第3話:津屋さんは即決する

僕が、ここに住むことをどうやって断ろうかと考えていると、

「アンタ、名前は?」

津屋さんがそう声をかけてきたので、


「あ、芦田幸太です。」

僕は慌てて答えた。名前を聞かれて、無視するわけにもいかないからさ。


でもさ、2人とも気付いてる?

僕、『魚肉ソーセージ』って言ったあと、久々に喋ったんだよ?

住むなんて、一言もいってないよね?


そんな僕の心の叫びも虚しく、津屋さんが手を差し出して、

「幸太君、ね。あたしゃ津屋、津屋 来華らいか。幸太君、これからよろしくね!」


僕は咄嗟に、差し出された手を握り返す。


あれ、僕もしかして今、住むのを承諾しちゃった!?

っていうか津屋さん、初対面でいきなり名前で呼ぶの!?

いやまぁ、一応会うのはさっきのを含めて2回目だけどさ。


「そういえば、幸太さんは、今どこに住んでいるの?」

何故かちゃっかり名前で呼んできた望月の質問に僕が、


「け、県外に住んでます。こ、ここから2時間くらいのところです。」

そう答えると、


「そこを出るのはいつなんだい?」

津屋さんが聞いてくる。


「さ、3月の上旬には出るつもりです。」

「その後はどうするんだい?」


「い、一度実家に荷物を運んで、その後、新しいアパートに引っ越そうかと・・・」

2人とも気付いて!僕今、『新しいアパート』としか言ってないから!

ここに、とは言ってないからね!


「幸太さんのご実家は、ここから30分くらいの所なんですよ。」

望月さんが、僕の個人情報を当たり前のように津屋に伝えている。


個人情報保護法とは。


「う〜ん・・・」

望月さんの言葉に、津屋さんが唸り始めた。


「そりゃもったいないね。よし、じゃぁこうしよう。今住んでいるところから、直接ここに引っ越しちまおう!」

僕がここに住むのが既定路線かのように話が進んでいく。


僕は、なんとか断ろうと、意を決して反撃に出る。


「で、でも、まだ働いてもいないですし、家賃を払えません・・・」

最後の方が少し小さくなった気がするけど、言えた!

これで何とか断る方向に―――


「それなら心配いらないよ。サービスで、3月の家賃はタダにしてやろうじゃないか。

早めに来てもらえれば、私の手伝いも早く覚えてもらえるからね!」


「うわっ!幸太さんっ!良かったじゃないですかっ!!」

望月さんが、自分の事のように喜んでいる。


うん。なんかもう、退路を絶たれた気がする。


僕は、諦めて頭を下げた。


「こ、これから、よろしくお願いしびゃすっ!」


これだよ。少し大きな声を出そうとすると、すぐ噛んじゃうんだから。


そんな僕の挨拶に、津屋さんと望月さんは、声を出して笑っていた。


まぁ、2人とも笑ってくれてるから、いいか。


こうして僕は、一度もここに住むのと言わないまま、そして住む部屋を見ることもないままに、この『艶女ぃLIFE』に住むことになった。


部屋を見に行って、実際に部屋を見ることもないままに住むことを決めるのなんて、僕くらいなんじゃない?


あ、一応このあと、ちゃんと部屋は見せてもらったよ?

色々と言いたいことはあったけど、部屋自体は綺麗だったってことだけは、言っておくよ。

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