ!」

 そんな状態のフィーラーを蹴り飛ばす蘭子。

 「む、無理で・・・がはぁ」

 フィーラーは泣きながら悲鳴を上げる。

 「じゃがわしいぃ!立てと言ったら、立てぇ!」

 蘭子は無理だと言っている相手を徹底的に足蹴にする。

 数分で、ボロ雑巾のようになったフィーラーは気絶した。

 「なんだ。根性がねぇな。人に喧嘩を売っておいて、それは無いだろ?」

 蘭子は様子を見に来た王国の兵士に水を持ってこさせ、フィーラーにぶっかけさせる。それで目が覚めたフィーラーにヤンキー座りで顔を近付け、声を掛ける。

 「おい!おっさん。この始末、どう取るんや?」

 「ど、どうとは?」

 「お前が、街をこんなんしたんだろ?」

 「ひぃ・・・」

 フィーラーは怯えて、声でも出なくなった。その襟首を掴み、蘭子はそのまま、立ち上がる。フィーラーは力づくで吊り上げられ、苦しさに悶える。

 「お前が何なのか知らんが・・・私に喧嘩を売ったんだろ?その始末をどうつけるかはっきりしろ」

 蘭子に凄まれ、フィーラーはそれだけで気絶しそうだった。

 「す、すいません。すいません。殺さないで。もう、この国は襲いません。魔王軍も辞めます。辞めますから」

 「そんなん知るか。今、ここでどうするか言えよ」

 「ここで?ここでって・・・そ、そうだ。魔物達が奪ってきた金目の物は全て差し上げます」

 「金目?本当か?」

 「は、はい。ここに来るまでも多くの街などを襲いました。魔王軍の資金源にするために奪った宝物があります」

 蘭子はニヤリとする。

 「そう言う事は早目に言えよ。よっしゃ。すぐに持って来させろ。全部だぞ?少しでも隠してた・・・いいな?」

 蘭子に睨まれ、フィーラーは小便を漏らしながら、コクコクと無言で頷く。そして、彼は魔物達を操るのに使っているのだろう。笛を吹いた。

 

 1時間後。怯えながら魔物達が宝物の入った箱を幾つも持ってきた。

 「よく解らんが、確かに宝石とか金になりそうな物ばかりだな?」

 蘭子は価値があまり理解が出来ないが、金ぴかに輝く宝飾品などを見て、ニタニタと笑う。

 「こ、これで良いでしょうか?」

 フィーラーは蘭子の笑みを見た、安堵したように笑顔で接する。

 「あぁ・・・まぁ、この辺で手打ちにしてやろう。お前ら、帰っていいぞ」

 蘭子は宝箱に腰掛けながら、ボロボロになったフィーラーにそう言うと、彼は脱兎の如く、逃げ出した。魔物達も慌てて、彼の後を追う。

 「ゆ、勇者様」

 ボロボロになった王国の民たちが集まってきた。その中には最初、蘭子にドロップキックをされたフードの女も居た。

 「お前・・・誰だ?」

 ドロップキックした事も忘れてる蘭子は女に呼び掛けられても何の事か解らなかった。

 「失礼しました。私は王国最高峰の魔術師・・・キャナベル。王国の危機を救うために勇者様を召喚した者です」

 「ちゃんと解る言葉で言えよ」

 蘭子はキャナベルを睨みつけながら言う。

 「は、はい。あなたをこの世界に呼んだのは私です」

 瞬間、蘭子はキャナベルにドロップキックを食らわした。再び、キャナベルは数メートルを吹き飛び、集まってきた人々に衝突して、彼らを巻き込みながら倒れた。

 「てめぇが原因か。俺を元の世界に戻せや」

 蘭子は棍棒を振り回しながら倒れたキャナベルに近付く。キャナベルと一緒に倒れた人々はあまりの恐怖に逃げ出す。キャナベルは倒れたまま、迫りくる恐怖に動けなかった。

 「ゆ、勇者様。その者をお許しください」

 突如、おっさんの声が響き渡る。蘭子はそっちを見た。

 「何だ?お前は?」

 蘭子が見た先には王冠を被った、赤いマントをした偉そうな老年男性。つまり王様が立っていた。

 「この国の王。ファルサウ3世だ。彼女に禁忌の魔法である召喚魔法を命じたのは私だ」

 「王様かよ。まんまだな。じゃあ、てめぇがこの責任を取るのかよ?」

 「無論だ」

 「どうやって?」

 「あなた様が元の世界に戻る為には膨大な魔力が必要です。それらは魔王が持っています。魔王を倒した時、奴の持つ力を利用して、元に戻せるでしょう」

 「はぁ?・・・なんだ。私が魔王を倒せって事か?」

 「そうなります」

 「ふざけるなよ?」

 蘭子は王様に向かって、棍棒を振り回しながら歩み寄る。

 「す、すまないと思っている。だが、仕方がなかったのだ。この有様を見てくれ。魔物を相手では軍ですら歯が立たず、民の命も財産も奪われてしまうだけだったのだ」

 「別の世界の事なんぞ。知るかぁ!」

 蘭子は怒りに任せて、棍棒を石畳に振り下ろす。石畳は穿たれ、その力に耐え兼ねた棍棒が折れる。

 「本当に悪かった。すまなかった。だけど、仕方がなかったんだ。私に出来る事は何でもする。お願いだから、魔王を倒してくれ」

 王様は土下座した。同様に側近や兵達、民までも土下座した。その光景に蘭子は怒りをぶつける先を失ってしまった。

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