第23話 青い兎といばら姫④

 日曜、駅前でつばきと待ち合わせ。

 人生初、女の子とのデートだ。男の子? あるわけねぇだろ、そんなもん。そんなことはどうでもいい。

 三十分前からここに待機している。もう何度目だろうか、今日の予定を確認する。

 フハハハハ、我ながら素晴らしい計画だ。この日のために、母さんの協力を得て、完璧な計画を練り上げた。今日のデートは絶対に成功させてやる。

 俺はそわそわしながら、服装を整えて髪をいじる。すると、私服姿のつばきがこちらに走ってくるのが見えた。

 「お待たせ、テツロー君。ごめん、待たせちゃった?」

 「いや、俺も今来たとこだ」

 おぉ、今のはデートの待ち合わせっぽかった。だが、以前にもこんなことがあった気がする。

 あの時は逆の立場であいつは気怠けだるげに「待ちくたびれたぞ」と言っていた。いや、全然待たせてないんだけどね。

 結局、リリアナは今週も物置部屋に来ることはなかった。教室にも来ていないようだし、本当にどうしたんだあいつは。……まさか、事故とか病気じゃないよな。

 ここ最近はずっとこれだ。いくら考えても堂々巡りに終わり、結論なんて出やしない。気が付くと、つばきはムッとした表情でこちらを見ていた。

 「ちょっと、テツロー君。デートだよ、私服だよ、私に何か言うことないの?」

 白のノースリーブに薄いピンク色のロングスカート。肩を大胆に出して、透き通るような肌があらわになる。メイクも学校にいる時とは違い、いつもより一層大人びて見えた。

 「あっ、あれだな。……何というか、そう、いつもと雰囲気違うな」

 俺は妙な照れ臭さを感じて、もごもごと口を動かす。つばきは不満そうに頬を膨らませた。

 「それじゃ全然わかんないよ。せっかくおしゃれしてきたのに……」

 「ああっもうっ! こっちだって照れんだよ。……可愛い、可愛いぞ、ちくしょうっ!」

 俺は半ば自棄やけになって声を張り上げる。満足してくれたのか、彼女は俺の腕に抱きついて、はしゃいでいる。

 「ほんと? テツロー君、こういうのが好みだと思ったんだ。何なら髪も昔みたいに黒に戻して伸ばしてみようか?」

 俺の好みに合わせてくれたのか。いや待て、そんな情報どこで仕入れたんだ。つばき、恐ろしい女だ。

 それにしても、いつものブレザー越しと違い、布地が薄くて腕が胸に挟まれてんよ……。やはり、俺の目に狂いはなかった。こいつも凶器を隠し持っていた。

 だが、つばきには一言申しておく必要がある。

 直江の暴走は全部あいつのせいだが、ああいうやからを引き寄せる彼女の振る舞いにも改善の余地はある。八方美人はっぽうびじんだったか……、もしかして、西園寺が言ってたのはこういうことなのか。あいつやっぱりツンデレキャラかよ。

 「お前さ、あんまり気安く男に抱きつくなよ。勘違いされるぞ」

 俺がそう言うと、つばきはしゅんとうつむいて、ぎゅっと腕を引き寄せる。

 「……ひどい。こんなこと、テツロー君だけだよ」

 「そっ、そうですか。すみませんでした……」

 えっ、マジで? だったら俺、勘違いしちゃうよ? これでいつもみたいに梯子はしご外されたら、どっかの馬鹿みたいに引きこもっちゃうよ?

 そんな妄想を膨らませながら、俺は彼女と腕組みして、駅前の複合施設に足を運んだ。

 施設の中に入ると、俺は迷うことなく目的地に歩みを進める。お店の場所は把握している。なんたって、デート雑誌を読み漁り、オススメの人気店は確認済みだ。俺は銀縁眼鏡ぎんぶちめがねを押し上げ……ようとしたが、眼鏡がない。自慢げに微笑む。

 「つばき、そろそろ昼時だ。……確か、ここらへんに美味しいパスタのお店があったんだ」

 俺はお店を探すように大袈裟おおげさに辺りを見回す。場所はこの角を曲がった先だ。角を曲がると、オススメ人気店が見えた。

 「……えっ、今からここに並ぶの?」

 つばきはうんざりした顔で店を眺める。店には行列ができており、何時間コースかわかったものではない。

 なん……だと……。日曜の昼間ってこんな人いるのかよ。ちっ、失態だ。どうする、別のオススメ店に行ってみるか。いやでも、そこも同じ状況なら最悪だ。しかし、このまま並ぶわけにも……。

 俺はぶつぶつと独り言を繰り返す。一方、つばきはきょろきょろと辺りを見回す。

 「あっ、あそこなら空いてそう。ほら、行こっ!」

 「お、おい。それじゃ俺の計画が……」

 彼女は俺の腕をぐいぐい引っ張って最寄りの店に入っていく。

 店は何の変哲へんてつもないパンケーキ屋だった。

 俺たちは食事をしながら、一息つく。雑誌には載ってなかったが、味は悪くない。

 「テツロー君が頼んだの、美味しそう。ねぇ、一口ちょうだい」

 出たよ、女子の一口ちょうだい。普段ならウザいことこの上ない行為だが、彼女は例外。俺は皿に目をやり、食べるように促す。

 「ほら、一口と言わず好きなだけ食え」

 つばきは深くため息をついて、ジト目で俺を見る。

 「……テツロー君。私達デート中だよ? なら、やることは一つでしょ」

 彼女は目を瞑って、口を開ける。誰が見ても容易に察することができる。やれやれ、つばきの悪い癖が始まった。からかい、もとい暴虐ぼうぎゃくモードだ。

 周りに人もいるのに恥ずかしい。俺が躊躇ためらっていると、つばきは片目を開いて、「はやく~」と駄々だだね始めた。

 はいはい、わかったよ。やればいいんでしょ、やれば。俺はパンケーキをフォークでぶっ刺して、つばきの口に放り込む。フォークを持つ手は当然震えていた。

 「うん、やっぱり美味しい。じゃあ、今度はお返し」

 彼女はニヤニヤ笑いながら、フォークでパンケーキを刺す。ほらね、そうくると思ったよ。つーか、これが目的だろ、お前。

 「はい、あ~ん」

 「……いや、俺はいいよ」

 俺は恥ずかしさで思わず顔を逸らす。すると、つばきはむきになってフロア中に聞こえるような大声を上げた。

 「ほらっ! あ~ん」

 ……このやろう、周り見てんじゃねぇかよ。なんだこの羞恥しゅうちプレイは。俺は周囲の視線に負けて、仕方なく口を開ける。

 ふと、またもやあいつのことを思い出す。

 あの時は腕をひねられて、泣きながら口を開けた。同じ「あ~ん」なのにえらい違いだ。

 ――くそっ、楽しい楽しいデート中になんであいつのことばっか考えてんだ。来ない奴を気にしても仕方ねぇだろ。

 「あれ、美味しくなかった?」

 気が付くと、口の中にはパンケーキが入っていた。しかめっ面した俺を見て、彼女は不思議そうな顔をしている。

 「いや、美味かったぞ。旨すぎて固まっちまった」

 俺は誤魔化すように自分のパンケーキをガツガツと口に運ぶ。すると、つばきは唖然あぜんとした表情で俺を見つめていた。

 「あん? どうかしたか」

 「あはは、さすがに同じ手は通用しないか。やるね、テツロー君」

 彼女は笑いながら、俺のフォークを指差す。何のことか理解した俺は、動揺を隠すように、饒舌じょうぜつに話を続ける。

 「ばっ、馬鹿め。たかが食い回しでいちいち照れてたまるかよ。お前のパターンにもそろそろ慣れてきたぜ」

 「うーん、まだまだいけると思ったんだけどね、間接キス。じゃあ次は何にしようか?」

 「……おい、俺に何する気だ。マジでやめろ」

 つばきは心底楽しそうな笑顔を浮かべている。そんな彼女の微笑みに、俺は只々ただただ肝を冷やした。

 

 × × ×

 

 食事を終えたら、次は定番の映画館だ。

 映画館デートは素晴らしい。映画が始まれば座って見てるだけでいい。その後の会話のネタにも困らない。昼食は失敗したが、今回はチケットも確保できた。選んだのは、話題沸騰中らしい恋愛映画。

 「つばき、飲み物買ってくるからここにいろ」

 「えっ、私も行くよ」

 俺はつばきを手で静止して、一人走って売り場に向かった。

 到着すると、ここも行列。さっきからどいつもこいつも同じ場所に来やがって。ありかよこいつら。俺は苛立ちながら後ろに並ぶ。

 メニュー表を見上げて、値段に驚愕きょうがくする。……なんだこれ、ぼったくりじゃねぇか。原価率いくらだよ。

 行列は一向に進まない。俺は苛立ちをつのらせて、時計とにらめっこを続けた。しばらくして、やっとカウンターに到着し、注文を行う。すると、あることに気づく。

 「……しまった、つばきに何飲むか聞くの忘れた」

 あぁ、またやってしまった。仕方ない、無難にお茶でも……。俺は後ろポケットから財布を取り出す。

 だが、ポケットの中身は空。財布が見当たらない。他のポケットをあさるがどこにもない。

 嘘……だろ……。チケット買ったときはあったんだ。えっ、じゃあ走ったときに落としたのか。不味い、あの中にはリリアナから預かったブラックカードも入ってる。

 半ばパニックになりカウンターの前で頭を抱える。すると、店員と後ろの客が俺に嫌悪の視線を向けていた。

 俺は一旦カウンターを離れて、心を落ち着かせる。まずは待たせてあるつばきだ。この際、映画見てもらってる間に財布を探す。これしかないっ!

 彼女の元へ向かおうとした、その時。もう一つ重要なことに気づく。

 「そうだ……。つばきにチケット渡してなかった」

 そして、チケットは財布の中だ。……つまり、終わりだ。

 それからしばらく、俺が隅っこの方でうなだれいると、つばきがやってきた。

 「ちょっと、テツロー君。なんで戻って来ないの。映画始まっちゃうよ?」

 「つばき、すまん。財布落とした。チケットもその中だ。俺はダメダメのダメ人間だ……」

 あまりの情けなさに俺は思わずしゃがみ込んでうつむく。失敗の連続、計画なんて一つも上手く行きやしない。これじゃ幻滅間違いなしだ。

 彼女は呆れたようにため息をついた。それから、くすっと小さく笑って、優しく語りかける。

 「まったくしょうがないなぁ、テツロー君は。ほら、一緒に探そ。大丈夫、私がついてるから」

 「……すまん」

 救いの手を差し伸べるつばきは、まるで後光ごこうが差しているようで、俺は半泣きで彼女の手を取った。

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