第42話 いつかの思考とハプニング(2)
その光景は突然、俺たちの目の前に現れた。
いつもクールで心理のことになると手が離せないあの海先輩と、心理部部長の知恵先輩が、仲良く歩いている。
それもただの『仲のいい』ではなく、もっと親密な『カップル』そのものだ。
「実は海先輩と知恵先輩って…」
「「付き合ってる!?」」
俺と黄泉菜は思ったことをそのまま口に出した。あいにく俺と黄泉菜の考えは同じだったらしい。
「全然知らなかった…海先輩って知恵先輩の事嫌ってたんじゃなかったの?」
「わからないわ。あえて部活では嫌っている雰囲気を出して怪しまれないようにする作戦かもしれない。」
普段から知恵先輩は海先輩の事を「イケメン」や「彼氏」などのことを言っていたが、海先輩はそれに対してだいぶ冷たい反応をとっていた。
だからこそ、今の状況は心理部におけるビッグニュースになるだろう。
「海先輩ってあまり知恵先輩のノリというか、冗談とかが好きじゃないって言ってたけど…あれも嘘になるのか?」
「…わからない。ただ海先輩から知恵先輩に付き合おうといえば一発OKな気がするから海先輩も気が変わったのかも…」
二人でコソコソと小声で話しながら海先輩と知恵先輩を目で追う。
視線を遮る人々の歩き、そしてそのかすかな間を通っていく二つの影はどこからどう見ても恋人そのものだった。
(な、なんだろうこの感じ…別に知っている人に恋人がいたって普通じゃないか。恋人なんだからあれだけ距離が近くてもいいじゃないか。だけどなんだろう…この気持ちは、なんなんだろう。)
感じたことのない感情。
恋人っぽく仲良くしているのに対しての嫉妬心のような、自分もそうしたいと言う気持ちというか…
とにかくあまりいい気持ちではない。
「話聞いてみる?」
黄泉菜がぼーっとしている俺の肩をポンポンと叩きながら聞いてくる。
小柄な体で手を伸ばし、俺の肩をポンポンしている黄泉菜に少しドキッとする。
俺は手でにやける顔を隠しながら、
「き、聞くのもいいと思うけどもう少し観察してみようよ。もしかしたら心理部の研究をしてるのかもしれない。」
黄泉菜は「そうね。もう少し観察ね。」と、まるでスパイのように海先輩と知恵先輩の跡を追っていく。
「スイッチ入ったな…」
俺は完全に尾行する気満々の黄泉菜の跡を追って行った。
「なかなか動きがないね。」
「そうね…」
二人して影から海先輩と知恵先輩の様子を伺う。
二人は電化製品店に入ったかと思えば、単三電池やUSBケーブルなどの日用品ばかりを買っていてデートにしてはものすごく渋いものになっている。
「やっぱり私たちの考えが間違ってたのかしら。」
「それにしてはいつも以上に距離が近い気がするけど…ほら、知恵先輩なんて頻繁に腕にしがみついてる。それも海先輩が払うそぶりもなしに。」
「言われてみれば本当ね」
二人で物陰に隠れながらヒソヒソと話す
こんな人気の多いショッピングモールの中でコソコソとしている男女二人組なんて明らかに変質者だが、今はそんなこと考えないでおこう…
ふとそんなことを考えているうちに海先輩と知恵先輩は電化製品店を後にして他のところに行っていた。
「私たちもいきましょう。これで何もなかったら私たちの勘違い、何か動きがあれば突き止めましょう。」
黄泉菜は完全にスパイの役に入りきって行動している。
正直こんなに真面目にやるとは思っていなかった。
普段からお淑やかで冷静な黄泉菜からは考えられない行動に、ある意味ギャップ萌えという形で俺は心打たれた。
「とりあえず俺らも行こう。」
俺と黄泉菜は再び海先輩と知恵先輩の尾行を始めた。
「…怪しいわね。」
「あぁ。さっきまでの感じとは違う、なんか初々しさを感じる…」
海先輩と知恵先輩を尾行してから数十分後、とうとう二人に異変な動きが見られた。
それは女子人気のある雑貨店の前で二人が何か話し合っている様子…
そこに海先輩ごと連れて行こうとする知恵先輩と、それに対抗する海先輩の行動が見られた。
明らかに何かがある雰囲気だ。
「海先輩が自分から行きそうな感じじゃないし、そうなると知恵先輩特有の軽いノリだと思うけど…」
「普通の海先輩ならスルーしてるものよね。」
普段の海先輩ならこういう軽いノリで誘ってくる知恵先輩をスルーすると思うのだが、今日はやけに知恵先輩に思うがままにされている。
ますます怪しい。
本当に何かありそうな雰囲気だ…
「え!?ちょ、ちょっと壮太くん!」
またしても自分がぼーっとしている間に動きがあった。
「入っていったわ…海先輩と一緒に!」
さっきまでいた場所からは二人はすでに消えており、おそらく店の中に入ったんだと分かる。
「本当に今日の海先輩は不自然だな…心理実験だとしたら納得が行くんだけど、わざわざ知恵先輩と実験するかな……」
「そうね。海先輩、なんでも一人で解決しそうな感じだから知恵先輩と一緒にいるのはやっぱり何か理由があるんじゃないかしら。」
「なんなら彼女がいるという設定のもとで自分の体で心理実験をしているとか?」
「さ、流石にないと思うわ。流石に。」
二人で物陰に隠れながらコソコソと話し合う
たまに香る黄泉菜のいい匂いが俺をかすかに誘惑する
気分は上々だ。ただ傍から見れば飛んだ変質者だ。
「とりあえずここからは中がどうなってるのかわからないから私たちも入りましょう。」
「あぁ、そうだな……って、え!?」
軽いノリで承諾してしまったが、これから入る場所は女子人気のある雑貨店、俺と黄泉菜が入ったら明らかに恋人みたいじゃないか!
いや、恋人…と言ってもいいのか?
「さぁ、早く行きましょう!海先輩と知恵先輩を見失っちゃうわ!」
黄泉菜は平気で俺の手を取り、そのまま店に入ろうとする。
「ま、まま、待ってくれ!」
いきなり止まる俺に止められた黄泉菜は俺の顔を見てキョトンとする
「黄泉菜は、いいけどさ…その、俺あまりこういう所、来たことないんだよな…それも、女子と。」
黄泉菜は「そういうことね…」と言った後に俺の方に近づいてくる
「私がいるから大丈夫。特に変な目で見られることはないよ。」
黄泉菜はそう言って俺の手を握る。
頼り甲斐のある黄泉菜に引き連れられて、俺はそのまま雑貨店に入った。
「海先輩たちは…どこかしら。」
無事雑貨店にはいることは成功したが人気店ということもあり、人が多くて海先輩を見失ってしまった。
(奇抜な服装の女子から幼い女の子まで…やっぱりこういう場所に来るのは慣れないな…)
特に人見知りというわけでもないのだが、逆を言えば人の目を全く気にしないタイプでもない。
小さい頃から女子との関わりがあまりなかった俺からしたら今俺が雑貨店にいる時に向けられる視線がどのような意味をしているのかわからない。
一人周りの目を気にしながらソワソワしていることに気づいた黄泉菜は手を繋いだまま俺の方に近寄って「そんな気にしなくてもいいわよ。別にみんな『こんな所にも男子が入るんだ』なんて思ってないから。むしろ私といるからある意味自然な感じじゃない。」
その言葉に少し肩の力が抜けて安心するが、『私といるからある意味自然』という言葉にどこか引っかかった。
(それは…恋人同士に見えるから自然ということなのか、それともまた違う意味なのか…)
また変な考え事をして足が少し遅くなる俺に対して、黄泉菜は握っている手をグイッと少し引っ張る。
「今は周囲の人の目を気にするよりも、海先輩たちを見つけないと話が始まらないわ。」
「お、おう…ごめん。」
流石にグダグダしてる俺に対して黄泉菜は少し不機嫌そうに店の中に入っていく。
俺は繋がれた手を離すことなく、黄泉菜についていった。
「いた!けど、あれ?」
雑貨店の奥の方に入ったところで黄泉菜は知恵先輩を見つけたが、海先輩が一緒にいない。
「入っていく時は一緒だったよな…トイレか?」
「わからない。やっぱり心理の研究だったのかしら…」
二人で知恵先輩に動きがないかを見ながら海先輩の行方を考えていると俺に問いかけるような声が聞こえた。
「男性客とは珍しいな。彼女にプレゼントでも買うのか?」
聞き慣れた声……その声を聞いた時、俺は何かを察した。
黄泉菜と一緒に振り返るとそこには少し怖い顔をした海先輩がいた。
「か、海先輩……奇遇ですね…」
海先輩はニヤッと悪い笑みを浮かべながら
「今まで俺らをつけてきた理由…聞かせてもらおうじゃないか。」
「「は、はい…」」
海先輩の威圧に圧倒されながら、俺と黄泉菜は尾行に失敗したのだった。
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