第20話:芦田幸太はうろたえる

美作さんの誘いで、僕は同期の2人と再び飲みに行くことになった。


今回は『あで〜じょ』ではなく、美作さんチョイスの小洒落たダイニングバーへとやって来た。


さすが美作さん。

知っているお店もお洒落だ。


「なんだよ。お前も居るのかよ」

僕を見た寺垣さんは相変わらず嫌なことを言うけど、その顔は以前よりも少し暗いように思えた。


「じゃっ、久々の同期会に、乾杯っ!」

「乾杯っ!」

「か、乾杯」

美作さんの音頭に、寺垣さんと僕はそれぞれグラスを掲げた。


ちなみに、今回は僕もアルコール。

いつも津屋さん達としか飲んで居ないからな、たまにはいいよね。


あ、小林課長や高橋係長、松本さんとは1度、課の歓迎会で飲んだっけ。


でも、それ以上にお姉様方と飲む、というより飲むのに付き合わされることの方が多いからね・・・


久々に同年代と飲むことになった僕は、グラスのビールを一息に飲み干した。


「わぁ!芦田君、一気に飲んじゃった!」

美作さんは、そんな僕に驚きの声を向けた。


方や寺垣さんはと言うと、相変わらずそれを面白くなさそうに見ていた。


うわぁ、睨んでる睨んでる。


ここまで睨まれたら、今まで心配していたのをちょっとだけ後悔したくなってくる。


「芦田君、お酒強いの?」

そんな僕の気持ちなどお構いなしに、美作さんは僕へとガンガン話しかけてきた。


美作さん、今日は寺垣さんが元気なさそうだから集まったんですよね?

僕じゃなくて寺垣さんに話しかけてください。


「ぷはぁーっ!」

寺垣さんが、グラスのビールを一気に飲み干して声を上げた。


「芦田。酒に自信あるなら俺と勝負するか?」

いや、なんで若干喧嘩腰なの?


「あ、いえ。ぼ、僕お酒弱いので。さっきのは、の、喉が乾いて勢いで飲んだだけですし・・・

て、寺垣さんみたいに、カッコよく飲めません」

僕は必死にそう言い訳をして、寺垣さんの誘いを断った。

ちょっと、ヨイショしすぎかな?


「なんだよ。男のくせにかっこ悪いなぁ」

寺垣さんは笑ってそう言いながら、近くの店員さんにビールのお代わりを頼んでいた。


よかった。ひとまず機嫌は直してくれたみたい。


「あ、あの。僕ちょっとトイレに・・・」


僕はさらに寺垣さんの機嫌を良くするために、ひとまず美作さんと寺垣さんを2人っきりにすることにした。


「なんだよ。もう酔ってきたのか?ほんとに弱いんだな」

「えぇ〜。芦田君可愛い〜」


ちょっと美作さん。僕の作戦台無し。

余計なこと言わないでもらえませんか。

そして、可愛いとか言われても嬉しくありませんから。


またしても顔色の曇る寺垣さんと、ケラケラ笑う美作さんを置いて、僕はトイレへと逃げ込んだ。


はぁ。もっと楽しく飲みたいよ。

なんで僕が寺垣さんのご機嫌取りながら飲まなきゃいけないんだろう。


トイレを済ませた僕は、手を洗いながらそんなことを考えていた。


ふと顔を見上げると、鏡には少し顔を赤くした僕の顔が写っていた。


もう赤くなってる。

津屋さんたちと飲んでて少しは強くなったと思ったけど、そうでもないみたい。


鏡に写った苦笑い顔の僕に別れを告げて、僕は再び気を使う戦場へと戻った。


そのまま1時間くらい経った頃。


「ちょっと失礼」

寺垣さんはそう言って、席を立った。


どうやらトイレに行くみたい。


僕と美作さんを2人っきりにするのが嫌なのか、寺垣さんは何度か僕らの方を振り向きながらトイレの方へと向かって行った。


「寺垣君、意外と元気みたいね」

寺垣さんが席を外すと、美作さんは小声で僕にそう言った。


「そ、そうみたいですね」

綺麗な人と2人っきりにされた僕は、美作さんよりも小声でそう返した。


「芦田君は、静海課長補佐と仲が良いみたいだから、本当は言わない方がいいんだろうけど・・・」

突然美作さんは、何やら言いにくそうに話しだした。


多分、寺垣さんが抜けるタイミングを見計らっていたんだと思う。


「寺垣君、静海課長補佐に、いつも厳しいこと言われているみたいなの」


え?


静海さんが寺垣さんに?

確かに以前『あで〜じょ』で厳し目のことを言われたって寺垣さん言ってたけど・・・


でも静海さん、あの日帰ってからちゃんとフォローしとくって言ってたのに。


「私、仕事でよく財務部に行くんだけど、日に日に寺垣君の様子が暗くなっていて。

気になって私、同じ係の先輩に聞いてみたの。

そうしたら・・・

静海課長補佐、これまで何人もそうやって厳しいことを言って、職員を潰しちゃったんだって・・・」


「そ、そんな・・・」

美作さんの話に、僕はただそう声を漏らした。


静海さんが。

あの優しい人静海さんが。


「し、静海さ、課長補佐が、そんなこと・・・信じられません・・・」

「私もそう信じたいよ?芦田君と仲の良い人だから。だけど、先輩達が何人もそう言っているから・・・・」


「だからって!静海さんのことをよく知らないのに、簡単にそんな噂話信じないでくださいっ!」

僕は、ただ先輩の話だけで静海さんのことを悪く言う美作さんに、叫んでいた。


「ご、ごめんなさい・・・あっ・・・」


美作さんは小さく謝ったあと、声を漏らした。


「・・・・・・・・・・」


美作さんの視線の先には、トイレから戻った寺垣さんが立っていた。


「・・・・・・ごめん、きららちゃん。俺、先に帰るわ」

寺垣さんは美作さんへとそう言うと、お金を置いて僕に目も向けずに店を飛び出すように出ていった。


「「・・・・・・・・」」


僕と美作さんの間に、微妙な空気が流れていた。


信じられない。あの静海さんが、そんなことをするなんて。


「えっと・・・寺垣さん、帰っちゃったね。

どうする?」


申し訳無さそうにそう尋ねる美作さんの言葉に僕は、目の前のグラスからビールを飲み干して、


「僕も帰ります。さっきは、怒鳴ってすみませんでした」


そう言って美作さんに頭を下げ、寺垣さんの置いていったお金と伝票を掴み、そのまま全額支払いを済ませて逃げるように店を出た。


美作さんには悪いけど、僕はやっぱり信じられない。


店を出た僕は、『艶女ぃLIFEアパート』に向かって走り出した。


さっき飲んだビールが、体中を熱くするのを感じながら。

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