第二章 能力制御と学校生活
第45話 頑張る思考とテスト週間(1)
色々あったゴールデンウィークは一瞬にして終わり、久しぶりの学校生活が戻ってきた。
(思い返せば今年のゴールデンウィークは家でゴロゴロする暇もそうなかったな)
高校生になって黄泉菜や心理部のみんなと出会ったことで、俺は中学までの『陰キャ』というものを卒業できたのかもしれない。
正直嬉しい気持ちもあるが、その反面一人でゴロゴロして家に篭りっぱなしの生活も少しだけ愛おしく感じる。
学校までの長い距離を電車に揺られながら移動する
席取り合戦に負けた俺はカバンを足元に下ろして電車の揺れに耐えながら仁王立ちでスマホを眺めていた。
はじめての長期休暇だったが、生活リズムも壊れることなく安定した休みを過ごせたと思う。過去の俺からしてだいぶ大きな進歩だ。
中学までは平気で夜中まで起きてアニメを見ていたり、寝落ちしてそのまま一夜を明かしたことも何度かあった。
そう考えると明らかに自分が成長したなと感じる。
(竜とか他のみんな…元気にしてたかなぁ。話しかけてくれるかなぁ)
俺は未だにそんな心配ばかりしながら、学校へと向かう電車の中を有意義に過ごした。
だが、竜が元気にしていたかとか、話してくれるかとか、そんなものはどうでもよかった。
朝から笹原先生の声がクラス中に響き渡る
「夏休みや冬休みと比べれは少ない休みでしたが、十分に勉強することは出来ましたか?これから前期中間テストの範囲を配りますので、速やかに範囲表を回してください。」
忘れていた
大きなテストがあることを…!
「なぁ〜壮太、お前ゴールデンウィーク中に勉強した?」
後ろから聞き覚えのある声と見覚えのある手が生えてくる
生えてきた両手を素早く掴んで一つにまとめて後ろを振り向くと、ことごとくゴールデンウィークという休みの沼にハマって堕落している竜がいた。
軟体生物…というよりも昼間の暖かい日の光に溶かされた雪だるまのように机の上で溶けている
「竜…朝っぱらから死にそうだね。どうしたの?」
「いや〜もう、休みってなんで眠くなってゲームしたくなるんかなぁ…」
その嘆きだけで何が起こったか大体の想像がつく。
こうなることもわからんこともないが…
「竜どうせ夜中までゲームやって昼ぐらいに起きて…みたいな生活してたんでしょ。」
それを言うと竜が「お前なんで俺の生活しってんだよ」って顔で見つめてきた。
当たりだな。
「だってよぉ、勉強するにもやる気出ないし、ちょっと暇だったからお気に入りのYouTuberの過去動画漁ってたら面白そうなシリーズ見つけちゃってさぁ〜」
前から回ってきたプリントを熱弁する竜に渡す
「それで夜中まで見て生活リズムを崩した…と。」
「まぁそんな感じ。壮太はどうなんだよ。休みの日だから勉強のモチベーションとか上がらなくない?」
竜は話を止めることなくぶっきらぼうに後ろの席へとプリントを渡して俺と話を続ける。
「俺は…まぁ、サボらない程度に勉強はしたよ。もっとも、竜よりもちゃんとした生活は送ってたぞ。」
そう言って俺は配布されたテスト範囲に一通り目を通す。
配られたテスト範囲用紙には大まかだがしっかりと広範囲を占めた内容が五教科びっしりと書かれていた。
(随分と広いな…数学なんて中学校でやってた問題が簡単に思えるほど難しいことばかりしてるし、国語も古典や漢文とか中学校で深掘りしてないし…中学の頃とは大違いだ。)
俺自身勉強が得意なわけではない。
というのも勉強が得意と言う人の脳みそを分けてもらいたいくらいに勉強ができない。
それも学校が始まって初めの五日間はインフルエンザで行けてなかったこともあり、出鼻をいきなり挫かれた状態でのスタートはとてもつらい。
正直今のところは授業の流れに任せてそこはかとなくやっているつもりではあるが、どこか所々に苦手の穴ができているだろう。
そこが一番心配だ。
中学校の勉強でさえも自慢できる点数は取れていなかったからこそ、高校生活は甘く見てもらえそうにもない。
「めっちゃ範囲広いな…まぁ学校初日から今までの授業範囲なんだけど、そもそも授業の進行が早いんだよ…」
竜は弱音を吐きながら範囲表を眺める。
竜は普段がこんな何も考えずに行動しそうな人に見えるだけであって実際は授業を真面目に受けて小テストも軽々とクリアしている。
この時点でスペック的には竜の方が一枚どころか二枚ほど上手だ。
その脳を少し分けてもらいたいぐらいだ。
「初めて行う大きなテストです。まだ高校の授業内容に慣れないかもしれませんが、精一杯頑張ってください。」
笹原先生の話も終わり、ホームルームが終了した。
ただ俺はいつものように話す気力が湧き出ない。
おそらくテストのことでだろう。
まだ始まって間もないのに心の底から湧き出る不安感は簡単に抑えれるものでもなかった。
そんな負のオーラを感じ取った竜が後ろから恋人に対する彼氏みたいにバックハグをして俺を心配する。
「元気ねぇなぁ壮太。別にまだテスト受けたわけじゃねぇんだしそんなに緊張すんなよぉ。」
竜が心配して俺に声をかけてくれたが俺の頭の中はすでにキャパオーバー。
テスト対策のために家へ帰ったら今日は数学のあの範囲を終わらせて、単語もできるだけ覚えてそれから———
そんなことで頭がいっぱいで竜からの心配を未だ晴れない顔つきで「大丈夫。ありがとう」と弱々しい声を投げつけた。
今日は部活が休みで、俺と黄泉菜はすぐに下校した。
だが話す気力もあまり湧かず、黙ったまま二人で帰り道を歩く。
いつも通学している道が、今日はやけに長い気がする
トスットスットスットスッ
コツッカッコツッカッカッ
歩幅の関係と、黄泉菜のローファーから奏でる不協和音に応じて時間は刻々と過ぎているはずなのに、何故か普段よりも長い時間歩いているように感じる。
それはわざとペースを落としているわけでもなく、ごく自然に歩いているだけなのだが。
「…壮太くん、何かあった?」
流石にいつもとテンションの違う俺に気づいた黄泉菜は心配しながら俺に聞いた。
テストという難題で気が重くなっている俺の世界に、一つの花が咲いたようにその声が届く。
俺は黄泉菜の方を見て心配させないように微笑んでから話した。
「まぁ…テストのことであまり浮かれてられないなって気持ちがあって。」
黄泉菜は俺の呟くようにして発した言葉をすかさずキャッチしてその話題について話し始める
「確かに高校生活初めてのテストで、中学の時とは形式が全く違うテストをするんだから確かに不安かもしれないけど…」
黄泉菜がそこまで話を進めたのちに初めて足を止める。
いきなり止まる黄泉菜にワンテンポ遅れて振り返ると数歩後ろで止まっていた。
人がどんどんすれ違う中で、俺と黄泉菜の空間だけ時間が止まったように長く、ゆっくりに感じられる
さわやかな太陽の光が熱となって体に吸収され、その熱を取り払うために出てきた汗がツーと首筋を舐めるように落ちる
「自信持って頑張ろうよ、壮太。私も初めてのテストでどんな感じで出題されるのかわからないからちょっと不安だけど、まだ取り組んですらいないのに落ち込む心配はないよ。」
少し距離のある黄泉菜と俺の間から力強い声が風のように全身で感じられ、その言葉一つ一つが耳を通じて頭の中で鮮明に記憶される。
黄泉菜が距離を詰めながら俺に語りかける
「大丈夫。たとえ問題がわからなくなっても、聞いたり、教えてもらったりして乗り越えていけばいい。苦手なものこそ真剣に取り組めば伸びるわ。きっと。」
ゆっくりと距離を詰めてきた黄泉菜はやがて俺を追い抜いていく。
その凜とした姿とすれ違った時に感じられる希望に満ち溢れたオーラに、俺は圧倒され目を奪われる
「いつまでも壮太に頼りっぱなしじゃカッコ悪いから、たまには私も壮太の役に立つわ。わからないところはどんどん聞いて、一緒にいい点数取ろうよ!」
そう言って黄泉菜は優しい笑みを浮かべる。
その笑顔と励ましの言葉に俺はいつのまにか悩んでいた気持ちもすっかり晴れて、目の色を再び取り戻した。
「そうだね。まだ何もしてないのにこんなに不安になってたら、気持ちの面で負け確定だよね。」
俺は背筋をピンと張って、気持ちの良い一歩を踏み出して歩み始める
そのペースに合わせようと黄泉菜もまた俺のそばについて歩く。
「ありがとう。」
自然に出た言葉が、だんだん照れ臭くなって俺は黄泉菜目をそらす
黄泉菜は壮太からぽろっと漏れた感謝の言葉を聞いて安堵と嬉しさの笑みを浮かべてそっとつぶやいた。
「こちらこそ。」
かすかに壮太の声を聞き取った黄泉菜は壮太に聞こえないくらいで呟いた。
綺麗な夕日が、二人の影を一回り大きく地面に映すのだった。
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