第52話 のどかな思考とかすかな疑問

休み時間から休日まで、ありとあらゆる空き時間を亡き者にして散々苦しめてきたテスト期間がようやく幕を閉じ、生徒全員が息を吹き返すように活気を取り戻す。

テストが全て終わった教室内はもはや宴でもやっているのかというレベルでガヤガヤしていた。

テスト期間に溜まった鬱憤が晴れた人のさわやかな声や、頑張った自分へご褒美を与えるために外食の計画を立てる人の声、テストで出題された難しい問題を友達と確認しながら解いたりしている人の声など、朝のしんとした空気とは一変変わった空気が教室内を独占していた。


もちろん俺もその中の一人でクラスのみんなと傷口の舐め合いをしながら一喜一憂……するはずだったのだが、思った以上に精神的ダメージを食らったせいで誰とも話す気力がなくなり撃沈していた。



(なんでみんなあんなに元気が有り余っているんだろう……今回のテスト簡単だったのかな……)

俺だけ撃沈してるのがおかしいぐらいにみんなのテンションが高い。

聞き耳を立てると「テストやっぱり撃沈したわ!」や「俺今回マジでやばいかも」とか、弱音はちょくちょく聞こえるんだけど、見た感じ半分以上の人が吹っ切れた声でワイワイしてるんだよなぁ。俺自身のテンションが下がっていることもあって感覚がおかしくなりそう。



(俺の性格上ミスを引きずっちゃうからよくないんだよなぁ……)


そんな感じで終始机に顔をうずめながら弱気になっていた俺だが。



気が付けば―――

いつの間にか黄泉菜と二人で学校を後にしていた。



魂が抜けてセミの抜け殻になっていた数分前の俺は見る影もなくなり、代わりに元気いっぱいウキウキな俺が存在している。

ミスを引きずる性格?なんのことかな。


再起不能になっていたはずの俺がどうして黄泉菜と一緒に帰っているのか、、、

事は遡ること数時間前。

灰となって燃え尽きていた俺は、女神のごとく突如現れた天使(黄泉菜)に救いの手を差し出され、手を取ると同時に俺の頭の中は全て浄化、そのままの勢いで何事もなかったかのように下校し黄泉菜の隣を歩いていた。




「(いつもは俺から誘うからあんまり感じなかったけど、黄泉菜に誘われるだけでこんなに嬉しいものなのか……俺って結構単純なんだな。)」

自分の扱いやすさに思わず苦笑する。

そうはいっても、こんな美少女と一緒に帰れるなんてイベントが発生したら大抵の人はイチコロだと思うんだけど。



学校内でマドンナ的存在として君臨している彼女と、なんの変哲もないモブの一人で完結しそうな俺。正直『心が読めない』というオプションがなければ見向きもされなかったのだろうと考えると少しだけ心が痛む。

…………いや、結構心が痛む。





(それにしても……)


俺は黄泉菜に気づかれないよう視線を彼女へと向ける。

どことなく口角が上がった、それでもって凛とした静と動を併せ持ったような綺麗な顔は、正直誰が見ても惚れてしまう摩訶不思議な引力を持っている。


かわいいなぁ。

……とは思うけど、あくまで俺らの関係は『読心能力を制御できるように仕組まれた名前だけの恋人』。こんな状況の中で一方的な俺の感情をぶつけるのはあまりにも非常識だ。



(こうやって一緒に歩いているところをガチ恋勢にでも見られたりしたら、刃物が飛んできてもおかしくないよな。)」


黄泉菜自身気づいていなさそうだけど、男子の間では『黄泉菜ガチ恋勢』と呼ばれる集団が少なからず存在しているらしい。……いや、心が読めるから気づいていないんじゃなくて気づいているうえで無視しているんだと思う。

高校生活が始まってまだ半年も経っていないのに、男子という生き物は興味のあることだけは行動が早いよなぁ……と、自分にも当てはまらないこともないことを考えてみたり。


それはそうと。ガチ恋勢の気持ちもわからないことはない。

吸い寄せられるような神秘的な瞳に、甘い香り、触りたくなるような艶のある黒髪は清楚な彼女の存在を大きく引き立たせている。そのうえすべてが完璧というわけでもなく、どこか守りたくなるようなお茶目な一面があるのも人気の理由だろう。

現に俺が一目惚れしているわけだし、話すきっかけがなかったら俺もガチ恋勢集団の一員になっていたんだろう。


人気の少ない小さな通りを静かに歩いている道中、機会を待っていたかのように柔らかな声が俺の耳に入ってくる。

「……機嫌どう?少しだけよくなった?」


頭の中でわいわいがやがや一人でやっていた俺はいきなりかけられる声にびくりと過剰反応しつつも、それを悟られないように答える。


「あ……うん。……そこそこ回復したって感じかな。なんか気使わせちゃってごめんね。」


「全然大丈夫!むしろなんだかほっとした。ほら……私って他の人は心が読めるじゃん?だから何に対してどのように気分が落ち込んでるのかわかるんだけど、壮太君読めないからすごく心配したんだよ?」


……たしかにそうだ。黄泉菜からしたら俺以外の人はみんな心が読めるんだった。

黄泉菜の読心能力を制御させるために一緒にいるのになにを今更……と思うかもしれないけど、やっぱり能力が凄すぎるが故に想像がつかないんだよなぁ。


「心配かけちゃってごめんね……そっか、僕以外の人の心は読めるんだったね……僕とか他の人は心が読めないのが当たり前だから、どんな感じで読めてるのか想像しにくいんだよね……」


その言葉に食いつくように黄泉菜は訴える。


「私はその逆よ。人の心が読めないことが新鮮すぎて、その……壮太君が何考えてるかわからないのが怖いわ。」


うーん、そうなるのか……。

俺はジト目で視線を送ってくる黄泉菜を横目に「そんなこと言われてもなぁ……」と呟きながら照れ隠しに頭をポリポリとかく。


正直『人の心を読む』なんて能力、誰もが喉から手が出る勢いで欲しいものだと思う。ただそれが当たり前の人からしたら、能力がどうこう騒いでいる人たちに対して受け入れ難いのもわからなくはない。



小さな通りを抜けると、いつもの見慣れた公園の前へと繋がる。

黄泉菜はその公園を見るなり俺をちょんちょん引っ張って公園へと誘い込む。


黄泉菜と帰る時によくあるパターンだ。



「今日も少し話して行かない?テストも終わったことだし……」


「そうだね。僕も疲れちゃったし、少し休んでいこう。」


いつ見ても癒される黄泉菜の誘い方に拒否する理由など微塵もなく、俺は黄泉菜と二人、公園の方へと足の向きを変えるのだった。




◇———————————◇





公園に入って左手側にあるベンチを陣取り、土埃を払いのけて座る。

公園を囲うように植えられた大きな木の影になるところで、風が吹くと心地が良い。


しかし、気温は夏真っ盛り。下校時間なのに関わらず燦々と地面を照らす太陽の光は信じられないくらいの熱を地球へと運び、重いリュックを背負いながら帰り道を歩くだけで、全身から湧き水のように汗が滴る。

俺と黄泉菜はハンカチで汗を拭きながら、時々吹く風にあたりながら疲れを癒す。


「それにしても暑いね……これからもっと暑くなるんだよね……」


「最近は特に暑くなってきてるもんね。夏になるのって早いね。」


制服をパタパタしながら黄泉菜の様子をうかがう。

制汗シートで首や腕をなぞるその姿も一つの『絵』となり目に入ってくる。

白い素肌は俺の目をくぎ付けにし、かわいらしさのの底に妖艶さを兼ねそろえている。……なんだか見ているだけで罪に問われそうだ。


「……そんなにじろじろ見ないでよ。やらしいこと考えてるんでしょ?」


あぁバレてしまったら重罪だ。バレなきゃ犯罪じゃない理論もこれじゃ通用しない。

いきなり向けられる恥じらいの目に、自分が無意識的に黄泉菜を見ていることが見つかってしまった。

キュッと体を寄せて恥ずかしがる姿も可愛らしくて……って、そんな目で見ちゃダメだ!理性を忘れて嫌われるのだけは良くない。



「ご、ごめん……!そんなにじろじろ見てた……?」


「そういうわけじゃないんだけど……なんだろう、他の人は心が読めるから誰が私のこと見てるとか分かるんだけど、壮太くんは心が読めない分視線が気になっちゃうみたいな……なんか曖昧な感じでごめんね?」


「そ、そんな、謝らないでいいよ!ジロジロ見てたのは僕の方だし……」


……いや,何言ってんだ俺。これじゃあ本当にジロジロ見ていたみたいな言い方じゃないか。


変な空気を最後に会話が途切れ、しばらく沈黙が続く。

そうじゃないんだよ……もっとこう、黄泉菜が俺と一緒にいて安心できる会話を……なんて思ってはいるのだが、やはり、いざ本人を目の前にすると緊張で空回ってしまうというか。


とにかく何か話さないといけない。俺の口は自然と言葉を乗せて綴る。


「そういえば、さ。」


……ここからはノープランだが。

ちょうどいい機会だと思い、前々から少し気になっていた疑問を問いかける。


「テスト……黄泉菜はどうしてるの?」


「どうしてるのって?」


「人の心が読めるならさ、もしかしてテストの答えが全部わかっちゃうのかなって思って。」


「あー、そういうことね。読めるわよ。」


「え、マジで!?」


少しは予想していたものの、とんでもない発言をサラッと答える黄泉菜に思わず大きな声が漏れてしまった。


「だから私、テストの時は別室で受けさせてもらってるの。気づかなかった?」


「確かに……言われてみれば今日一日中黄泉菜さんをあまり見ていない気がする。」


竜とはテスト終わりの休み時間によく話していた覚えはあるのだが、黄泉菜とは話すどころか顔すら見ていない。

微かに蘇る記憶から徐々に黄泉菜がいなかったことを思い出す。


「テストの時間は別室でやらないと本当に苦痛よ。私語がない分心の声ははっきりと聞こえるし、やってることはカンニングとほとんど変わらないのも嫌だし、なにより制御ができないから罪悪感しかないのよ。」


黄泉菜の口から思わずため息が漏れる。

人の心が読めるって一見いいように思えるけど、当の本人からしたらいい迷惑なのかもしれない。


「やっぱり制御できるようになるのが一番の解決策だね。」


「そうね。そのためにも壮太くんは私のわがままに付き合ってもらわないとね。」


黄泉菜は小悪魔的な発言をしながら純粋無垢な笑顔ではにかむ。うん。これは正直可愛すぎて直視できない。


なんだかこういうことを言われると本当に恋人してるみたいで……思わず俺も返してしまう。


「能力が制御できるまでしっかりそばにいるけど、あまり振り回さないでよ?」


俺は俺で、少しかっこつけたような言い回しをして黄泉菜に微笑んだ。



太陽は沈むことを知らず二人を照らす

俺のテスト週間は、黄泉菜の笑顔で幕を閉じた。


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人の心が読める石原さんは、僕の心が読めない。 赤坂 蓮 @akasakaren

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