第51話 頑張る思考とテスト本番(2)

午前中の教科が終わり、生徒たちに安寧の時間が訪れる。

1時間だけ設けられた昼食の時間は、自分の席で昼食を取る以外基本的には自由なので砂漠の中にポツンとあるオアシス的存在だ。


弁当を頬張りながら、俺は午前中に行ったテストの反省をする。


(数学が……やっぱり心残りだなぁ。時間があればできたかって言われればどうなのかよくわからないけど、何がともあれ白紙で出すのはやっぱり屈辱だな……)



「お前、何しょぼくれてんだよ」


急に声をかけられて顔を上げると、竜が呆れた顔をして俺を見つめていた。


「どうせ数学のこと引きずってるんだろ」


どうやら思った以上に顔に出ていたらしい。あっさり竜に見破られてしまった。


「考えない方がいいってことは言われなくてもわかるんだけどさ……でも気になるじゃん……」


いつまで立ってもしょぼしょぼしている俺を見て竜は大きなため息をつく。


「いいか、テストってのはな、気持ちが大事なんだぞ?同じ勉強量をした人を並べて同じテストをしたとしても、『絶対できる』って奴と『どうせ出来ないんだろうな』って奴じゃあ点数は変わってくる。勉強量もあるが、それと同等に大事なのが気持ちなんだよ」


竜はそう言って惣菜パンをむしゃむしゃ頬張る。


普段からあまり真面目なことを言わなそうなタイプだから変に感じるが、言ってることはあながち間違いではないと思う。


「そうだよね……悔やんでも仕方ないもんね。」


俺は残りの米を全て口に入れて弁当を片付け、そのまま次のテストの勉強を始めた。


(メンタル勝負……確かにそうかもな。ある程度の知能も必要だけど、自分のペースが少しでも崩れると集中力も下がるもんな。)


午後のテストは残り四教科、テスト時間が短い科目が多く焦っているとすぐに時間がなくなってしまう。



(詰め込めるものだけ詰め込んでおくか……)



休み時間は残り十分程度、俺は竜と一緒に最後の復習をしてテストに臨んだ。



午後一発目のテストは英語だ。

筆記テストに加えてリスニングがあり、英語専用の時間割となっている。



(リスニングは中学の時でもそこまでやってこなかったからなぁ……ちゃんとできるか心配だ。)


不安はありながらも、それでも竜が昼食の時に話してくれたことを思い出して俺はテストに励んだ。










「解答やめ。筆記用具を置いてください。」

試験官の声が響き渡る


壮太の解答欄は———


ほぼほぼ答えが書かれていた。


(後半の英語訳がだいぶキツかったけど時間配分も良かったし、部分点次第ではいい点数が狙えるかもしれない!)


もともと英語は不得意な分野だったが、今回のテストで少しだけ苦手意識が薄れたような気がする


……まぁこれで点数が低かったら意味ないんだけどね。



主要三教科と呼ばれる教科が全て終わり、クラスは午前中よりも和やかな雰囲気を醸し出す


「壮太〜どうだったよ!英語!ちゃんと気持ち切り替えて挑めたか?」


いつものように絡んでくる竜も、何だか嬉しく感じる


「ちゃんと取り組めた。なんかありがとうな。」


「何だよ、さてはお前、、、結構出来たんだな?」


「結構メンタル面も大事だね。国語の教科は時間に気を取られすぎて問題が頭に入ってこなかったりしたんだけど、気持ち切り替えてから集中して問題が解けた気がするよ。」


俺の話を聞いて竜はまるで自分事のように喜びながら話す


「だよな!残りの教科は国語とか数学とかと違って難易度は少し落ち着くはずだから、気を抜かずに頑張ろうな!」


竜の言葉に元気をもらい、俺は「おう!」と意気込んだ。








四限目は理科だ。

化学基礎と物理基礎の二科目を一時間のうちに解く方式になっている。

特に選択理科は特殊らしく、前期では物理基礎、後期では生物基礎を扱うらしい。


化学基礎も物理基礎もそれぞれ百点満点のテストで、化学基礎から先に解くそうだ。



(中学までは全てまとめて理科だったからちょっと心配だな……)


高校になってそれぞれの専門分野に分かれ、それぞれの科目ごとに専門知識が必要になったので難しさは格段に上がっている。


特に俺が絶望したのは、周期表を初めてとするたくさんの物質の名前を記号とともに覚えるところから始まった事だ。



(先生方からすれば出しやすい問題だからある程度出してくるだろうな……)


暗記はそこまで苦手なわけではないが、いろんな教科で追い詰められている中でたくさん暗記をしろと言われても正直できる気がしない。



(やれるだけやろう。今更後悔したって無駄だ。)



俺は試験官の合図の元、シャーペンを持ってテストに向かった。












「三十分経ったので化学基礎の解答をやめてください。解答用紙は順次回収しに行くので机の右側に置いてください。」



化学基礎はこれで終了だが、理科科目は休憩を取らずに続けて物理基礎の問題に移る。

二科目で一時間なので体力的には問題ないのだが、いかんせん制限時間がそれぞれ三十分しかないので余裕を持って解かないと見直しができないほどに時間の余裕がない。



一分一秒も無駄に出来ないことを察した俺は、化学基礎の解答用紙をギリギリまで右側に寄せて物理基礎の方へとシフトチェンジした。









チャイムと同時に試験官が合図をして解答を止めさせる


壮太の解答欄には———



ところどころ空白が見られた。


(な……なんだこれ!?むずっ!?)


化学基礎は思っていたよりも優しい問題が多く見直しをする時間も十分に設けることができたが、打って変わって物理基礎は鬼のように難しい問題ばかりで正直自信を持って解けた問題がないかもしれない。


(後半の問題なんだあれ!?発展問題のオンパレードじゃなかったか?)


他の教科にテスト勉強を置いていたせいで物理基礎のテスト勉強は難しいということもあって基礎問題しかやっていなかった。



「しくったぁ…………」


テスト終了の挨拶と共にいろんな人が席を離れる中、俺は力が抜けたように机に座り込んだ。


(ラスト一教科……ラスト一教科……)


あと一教科頑張れば終われるという希望と物理基礎の問題で大いに挫けたことによるメンタル崩壊が重なり、心の余裕が完全になくなってしまった。


終わったことだから水に流せという人もいるだろうが、俺の頭の中ではどうしてもテストが返ってきて絶望する姿しか考えられなくなっていた。


かすかに残る希望から出てくるエネルギーを消費して立ち上がり、社会のワークを開いて単語と睨めっこを始める


当然頭に入るわけないが、何もしないという選択肢こそが一番の苦痛を生みそうだったので気を紛らわすためにも、とにかく社会のワークを見つめ続けた。



竜は伸也や羊たちのメンバーで話しているので話に来ることはまずない。


一向に気持ちが戻らないまま最後のテストが始まろうとしている。

俺は何一つ頭に入らなかったワークを片付け、静かに席に着いた。




……これ以降の結果は言うまでもないだろう。










「止め。筆記用具を置いてください。回収しますので前の方に回答用紙を送ってください。」



気づいたら最後一教科のテストは終わりを告げ、出来上がった自分の解答用紙にはところどころ目立つ空白欄と聞いたことのない呪文のような解答があちこちに書かれていた。



だが、今の俺はそれを見ても何とも思わないほどに放心状態に陥っていた。

ここまでくると疲れやテストの出来よりも全てが終わったことによる開放感の方が影響が強く、もうテストという言葉すらも聞きたくなくなるほど体が拒絶反応を示していた。



全てのテストを終え、最後の挨拶をし終わるとともにクラス中の生徒が声を取り戻したかのようにワッと騒がしくなる。


「やっと終わったぁぁぁあ!」

「ガチ疲れた……」

「ねぇ、物理基礎理不尽すぎない?」

「それな!発展問題だすなら言って欲しいわ!」

「今日どっか食べにいかね?」

「いいねぇ普通疲れ様会やろうぜ!」


数週間縛られたうっぷんはこの時間を持ってすべて解放され、いろんな欲望があふれ出す。

そんな中で俺はまるで燃え尽きて灰になったかのように魂が抜けていた。


(みんな元気だなあ……なんでそんなに気力が残ってるんだ……)

肉体的、精神的疲労と睡眠欲、その他もろもろが重なって俺はしばらく動くことができなかった。


「壮太!やっとテスト終わったな!……って、なんで死にかけてんだ?」


「いや……普通疲れたらそこまで元気出るわけないよ……」


「そうか?俺は大きなイベントがなくなって肩の力が抜けたから元気もりもりだぜ!」


「ほんっと、僕にもその元気分けてほしいよ……」


そういって俺は机に顔をうずめた

無理やりテンションを上げることもできたが、そんなことをしても余計疲れるだけだ


「そうか……あんまり気持ちを引きずりすぎると逆にきついから適度に気分転換しろよー」

頭をポンとたたいて、竜はイツメンと教室を出ていった。


(俺もさすがに落ち込みすぎか……早く帰ってゲームして休もう。)

そんなことを考えていたら再び俺の頭をポンとたたかれる感覚があった。

竜か?と考えたがさっき帰ったはずなのでその可能性は低い

ゆっくりと顔を上げると黄泉菜がいた。


他の人から注目されないようにそっぽを向きながらも、彼女の左手はたしかに俺の方へと伸びていた。

恥ずかしさと嬉しさが俺の体の疲れをゆっくりと取り除き、代わりに元気がみなぎり口角が自然と上がった。

黄泉菜はいまだに俺が起きていることに気づいていない。

俺は自分のほうに伸びている黄泉菜の指先をそっと握りしめる

指先まで暖かく、そして優しい手

そんな手が俺の気持ちをすべて変えてくれた


いきなり指先を触られて黄泉菜は思わずびっくりして俺の方を向く。



「ありがとう。帰ろっか。」

俺は微笑みながら、そうつぶやいた。








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