第25話:芦田幸太は鬼の静海とビールを飲む

プシュッ


コンビニの前で、僕と静海さんは缶ビールをそれぞれ空けてそれを口に運んだ。


寺垣さんからの折り返しを待つ間に、気合いを入れたいと静海さんは言っていたけど、僕にはそれが気合いでなく勇気何じゃないかと思っていた。


これまで厳しくしてきた寺垣さんを呼び出し、その連絡を待っている今。

静海さんも不安なんだと思う。


寺垣さんは僕達の元へ『行く』とは答えていなかった。

ただ『折り返す』とだけ答えたんだ。


きっと寺垣さんは、呼び出しに応じるかを悩んでいるんだと思う。

そして静海さんも、そんな寺垣さんが来てくれるかに不安を感じているんだ。


これまで自分が厳しく接してきた相手が、わざわざ自分に会いに来るのだろうか、と。


そんなことを考えながら、僕は無言でビールを飲んでいた。


しばし続いた沈黙を破ったのは、静海さんだった。


「昔は、こんなことになるなんて考えたこともなかったわ」

僕は、どう反応して良いかわからず、静海さんを見つめていた。


来華らいかも言っていたでしょう?私、昔は上司に厳しくされたものだったわ。あの時私は、考えていたわ。『自分が人の上に立つようなことがあったら、決してこんな酷いことは言わない』って。

それなのに、気が付いたらこんなことになっていたわ」

そう言って悲しそうに言う静海さんに、僕は答えた。


「そ、それって、その・・・旦那さんが亡くなったから、ですか?」

「・・・あの人のせいにしたくはないけれど、確かにあの時からだったわ。

あの人が亡くなって、私は自暴自棄になっていたわ。

やっと仕事を認められるようになって、素敵な人と結婚して。

人生これからって言うときだった。


仕事に行く気にもなれずにふさぎ込んでいたら、来華が突然家にやってきたの。

『メソメソしてる暇があったら、シャンと仕事しろ!あんたが休んでる分を、誰がカバーしてると思ってるんだい!?

今のあんたを見て、旦那が喜ぶと思っているのかい!?』ってね」


おぉ、津屋さん男前。

ん?っていうか、それよりも・・・・


「あ、あの。津屋さんって、もしかして昔は騎士ヶ丘大学で働いていたんですか?」

「あら、幸太知らなかったの?」

静海さんは驚いたようにそう言って、言葉を続けた。


「えぇ、来華は昔、私の同僚だったの。それも、私なんかとは比べ物にならない程に有能な、ね。

来華が言っていたでしょう?私が努力したって話。

あの時私は、来華の仕事ぶりを、必死になって見ていたわ。

来華みたいになりたくてね」


何ということでしょう。

津屋さんにそんな過去があったなんて。

でもなんで、津屋さんは大学を辞めて、今の仕事をしているんだろう。


僕がそんな疑問を抱いていると、静海さんはそれに気が付かなかったようです話を続けた。


「あの日来華に叱られて、私は決めたの。これからは、仕事に生きよう、って。

それから私は、必死になって働いたわ。

そうすると、どうしても周りが気になるの。

私は努力しているのに、皆はなんて、大した努力もせずに仕事をしているの?って。

そう思っているうちに、私は段々と周りにも自分と同じ努力を課すようになったわ」


「それが、『鬼の静海』の誕生秘話ですか」

「あら、私そうなふうに幸太から見られていたの?」


「あ、いや、違います!誰かが言っていたんです!」

「ふふふ。知っているわ。私が何て呼ばれているかなんて」


「・・・・・・」

からかうように言う静海さんを、僕は恨みがましく見つめていた。


「あら、ごめんなさい」

そう言った静海さんは、小さくため息を漏らした。


「私、間違っていたのね」

静海さんの言葉に、僕はビールをひと飲みして答えた。


「僕は、そう、思います」

僕の言葉に、静海さんは悲しげに僕を見つめつつ、続きを待っていた。


「あの・・・努力って、人から言われてもなかなか出来ないと思うんです。

なんていうか・・・努力せざるを得ない状況になって初めて、人は努力することを選択するんじゃないかと思います」

「そう、ね。私も、そうだったわ」

静海さんは、そう小さく答えてくれた。


「あの・・・どうすればいいのかは僕にも分かりません。だけど・・・一緒に考えましょう。『鬼の静海』を脱却する方法」

「もう。何度もそう呼ばないでくれないかしら?」

静海さんの言葉に2人で笑っていると、僕のスマホが鳴り出した。


静海さんの顔に、緊張が走るのを見ながら僕は、それに応じた。

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