第2話:津屋さんはせっかちさん

望月さんの後について行くと、望月さんが目の前のオートロック式の扉の横に備え付けられた機械に、鍵を差し込んでいる。


すると、目の前の自動ドアが、僕らを迎え入れるように開く。


オートロックだと、色々と安心だな。

そんなことを考えながら自動ドアを通ると、左手にはパスワード式の郵便受けが8つ。


全く中身が入っていないものや、パンパンに中身が詰まったもの、パスワードがデカデカと貼られている物なんてものもあった。


・・・パスワード、貼ったら意味なくないかな?

そう思いながらも僕は、それぞれの郵便受けに貼られた氏名から目を逸らして、奥へと続く扉を通る望月の後ろを着いて行く。


まだ住むかも分からないアパートの住人の名前なんて、見ないほうがいいからね。


っていうか、オートロックの先にもう1つ扉があるなんて不思議だな。


そんな事を考えながら扉を通った僕は、目の前の光景に目を見張った。

扉の先は、ピロティか何かだと思っていたのに、そこにあったのは・・・


「げ、玄関?」

「不思議な作りでしょ?」

僕の言葉を聞いた望月さんがそう返しながら、僕の足元にスリッパを置いてくれていた。


お礼をしながらそのスリッパを履いて、僕は辺りを見回した。


目の前には、また扉。

その扉の左右には、廊下が扉とその先の部屋を囲むように通っているみたい。


その時、目の前の扉の先から声が聞こえてきた。


「誰か帰って来たのかい?ちょっと、助けてちょうだい!」

その声を聞いた僕は、なんの戸惑いもなく目の前の扉を開いた。


すると視界に、つま先立ちで立っている女性が入る。

その頭上では、女性が荷物を掲げていた。

どうやら、棚の上の荷物を取ろうとしているようだった。


僕はそのまま、近くにあった椅子を持ち上げ、女性の隣に椅子を置いてその上に立ち上がり、女性の手にある荷物を受け取った。


僕の身長が高かったら、椅子なんかいらないんだけどね。

そう、心の中で自嘲しながら。


「いや〜、助かったよ。ありがとね。それは、そのまま棚の上に置いといてちょうだい。」

僕は言われるままにその荷物を置いて、椅子から降りて顔を上げた。


「「あ。」」


そこで、その女性と目が合って、お互いにそんな声を漏らした。


「おや、あんた、さっきの青年じゃないか。」

「ぎょ、魚肉ソーセージの・・・」

僕の目の前にいたのは、さっき僕が、袋から落ちた魚肉ソーセージを拾った女性だった。


ここの、オーナーさんだったんだ。

こんな偶然、あるんだね。

僕が呑気にそんなことを考えていると、オーナーの女性(津屋さん、だったよね?)が、望月さんに声をかけていた。


「望月ちゃん、もしかしてこの子が、見学の子かい?」

「はい。是非ここに住みたいとおっしゃってますよ。」


待って望月さん。僕、そんな事言ってないですよ。

なんだったら、見に行きたいとも言ってないんですよ?

望月さん、よ〜く思い出してくださいっ!


などと言えるわけもなく、僕はただ、曖昧に笑うことしかできなかった。


「2回も助けてもらったんだし、あたしゃアンタが気に入ったよ!で、何時から住む?」


え、ちょっと。もう住むことに決まってない?

津屋さん、せっかちさん。

少しは人の話聞こうよ!っていうか、それは望月さんにも言えることだけど。


どうしよう。こういう時、どうやって断ればいいの?

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