第44話 いつかの思考とハプニング(4)

2階の中央を最終の集合場所として、黄泉菜は下の階、俺は上の階を担当して海先輩と知恵先輩を探す。



正直全く手がかりがない。

海先輩が上の階にいるのか下の階にいるのか、知恵先輩が上の階にいるのか下の階にいるのか、全くもって見当がつかなかった。


(知恵先輩は多分、どこか休める場所にいるはずだ。海先輩に突き放されてもなお平然と買い物をするほど軽い人じゃない。)


知恵先輩は海先輩のことに一途だからこそ、こうやって突き放された時のダメージは大きいと思う。


俺は小走りしながら次々とすれ違う人々を確認しつつ、とりあえず休憩できる場所を中心に探した。


今はまだ2階

中央から北と南で分かれて捜索し始めたが、2階でこの大人数、それを3階、4階も捜索しなければならないとなると正直骨が折れる。


ただ、今はそんなことを考える暇なんてない。

ゴールデンウィーク終盤、人が行き交うこのショッピングモールの中で探すのは精神と体力、両方が必要になる。


(頭使うくらいなら体を先に動かせ!)


俺は自分の弱さを頭の奥底にしまい、捜索に専念した。









しばらく走っていると天井からぶら下がっている看板が目に見えた。


「げっ…!女子トイレ!」


盲点だ。

もし知恵先輩が女子トイレにいた場合、下手したらすれ違いになるかもしれない。


(トイレにいる可能性は多いにあると思うし、黄泉菜には少し迷惑かけちまうが、仕方ないか。)


俺は黄泉菜のラインに「女子トイレの確認も頼む!知恵先輩がいるかもしれない!」とだけ連絡して俺は再び二人を探し始めた。























「これ、本当に見つかるかしら…」

北と南で分かれた黄泉菜もまた、小走りしながら二人を探す。


黄泉菜が探す範囲は二階南部から一階全域、壮太に比べれば階数は一つ少ないものの一階にはメジャーな店が多く、来場客も多いため人探しとなると相当大変だ。


(こんな人数の中から海先輩か知恵先輩どちらかを探さなきゃいけないの…!?)



壮太と二人で回っていた時はあまり気にしていなかったが休みということもあり、いつもより人が多い。


黄泉菜はすれ違う人を二人じゃないか確認しながらも小走りで手当たり次第探す。



しばらくの間探していると自分のポケットが振動した。

黄泉菜はそのポケットにしまってあるスマホを取り出す。

壮太から「女子トイレの確認も頼む!」と言ったメールだった。


(…そうね。二人がどこにいるかわからない状況で、壮太くんも頑張ってる。私も頑張らなきゃ。)


黄泉菜はスマホを再びポケットにしまい、二人を探し始めた。

















あれからどのくらい時間が経ったのだろうか…


走っては立ち止まって二人がいないか確認し、そしてまた走る


延々と続くその流れを俺は何十回と行った。

2階、3階、4階…

時間もどんどん過ぎていき、人もかなり少なくなったが、相変わらず二人の姿は見つからない。


(ここまで探していないってことは、二人とも一階にいるのか?それとも、どこか店の中に入っているのか?もし店の中だったら全部の店を回って探し出す前に閉店時間が来ちまうぞ!)


額に滲む汗を腕で拭き取りながら探す

正直見つからないだろうなとはどこか心の奥底で思っていた。


こんな大きなショッピングモールの中で、

こんな人がたくさんいる中で、


果たしてたった二人の男女を探し出せるか?



時間が経つにれて自分の疲労が増し、その疲労から出る「弱音」がどんどん脳の奥底に溜まっていく。


黄泉菜とデートのつもりなのに…


黄泉菜と楽しく遊ぶはずだったのに…


黄泉菜に…………














告白しようと思っていたのに————








あの時二人を尾行しなければこんなことにならなかったのだろうか。


(いや、違う。)


俺はどんどん出てくる「自分の弱さ」をぐっと押さえ込んで脳の片隅に追いやった。


(黄泉菜は、全く二人が探し出せる確信がなくても絶対最後まで諦めないだろう。黄泉菜と出会って1ヶ月…たった1ヶ月だ。だけど、そんな1ヶ月を楽しませてくれたのは海先輩と智恵先輩だ。)


まだこれからも心理部の仲間として一緒にいたい



たったそれだけの単純な理由だが、それさえあればなんとなく頑張れる気がしてきた。



(やるからには最後まで、全力で!!)

俺は4階から二人を探しながら降りて行くことにした。





















(本当に海先輩と智恵先輩いないわね…)


一階も全て確認し、女子トイレもあらかたまわったはずだが、全く二人の気配がない。


(店の中までは確認してないけど、まさか店の中にいるの?)


壮太よりも階層的には一階少ないが、一階には人気店がずらっと並んでおり、時間が経っても全く混み具合は変わらない。



(一階はまだ手がつけられそうにないわ…とりあえず二階から探しましょう。)


黄泉菜は自分の現在地から近くのエスカレーターに乗り、二階へと上がる。


二階へと上がったところで時計が見えたが、時刻はすでに4時半を超えていた。


「嘘でしょ…こんなことしてたら壮太くんと一緒に来た意味がなくなっちゃうじゃない!」


黄泉菜はもう一度二階から徹底的に探すことにした。




周囲を見渡して二人がいないことを確認してから走り出そうとしたその時、店から出てくる二人の男女の影が見えた。


「………海先輩と智恵先輩!?」



あれだけ探していたのに、見つけたのは店から出てきた二人

それも全く怒っている気もなく、二人して楽しそうに店から出てきた。



「…なに?………なんで二人ともいるの?」


黄泉菜は一瞬何が起こっているのかわからなかったが、とりあえず二人を見つけたことは確かだ。

自分のポケットからスマホを取り出してすぐに壮太にメールを送る





『二人とも見つけた。二階の南エスカレーターの近く』










四階から下にありながら二人を探していた壮太はいつのまにか三階も確認し終わり、二階に行こうとしていた。


そこで自分のスマホに着信が入り、俺はすぐさま黄泉菜からのメールを開いた。




『二人とも見つけた。二階の南エスカレーターの近く』



(…二人同時?)


黄泉菜から送られてきたメールは少し不可解な文だった。


(二人とも同時に見つけたのか?あんなに喧嘩をしていたのに、一緒にいたってことなのか?)


詳しくはわからない。

というよりもそこに行けばわかる話だ。



俺は全力で二階の目的地へと走った。









言われた通りに俺は二階の南エスカレーターの近くまでやってきた。


あたりを見渡すと店の少し傍で黄泉菜と海先輩、智恵先輩の姿が見える。

俺は探し疲れた体をどうにか動かしてその場に行った。


「海先輩!!」


「あぁ、どうしたんだお前?…ってお前、どうやったらその考えに行き着くんだよ。」


海先輩は俺の思考を読み取ったらしく、瞬時に俺がなんで汗だくで走ってきたのかを知った。


「だって、海先輩と智恵先輩お昼にめっちゃ喧嘩してたじゃないですか!」


二人が仲良くいるのを見て湧き上がった感情は、喜びよりも意味不明な状況になっていることへの怒りの方が強かった。


「そんなに怒んなって……」

「怒りますよ!!二人が急に喧嘩してバラバラになるから黄泉菜と二人でずっと探してたんですよ!!」


「あぁ…その、心配かけて悪かったな。」


海先輩はどことなく自分に責任があることを自覚し、素直に謝った。



俺の気持ちも怒りがだいぶおさまって、次第に二人が仲良くしていることへの安心感へと変わっていく。


「ちなみになんで喧嘩していた二人は仲良くなってるんですか?」


黄泉菜が今一番聞きたかった質問をしてくれた。


「それなんだけどね〜!」

つい先程まで喋らなかった智恵先輩が急に喋りだす。


「昼に喧嘩してから私たち、一度はバラバラになったんだけど、私も流石にイライラしてたし、何か自分の好きなものを見てイライラの気持ちを紛らわせようとしたの。さしたらね!全く同じ店の全く同じ行き先に海くんがいたの!」


上機嫌で話す智恵先輩。

それほどまでに海先輩とのエピソードが好きなんだなと思ったと同時に、俺らが心配して二人を探していたのは本当に何の意味があったのかと思うほどに無駄な時間だったと今考えて後悔する。


「全く同じ店の全く同じ場所を目指して私と海くんは歩いてたんだよ!?バラバラになったのに!すごくない!?」


「それで勝手にコイツが仲直りみたいなこと言って終了。まぁ俺はお前のことなんとも思ってねぇから知らないんだけどな。」


海先輩がわざとっぽい動きで智恵先輩を嫌そうに親指で指さす


「なんなんですか!そう言って本当は「可愛いやつだな」とか思ってるくせに!」


「だ、れ、が、お、ま、え、の、こ、と、を可愛いと思ってるんだ?あぁ?」


再び智恵先輩と海先輩で険悪ムードが漂い始めている中で、黄泉菜がクスクスと笑う。

それにおかしく思った俺含め三人は黄泉菜の方を向く。


「普段からそんな感じなんですね、深く考え過ぎて損しました。「喧嘩するほど仲がいい。」二人も本当はとっても仲が良かったんですね。」


「でしょ!お似合いカップル成立しちゃうよ〜!」と、黄泉菜の言葉で上機嫌になった智恵先輩が海先輩に対していじりを仕掛けるが、海先輩はそれをサラッと無視して黄泉菜に「おい」と黄泉菜に話しかける。


「じゃあ黄泉菜、お前は壮太とたくさん喧嘩しとけ。」


「ちょっ…海先輩!!」


なんとなく海先輩が言いたいことがわかった。

というよりも完全に狙ってきたな!!


「ち、違うよ!?黄泉菜、海先輩が言ってるのはあくまで友好関係のことで———」


海先輩は俺が黄泉菜のことを気になっていることぐらいすでに見通している。

だからってそういういじりは良くないだろ!


振り向いて黄泉菜の顔を見るが、黄泉菜どこか満更でもない顔をしていた。


チラッと俺の方を向いて一言、




「……………ばか、」



黄泉菜はその言葉をボソッと俺に呟くように放って後ろを向いた。



「おぉ!黄泉菜は満更でもなさそうだが…?」


海先輩が急に調子に乗ってきて俺をいじり始める




「……もう海先輩嫌いだぁぁぁぁぁあ!」


俺の声と共に黄泉菜、智恵先輩、海先輩の笑い声が、俺らの空間を包み込んだ。




なんだかんだ楽しかったゴールデンウィークも、もう終わり。

この出来事は、俺にとっての最高の思い出だ。





















「今日、楽しかったね。」

「ああ、散々だったけどな。あの前の二人のせいで…」


黄泉菜との心地よい会話が続く。

帰り道、海先輩たちと帰り道が同じだったので一緒に帰ることになった。


「何が「前の二人のせい」だって?大体、コイツが引き起こした種なんだならコイツに任せとけばよかったじゃねぇか。」


海先輩は智恵先輩のことをコイツ呼ばわりしながら親指で指を刺す。


「何!?わたしが悪いって言いたいわけ!?そもそも今日一日の主導権は私なのよ!?」


海先輩の意見に負けじと智恵先輩も反論する



(いつもこんな感じなのか…)


喧嘩ばかりして、仲が悪くなりそうだが常に仲がいい。

正直あまり納得のいかない理屈だがこの二人を見ていると納得せざるを得ないほどに、その言葉が二人に似合っていた。



「やっぱり二人とも、楽しそうね。」

隣にいる黄泉菜が俺に話しかけてくる


「あぁ、俺らが気にすることでもなかったな、、ありがとう。二人を一緒に探してくれて。」


いきなりの感謝の言葉に黄泉菜はキョトンとした顔で俺の方をみるが、その後クスッと笑った。


「別にいいわ。二人を探すのも楽しかったし、もちろん壮太と回ってた時も楽しかったよ。」


急な言葉にドキッとしたが、バレないように目を逸らして誤魔化した。




「実はさ……」


黄泉菜と話しながら俺はゆっくりと歩くペースを遅くする。


何がしたいかなんて、今の俺にはやること一つしか残っていなかった。


「ん?どうしたの壮太くん。」


黄泉菜が俺の方を向いてじっと目を見つめてくる。


(…いざ告白しようとすると緊張する!)


なるべく顔に出さないようにしているが、正直今にもも走り出してどこかに隠れたいほどに恥ずかしくて、緊張する。




しばらくの沈黙が続いた。

海先輩と智恵先輩との距離は十分に開いている。

(言うなら今だ…!!)


口を開こうとした瞬間、黄泉菜が喋り始めた。

俺は瞬時に口を塞ぐ。


「私ね、中学校の時もこういう体質だからなかなか友達が出来なくてこうやって遊んだことなかったんだけどね、今日壮太くんと、そして先輩二人と一緒にお出かけするのってこんなに楽しいんだなって初めて気がついたの。」



(体質…か。)


自分は人の心が読める能力を持っていないからわからないが、黄泉菜は黄泉菜で相当苦労していたんだなとつくづく思う。



「だから、今日は誘ってくれてありがとう。これからも、よろしくね。」


そう言って黄泉菜は俺に笑顔を見せた。

作り笑顔ではなく、自然とあふれた最高の笑顔。


俺は脳内で連呼する「可愛い」を感情に出さないように精一杯抑えて黄泉菜の笑顔に見惚れた。



「けどね、やっぱりこのままじゃダメだなって思って…」


「…どういうこと?」


「今はまだ全然だけど、いつかはこの読心能力も制御して純粋に遊んでみたいなって思ってる。」



黄泉菜の澄んだ目はしっかりとした目標に向かってひたむきに頑張る努力の結晶を浮かび上がらせるかのように輝いていた。




「だから!」


急にグイッと黄泉菜が背伸びして俺の顔の近くまで顔を伸ばす


「読心能力が治るまで、よろしくね!」


そう言って黄泉菜は海先輩と智恵先輩の方へと走って行ってしまった。







(「読心能力を制御して純粋に遊びたい」か…)




黄泉菜を治せるのは俺だけ、、、単なる偶然なのか、何者かに仕向けられたものなのか、そんな事は知らない。


ただ、


(今はこのままの関係が一番かもな。)




俺は黄泉菜を追いかけるように走り出した。









黄泉菜が制御できるのを信じて、


告白の言葉を未来へ託して————

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