第27話:芦田幸太はただ眠る

「「・・・・・・・・・・」」

言いたいことをいったまま気を失うように眠った幸太をベンチへと寝かせた私は、その隣のベンチへと腰を下ろした。


寺垣君とともに。


お互いにどうすれば良いのかわからないまま無言を貫く私と寺垣君。


わかってる。

私がしっかりと謝らないといけないのは。

でも、それはこれまでの自分を否定することにもつながる。

そんな状況でどう切り出せば良いのか・・・


「芦田、酒飲むと凄いんですね」


そんな私の沈黙を、寺垣君の呟きが遮った。


ふぅ。私なんかよりも、寺垣君の方がよっぽど大人ね。


話すきっかけを与えてくれた寺垣君への感謝と、自分への嫌悪感を抱きつつ私は自分を奮い立たせるために、まだ少しだけ残っていたビールを口に運ぼうとして思い留まった。


これは、幸太の専売特許。

私は、これに頼らずにしっかりしなきゃ。

まぁ、先に飲んじゃったのは仕方ないけれど。


私はスッキリした顔で眠る幸太に視線を落とし、少しだけ緩んだ口元を引き締めて立ち上がると、寺垣君の前へと立つ。


「寺垣君。これまでのあなたへの態度、本当に申し訳なかったわ。改めて、お詫びします」

そう言って私は、寺垣君へと頭を下げた。


「し、静海課長補佐っ!あっ、頭を上げてくださいっ!」


寺垣君は慌てるようにそう言っていた。


「でも、私には頭を下げることしかできません。こんなことで、あなたへのお詫びにはならないだろうけど」

「そ、そんなこと!さっきも言いましたが、おれ、じゃなくて私も考えていたんです。自分で調べることの大切さを学ぶことができた。

それは、間違いなく静海課長補佐のおかげなんです!」


本当に、良い子。

こんな子を、私はダメにしようとしていた。


潰すつもりなんてなかった。

寺垣君も、これまでの子達も。

私はただ、当たり前のことを言っていただけ。

それで潰れるのは、その子達自身の問題なんだって、ずっと自分に言い聞かせていた。


でも、やっぱりそれは間違いだったのよね、幸太。


「確かに私はこれまで、『自分で調べること』が当たり前だと思っていたわ。だからこそ、それを実践しない寺垣君や他の子達にも厳しくそう言い続けてきた。

でも・・・・」

自然と、幸太に視線が向く。


「幸太に、私自身がそれを出来ていないと気付かされた。

いいえ、本当は自分でも分かってはいたの。でも、ああいう機械AV機器の説明書って、どこに何が書いてあるかさっぱりわからない。私はそう、自分に言い訳をしていた。

だけど、それは寺垣君達もそうなのよね。


採用されて、まだ何も分からないあなたに、イチから調べろだなんて、無茶な話。

少し考えれば、分かることなのに」


「いえ、でもお陰で、イチから調べるのにもすぐに慣れることが出来たので」

「あら、それは私への当てつけ?」


「ちがっ、違いますっ!すみませんでした!!」

「わ、私の方こそごめんなさい。また、言い方がキツかったわね」


立ち上がって頭を下げる寺垣君と、同じく彼に頭を下げる私。


傍から見たら変な光景ね。


彼もそう思ったのか、お互いに顔を上げて目が合うと、小さく笑いあった。


「もう、この件は大丈夫ですので。明日から、心機一転頑張ります。これからも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

寺垣君は再び頭を下げた。


「えぇ。よろしくね。もしも私の言い方がきつかったら、幸太に言付けてちょうだい。

その時にお酒も渡してあげたら、今日と同じ目に私が合うことにるから」

「それは・・・はい。では、いざというときの切り札にさせていただきます」

寺垣君は、そう言ってこれまで職場では初めの頃しか見せなかった笑顔を、私に向けてくれた。


「えっと・・・それで、どうしましょう」

寺垣は、笑顔を苦笑いへと変えて幸太に目を向けた。


「もしよかったら、幸太を運んでくれないかしら?私はタクシーを呼んでくるから」



タクシーを呼びに行った静海課長補佐の後ろ姿を確認して、俺はベンチで眠る芦田をおぶった。


「寺垣くん。言いたい事言っちゃえよ〜」

「お前、起きてたのか?」


「・・・寝言かよ。


芦田、ありがとうな」




翌日



「係長。すみません、文科省から出ている地方創生学部への予算について教えてほしいんですけど・・・」


寺垣翼の言葉に、財務課の空気が凍った。


寺垣から声をかけられた彼の上司である男は、


(寺垣っ!何故静海がいるときにそういうことを聞く!?

居ないときならいつでも教えてあげるから、今は聞かないでくれっ!!)

そう、心の中で叫んでいた。


それは、財務課一同の心の声でもあった。


「寺垣君」


静まった財務課内に、鬼の声が響いた。


(((言わんこっちゃない!!)))


死刑台目前の寺垣から視線を外しながら、財務課職員達は心の中で嘆いていた。


しかし、鬼の口から次に出てくる言葉に、一同は驚愕する。


「その予算については私が担当していたわ。まずはあなたにも渡してある引継書の39ページを見てみなさい」

「はい、そちらは目を通したのですが、それでも分からないことがありまして・・・」


「そうなの?書き方がまずかったかしら。

分かったわ、あと5分でこちらの仕事を片付けるから、そのあとそちらに行くわ」

「お手数おかけしてすみません」


「あと寺垣君。11時から会議があるの。そこでプロジェクターを使うのだけど・・・そのセッティング、くれないかしら?」

「はい。プロジェクターの説明書の場所、ご存知ですか?」


「・・・・あとでそれも教えてちょうだい」

「じゃぁ、今のうちに説明書準備しておきます!」



(((鬼と寺垣の間に、一体なにが!?)))


2人のやり取りに、財務課一同は困惑していた。


その日からしばらく、寺垣は桃太郎鬼をねじ伏せた男と呼ばれることに、なったとかならなかったとか。

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