第21話:芦田幸太は、お酒に頼る

「「ただいま〜」」


共有スペースに、静海さんと吉良さんの声が響いた。


「あら、幸太君。こんなところで飲むなんて珍しいわね」

帰りのコンビニで買い込んだ、共有スペースのテーブルに広がるビールの空き缶を見た吉良さんは、赤味がかった顔でそんなことを言っていた。


「「・・・・・・・・・」」


吉良さんの言葉に答えずにじっと静海さんを見つめる僕の瞳を、静海さんもまた見つめている。


「・・・・・どうやら、私に用があって待っていたようね」

何かを察したのか、静海さんは諦めたようにそう呟くと、僕の前の椅子へと腰を下ろしてビールへと手を伸ばした。


そのままビールを一息に飲み干した静海さんは、じっと僕を見つめている。


「言いたいことがあればいいなさい。そのために、わざわざビールを飲んでいたんでしょう?」


どうやら僕の考えは、静海さんに読まれているようだ。


寺垣さんのことについて静海さんに確認したいと考えた僕は、この共有スペースで静海さんを待つことにした。

でも、シラフじゃ聞ける自信がなかったから、わざわざ酔いを醒まさないようにビールを買い込んで待っていたんだ。


いつもだったら、静海さんに全てを見透かされて慌てるはずの僕は、酔いのおかげもあってそのことは一切気にもとめずに、早速本題へと入った。


「・・・静海さん。寺垣さんに厳しくしているというのは、本当ですか?」

「えぇ、本当よ」


僕の問に迷うことなく答えた静海さんは、そのまま言葉を続けた。


「仕事で部下に指導する。なにもおかしいことではないと思うけど?」


いつもの優しい静海さんではない、どこか近寄りがたい雰囲気のままそう話す静海さん。


もしかすると、仕事のときはいつもこんな感じなのかもしれない。


そんなことを冷静に考えながら、僕はじっと静海を見つめ返した。


「他にも、こんな噂を聞きました。静海さんは、厳しい指導で、何人か潰した、と」

僕の言葉を聞いた吉良さんが、はっと息を呑んだあとすぐに口を開いた。


「こ、幸太君、それはね―――」

「詩乃は口を挟まないで」


そんな吉良さんの言葉を遮るように言った静海さんは、再び僕へと視線を戻した。


「それで?幸太はそれを信じるのかしら?」

冷ややかにそう問いかける静海さんの言葉に、僕は一瞬だけ答えを迷う。


「いいえ、信じてはいませんでした」

「過去形、なのね」

小さく笑う静海さんの顔は、どこか淋しげだった。


「その噂を聞いたときは、みまさ―――あー、噂を話してくれた人に怒鳴っちゃいました。し、『静海さんのことを知らないのに、そんな噂を信じないで』って」


一瞬、美作みまかささんの名前を出しそうになった僕は、少し焦っていた。

セーフ?セーフかな?


いや、吉良さんが頭を抱えているからアウトの可能性もある。

ごめん、美作さん。でも今は、それどころではない。


心の中で噂の出どころをバラしたことを美作さんに謝りながらも、僕は言葉を続けた。


「だけど、今の静海さんを見ていると、何を信じればいいのかわからなくなりました。

今の静海さんは、いつもの静海さんじゃない。

それが本当の静海さんだったら、噂にも一定の信憑性はある。僕はそう思いました」


僕はそう言って、飲みかけのビールを飲み干した。


「やっぱり幸太、お酒が入っている方が言いたいことが言えるわね」

そんな僕を微笑みながら見つめる静海さんは、小さくそう言った。


「静海さん、答えてください!噂は、本当なんですか!?」

「えぇ、事実よ」


「なんで・・・なんでそんなことを!?」

「なんで、なのかしらね・・・」


静海さんは悲しそうに、小さな声で呟いていた。


それは、僕に答えたのか、それとも自分自身に問いかけたのか。


その時の僕には、判断は出来なかった。

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