第27話 嘘つきと病みつき②

 放課後の教室。

 周りと見渡すと、ある者は教室に居座り、他愛のない会話に興じる。またある者は一目散いちもくさんに部活動におもむく。

 午後の授業はそっちのけで、俺は現状の打開策について考えるだけ考えてみた。リリアナを引っ張り出す方法はすぐに思い浮かんだ。問題は西園寺の屑野郎をどうやって黙らせるかだ。

 立ち退きが正式に決まった以上、正攻法では太刀打ちできない。あいつと同じようにこちらも弱みを握って脅しをかける。邪道だが、これしかない。

 だが、一人で考え込んでもこれといった案は見つからず、手詰まりになった。タイムリミットは立ち退きとなる今週末。時間は限られている。

 考えた末、ある人物に協力を求めることにした。同じように脅されているであろうボッチなあいつを。

 俺は帰り支度じたくを整えて席を立つ。騒がしいリア充どもの前を横切って、彼のもとに向かった。

 「おい、直江。放課後、時間あるか? あの二位野郎に一泡吹かせてやりたい。さっそくだが、この前の借りを返してもらうぞ」

 俺がそう言うと、直江はある程度察してくれたようで、怪訝けげんな顔をして俺を見る。

 「……宇佐見君。彼に一体、何するつもりなの?」

 「とりあえず、学園の外で話そうか」

 彼を引き連れて教室を出ようとした。その時。後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。

 「テツロー君っ! 帰るなら一緒に帰ろう」

 「つ、つばきちゃん……」

 つばきはぱっと明るい笑顔を向けてこちらに駆けてくる。直江は直立不動のまま、強張こわばった表情をしていた。

 「つばき、悪い。今日はこれから直江と遊ぶんだ」

 「直江君と?」

 俺は固まった直江の肩をぽんと叩く。彼女の視線が自然と直江に向く。彼はどっと冷や汗を噴き出して、身体は小刻みに震えていた。

 「だったら私も一緒に遊びたいな。ねぇ、いいでしょ?」

 つばきはおねだりするように上目遣いにこちらを見る。その可愛さに「いいぜ、どんと来いよ」と即答しそうになったがぐっとこらえた。

 「ダメダメ。今日は男同士で遊ぶんだ。なぁ、直江」

 直江の返事がない、ただのしかばねのようだ。慌てて彼と肩を組み、笑ってみせる。つーか、こいつ、いつまで石みたいに固まってんだよ。

 俺が直江の肩を揺らしていると、つばきは疑いの眼差しでこちらをじっと見ていた。

 「ふーん。まさか、男の子二人でエッチな本でも買いに行くつもり?」

 「ばっ、馬鹿、違うわっ! なんつーベタなこと言いやがる」

 彼女の冷たい視線に晒されて、なんだか俺まで冷や汗がにじんできた。ホントだよ、えっちぃのは好きだけど。それに今どき電子でぽちっと買えるのに、わざわざそんな危険はおかさない。

 俺は無実を訴える眼差しを彼女に向ける。つばきは何とか納得してくれたようで、にこりと笑みを浮かべた。

 「そうだよね。エッチな本なんて許さないからね」

 ……えっ、おいおい、いきなり彼女面かよ? 望むところだが、つばき、愛が重い……。

 彼女はこちらに近付くと耳元でささやくように告げる。

 「エッチな本より……。次、何するか楽しみにしててよ?」

 「はぁ? お前何を言って……」

 つばきはさっと俺から離れると、「またね」と小さく手を降って教室を後にした。俺は一体何をされてしまうのだろうか、胸はドキドキで答えは出ない。謎も解けない。

 一方、直江の思考回路はショート寸前。俺は彼を引っ張って教室を出た。

 

 × × ×

 

 ハンバーガー屋の店内。俺たちはここで作戦会議を行う。

 直江はハンバーガーセットを注文した。俺はコーヒーのみ。

 席に座って、ランチバックから余った弁当を取り出す。工藤先生が一食消化してくれたが、今日も今日とて夕飯は残った弁当だ。

 「ちょ、ちょっと! 宇佐見君、店内でお弁当広げちゃ駄目だよ」

 「えっ、駄目なの? なんで?」

 だって、注文してるじゃん。俺たちはお客様だろ。つまり、俺は神だ。

 俺は理不尽な怒りを直江にぶつける。彼は一瞬びくっと肩を震わせたが、すぐに呆れたようにため息をついた。

 「駄目に決まってるでしょ。食べるならもっと隠して食べてよ」

 直江は席を立ち上がると、店員から死角になる隅っこのほうへ移動をうながした。

 「それにしても、お前はほんとパンが好きだな。日本人なら米食えよ。米を」

 「いや、君がハンバーガー屋に入ろうって言ったんでしょっ!」

 彼は目を見開いて、驚きに満ちた声を上げる。

 だって、入ってみたかったんだもん。放課後、飲食店に寄り道なんて生まれて初めてだ。なんかすごい悪いことしてる気がする。

 「……宇佐見君こそ、何でお弁当食べてるの? お昼抜きだったの」

 「いや、お昼は食べたさ。これは別腹なんだ」

 直江は不思議そうな顔をしながら、弁当を眺めていた。その光景が我ながらおかしくて、俺はくすっと笑う。

 俺たちは食事をしながら腹を割って話した。

 案の定、直江も西園寺から脅されて、今回の犯行におよんでいた。何でも父親の勤め先が西園寺グループの系列会社らしい。親の職場抑えるとか、あの野郎はほんと下衆げすいな。

 「じゃあ、西園寺君が言ってた俺の女はつばきちゃんじゃなかったんだ」

 「あぁ、俺もすっかり勘違いしてたよ」

 加害者も被害者も目当ての女性を勘違いしていた。すれ違いコントかよ。あまりにお粗末で死んでも死にきれない。

 「彼女が巻き込まれてなくて本当によかった」

 直江は安堵あんどの息を漏らして、ぐったりと椅子にもたれかかる。

 「お前、なんでそんなにつばきのことを……」

 彼は照れたように笑みを浮かべながら、嬉しそうに語る。普段なら嫉妬でイラッと来るところだが、不思議と嫌な気はしなかった。

 「つばきちゃんはこんな僕の名前を覚えててくれた。そして、優しく話しかけてくれた女神さまなんだ。だから君に嫉妬なんてしてないよ。僕は彼女が幸せならそれでいい」

 あぁ、女神さまね。どおりでさっきは石みたいになってたのか。いや、あれは怪物だった。

 しかし、ボッチな上に出会い方まで全く同じじゃねぇか。直江、お前は良いやつだよ。つばき崇拝すうはいし過ぎで、ちょっと怖いけど。ブッ殺すなんて言ってすまなかった。

 「僕も西園寺君に一泡吹かせたい。だから、協力させてほしい。……それであの時のお詫びができるなら、僕は何でもやるよ」

 「……直江。あぁ、俺たちはもう友達だぜ。つばきちゃん女神同盟だ、つばき最高っ!」

 俺はようやく真の仲間を見つけて、興奮気味に声を張り上げる。妙なテンションに身を任せて、気分も上がれば、手も挙がる。一方、直江は目に涙を浮かべて俺を見つめていた。

 「友達……。僕、友達出来たの初めてだな……。宇佐見君、君のこと、うさみんって呼んでもいいかな?」

 「えっ……。うっ、うさみん?」

 一瞬自分の耳を疑って、直江を見る。目が合うと、彼はもじもじしながら頬を染めてうつむいた。俺はテンションだだ下がりで冷静さを取り戻す。すると、友情を試すかのように、さらなる追い討ちがかかる。

 「……僕のことは、なおぽんって呼んでほしい」

 「は? なっ、なおぽん……」

 ……まぁ、今は協力者が喉から手が出るほど欲しい。俺も友達ができたボッチの気持ちはよくわかる。これくらいなら付き合ってやるか。

 しばらくの間、男同士であだ名を呼び合う、只々ただただ気持ち悪い時間が続いた。

 直江は満足してくれたようで、ようやく本題に入る。

 問題はどうやって西園寺の弱みを握るか。それさえあれば、交渉に持ち込める。

 俺が頭を悩ませていると、直江はあっけらかんと口にする。

 「あるよ、彼の弱み」

 「マジかっ! あれか、人妻に手出しまくってるとか。やばい薬売りさばいてるとか」

 「……いや、そんなヤクザみたいな高校生いないでしょ」

 いやいや、親の職場抑えるとか結構ヤクザっぽいけどな、あいつ。

 彼は軽くため息とつくと、仕切り直すように一つ咳払いをして話を続けた。

 「おそらく、西園寺君はテストをカンニングしてる。僕は一年の頃から彼のパシリしてるけど、彼が勉強してるところ一度も見たことないんだ」

 話を聞くと、俺はすぐに得心がいった。……あいつ、どおりで平均九十五点オーバーもあるはずだよ。つーか、そんな平然な顔してパシリとか言うなよ、見てるこっちがつらくなるわ。なおぽんマジ泣ける。

 「そしてテストを全教科横流しできるのなんて学年主任の大宮先生か、副主任の工藤先生のみ」

 大宮? 誰だっけ。だが、答えは一つだ。

 「それなら簡単だ。犯人は大宮だ」

 「何でそんなことわかるの? 担任だからって贔屓目ひいきめで見るのは……」

 彼は納得いかないような顔で聞き返す。俺は得意げに胸を張って、声高々と宣言した。

 「あの人は俺の最推しだからなっ! 理由なんてこれだけで十分だ」

 その瞬間、直江の目から光が消えた。それから、ぞっとするほど冷たい声音で言い放つ。

 「どういうこと? さっき、つばきちゃん最高って言ったよね。神は二人もいらないんだよ」

 「あっ、いや……」

 ……えっ、なにこの狂信者。目がマジなんだけど。


 なおぽんマジ病んでる。

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