第13話 初恋と甘々①
放課後のホームルーム。
クラスメイトの俺を見る目が以前と違う。どうやら俺こと、
眠り姫とはもちろん、我らが暴君、リリアナ・九條・ダリ。噂話に耳を傾けると、俺が北棟に
それにしても
原因は間違いなくあれだ。先日、俺はほんの出来心でリリアナと鬼ごっこに興じた。
かくして、俺が好奇の目に晒される中、ホームルームは一向に進展を見せない。俺は机に
「……できれば、立候補した者に任せたい。クラス委員と言ってもそんな大層なものではない。放課後、たまに雑務を行うだけだ。男女一人ずつ、快く引き受けてくれる者はいないか?」
工藤先生のお願いにクラスはシーンと静まり返る。先生はうんざりした顔で髪を掻き上げた。
なに、この時間。意味あんの? 誰もやりたい奴なんていねーだろ。時間の無駄だ。
先生は
俺が暇つぶしにリズムに乗っていると、不意に工藤先生と目が合う。先生は指を止めて、こちらをギロリと睨みつける。それから、沈黙を破って、口を開いた。
「今日はこれまでだ。来週のホームルームでもう一度確認をする。しかし、このままだと私のほうで指名することになりそうだ。たった今、暇そうな男を一人見つけたんでな」
先生は俺に
おいおい、嘘だろ。クラス委員なんて雑用はリア充カップルにでもやらせろよ。どうせあいつら放課後イチャイチャしてんだろ。俺なんて選んだら女の子一生決まらないよ。指名拒否されるよ? ……自分で言ってて悲しくなってきた。
それに俺は放課後、大事な用がある。家計を管理する主夫にとって夕方のスーパーは毎日欠かせない。とりわけ、本日は週に一度の特売日。今日の戦利品で週末の
俺は帰り
「よっ! 今日は大きいお弁当じゃないの?」
「うおっ!」
軽快な声と共に不意に後ろから背中を叩かれた。結構強めで若干イラッとした俺が振り返ると、そこにいたのは一人の少女だった。
金髪のショートヘア。愛らしい顔をした彼女だが、シンプルなナチュラルメイクでどこか他のクラスメイトよりも大人びて見える。
俺は彼女を知っている。
転校して数日で、このクラスの中心が彼女だとわかった。教室に居れば、
まぁ、これだけ語った彼女の名前を俺はまだ知らない。なんか急に話しかけてきて怖いし、カツアゲされる前にテキトーに会話して逃げ切るか。
「ああ、あの日はスペシャルデイでな。やっぱり毎日はエブリデイだよな。それじゃっ!」
「ちょ、ちょっと待ってっ! ぜんぜん意味わかんないよ」
奇遇だな、俺も意味わかんないよ。リア充の会話ってカタカナ多めでこんな感じだろ。
彼女は一人慌てふためていると、突然納得したように
「へぇ、宇佐見君も冗談言うんだ。……あっ、もしかしてあの
「そこまでギャグに命かけてねぇよっ! つーか、やっぱりってなに、クラスでそんな風に思われてたの? どんだけ滑り倒してんだよ」
ある意味、頭のおかしなぼっちより痛すぎる。俺は
「あはは。なんだ宇佐見君、結構喋れる奴じゃん」
彼女は涙を指で
「……悪いかよ。そりゃ話しかけられたら喋るわ。ロボットじゃねーんだから」
このパワハラ女が……。さっきから人の身体をぽこスカ叩きやがって。地味に痛いんだよ。これでも血の通った人間だぞ、俺。
しかし、この学園の美人は暴力振るう奴しかいねーのかよ。工藤先生、話が違うじゃねーか。いや、あんたもだけど。
俺は敵意を込めた目でパワハラ女を睨みつけた。彼女はぱっと肩から手を離して、申し訳なさそうに両手を合わせる。
「あっ、ごめんね、そういう意味じゃないんだ。宇佐見君、特待生だし、硬派で真面目な人なのかなって。ほら、インテリ系というか、眼鏡かけてるし」
ほぉ、この眼鏡の良さがわかるとは。こいつ、なかなか話のわかる美人さんじゃないか。俺は自慢げに
「それに、さっき工藤先生にすごい睨まれてたでしょ。なにかしたの?」
彼女は明るい髪を耳にかけて、上目づかいにこちらを覗き込む。その仕草に、俺は思わず胸をドキリとさせる。
「あ、あれは……。あの先生、ちょっとおかしいんだよ。俺を時々、親の仇みたいな目で睨んでくるから。生徒を見る目じゃない。それにこの間は頭皮を
俺は胸の高鳴りを誤魔化すように、ぶつぶつと喋り続ける。彼女はぽかんとした顔で俺を見つめていた。すると、口に手を当て、小悪魔めいた笑みを漏らす。
「……やっぱり、宇佐見君って面白い奴だ」
いや、やられる方はちっとも面白くねーぞ。
つーか、こいつ、俺の名前覚えてるんだな。転校初日にぼっちと化してから、クラスで一言も発してないのに。あれ、最近のロボットのほうがよく喋るんじゃないか。俺のコミュ力は二進数以下か。
それはさておき、会話の最中に今さら名前知りませんでしたとは言いにくい。まあ、こういう時は先人の知恵を借りるに限る。
俺は頭を掻きながら、ヘラッと笑顔を作って決まり文句を口にする。
「そういえばさ、名前なんだっけ?」
「えっ……」
これまでの和やかな雰囲気が一変して、彼女の顔には失望の色が浮かんだ。
ちっ、ここで名字が返ってくるのが定番じゃないのかよ。誰だよ考えた奴、くそ使えねーなこれ。このまま沈黙しても状況が悪くなる一方である。俺は諦めて次の手を打った。
「あっ、違うよ。名字じゃなくて下の名前ね。漢字ど忘れしちゃって」
俺が取り繕うように言うと、一瞬はっとした彼女はニヤリと笑って答える。
「あ~、そういうことね。えーと、花の
「えっ?」
――その言葉に、ある記憶が蘇る。
「なーんてね、残念でした。平仮名なんだな、これが。宇佐見君、詰めが甘かっ――」
彼女の声を聞くたびに、その記憶はより鮮明になっていく。
昔、馬鹿みたいに必死だった。家に帰ればテレビに
それでも俺は彼女の名前を知っている。
――君の名は。
「
「ええっ!? ち、ちがうよ。私は……」
先ほどまでの余裕の笑みはすっかり消え去る。彼女はぶんぶんと手を振り否定した。その姿を見て、俺は確信を得た。ひどく興奮した口調で彼女を攻め立てる。
「嘘だっ! この俺が見間違うはずがないっ! 中原椿希だ、中原つばっ――」
瞬間、彼女の手が俺の口を塞ぐ。彼女は心底慌てた様子で耳元で囁くように
「ストップ、ストップ。駄目だって、お願いだから……」
俺は我に返り、周囲を見渡すとクラスの視線は俺と彼女に集まっていた。彼女も顔を真っ赤にして目を
「……ついてきて」
彼女は俺の口に添えた手を離す。それから、
こうして俺は、画面越しに見ていた初恋の女の子に連れられて、教室を後にした。
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