第41話 いつかの思考とハプニング(1)

「壮太くんって趣味とかある?」


時刻は昼下がり、フードコートで食事をした俺と黄泉菜はお互いに聞きたいことを聞き合っていた。


出会ってから黄泉菜の読心能力を告げられ、その読心能力を制御するために見た目上の恋人になり、たった1ヶ月でいろんなことが立て続けに起きた俺と黄泉菜は、まだお互いを知り尽くすほど話す機会がなかった。



「そうだな…趣味なのかどうかはわからないけど、絵を描くのは得意かな。」


「意外ね。私も絵を描くのは苦手ではないけれど、人に見せれるほど上手じゃないわ。」


黄泉菜も絵を描くことを知って、俺はすぐに自分のスマホに撮ってある自分の絵を見せようと写真のファイルを漁る。


黄泉菜は紙コップに入った水をくいっと口に運んで話す。



「本は好き?私、幼い頃から母親に本を読んでもらってたりしたから本には何かとご縁があるの。」


「俺は、あるとしてもマンガかなぁ。小説は買ったとしても読むタイミングが分からなくてそのままにしてあるのが多いかも。」


俺は写真のフォルダから自分の絵を見つけるために画面を下から上にスワイプしながら答える。

ある程度下に行ったところで自分の書いた絵を見つけ、それを黄泉菜に見せる


黄泉菜は「上手ね…私腕とか足とかが苦手だから、描いたとしても顔までなの。」

と言いながら、俺の絵をまじまじと見つめる。

そこまでしっかりと見てくれる黄泉菜に対して俺は自分から見せたのにも関わらず、無駄に緊張してしまった。



「ちょっと、いい?」


黄泉菜が急に真剣な表情で、雰囲気を変えて言葉を放った。


今の流れとは違う、、何か特別な話なんだということは瞬時に理解できる。


「いいよ。」



「私の能力って不思議よね。壮太くん的には、どう思う?」


黄泉菜は俺の目を見つめながら自然とその言葉を口にした。



大体、自分が特殊な能力を持っているときは他の人より優れた才能を持っているのだと自覚して自慢げに話すことが多くなると思っていたが……


「ま、まぁ…話を聞く分にはだいぶキツい能力だもんね。」


俺は率直な意見を黄泉菜に伝える。



他人事ではあるが、いざ自分がなると思うとやはり想像し難い。


「俺も昔は『人の心が読めるようになったらいいな』って思ってたけど、黄泉菜とかと一緒にいるうちにそんな思いも消えちゃったかな。どんなに自分が欲しいと願った能力を手に入れたって、使いこなせなければ大事故を招く。」


「その大事故が、私の能力でいう『死』に値するものってことね。」


黄泉菜は紙コップに入っている水をもう一度くいっと飲む。

紙コップを置いたコツンというたったそれだけの音が周囲のざわざわとした音を通り抜けて俺の耳へと入ってくる。






『読心能力』

一見聞くだけだと誰しもが欲しいと言いそうなこの能力でさえも、使い方を間違えれば自分が死んでしまう。


そんなハイリスクハイリターンの関係を、黄泉菜は願ってもいないのに勝手に授かったのだ。






「やっぱり難しい能力よね。でもね…」


置いた紙コップから手を離さずにコップを見ながら黄泉菜は話し出す。


「正直、私の読心能力はそれほど自分の人生に重罪をかけているわけでもないと思うの。今こうやって私と壮太くんがいるのだって私の読心能力が壮太くんに通じなかったことがきっかけだったし、この能力がなかったら壮太くんをあまり気にしていなかったかもしれない。




確かにそうだ。

俺が黄泉菜を認識したのは『一目惚れ』という形だったが、黄泉菜は俺を『心が読めない人』として俺のことを認識した。

それがもし黄泉菜の読心能力がなければ、今頃俺だけが黄泉菜を意識するだけのいたって平凡な毎日を過ごすことになる。



「私だって、、壮太くんや海先輩、それに心理部のみんなと出会ってから『自分の能力も悪くないな。』って思えたし、正直心理部のみんなと会ってなかったら私、だいぶ高校生活が息苦しかったかも。」




本当はあまり聞いて欲しくない話の部分だと思う。

自分が過去に能力のせいで独りになってしまったこと…両親も、本音がバレてしまう自分の子にだいぶ負担がかかっていることも…

全部黄泉菜が一番わかってるんだ。


それでもなお、こうやって明るく振る舞うのには……少し心が痛む。





「暗い話…しちゃったね。」

そう言って黄泉菜は俺に笑顔を見せる


それもだ。


そうやって自分の負の気持ちを抑えて、明るく振る舞う。


俺はそんな黄泉菜に、黙っていることができなかった。



「そんなことないよ!!」




人がまだ多くいるフードコートの中、咄嗟に出た俺の声に周囲の人が視線を向ける。


俺は急に大声を出してしまったことに少しだけ恥ずかしさを覚えそのまま話すことを躊躇したが、人の視線がだいぶ離れた頃に話し出す。



「辛い時までそうやって笑顔を作らなくてもいいよ。俺もたくさん黄泉菜に助けてもらってるし、全部一人で背負うんじゃなくて、たまには辛いこと吐き出してもいいんだよ。俺は黄泉菜が自分の能力を制御できるまで、ずっと一緒にいるから。」



全部言い終わってから気づいたのだが…







これは告白の言葉としても読み取れるのではないか!?





徐々に恥ずかしさが込み上げてきて、赤くなる顔を背けるように下を向く。


(な、こういう時に!別に俺はそこまで言うつもりなかったのに!)




俺の能力だ。

自分で自分が制御できていない、沢山の人格で作られた偽物の自分が出たんだと思う。


海先輩に話を聞いたことがあるが、俺の能力…というか、人格には奥があるらしい。

偽物の自分は俺が今までに溜めてきたたくさんの感情から作られたという話だ。


その偽物の自分の思考が入り組んでいるからこそ、俺の思考は人よりも読みにくいということらしい。





しばらく出てこなかったから忘れていたが、改めて注意せねばいけなくなってしまった。





「…ありがとう。」

黄泉菜の声がしたので顔を黄泉菜の方へ向けると、そこには涙を拭っている黄泉菜がいた。



急に涙を流す黄泉菜に俺は対応に困りながら、

「だ、大丈夫!?俺なんか言っちゃった!?」



「ううん。そういうことじゃなくて、自分もこの能力にやって負担がかかっているのは知ってる。けど、そんなことを愚痴愚痴喋っちゃっても聞き手としては他人事じゃない。」


…やっと黄泉菜の思っていることを聞けた感じがする。


そのまま繋げて黄泉菜が話す


「やっぱり、読心能力なんておんなじ境遇の人は数少ないし、そんな人の愚痴聞いたって何もならないじゃない。」


「でもね、」


そこまで言って、黄泉菜は俺と目を合わせてきた。

さっき泣いたばかりで目の周りを赤くしながら、俺にじっと視線を送る。



「私、ここまで人に頼ったこと初めてなの。家族にも何度か頼ったことあるけどあまり対策を考えてくれない。そんな中で、壮太くんは本当に大切な存在なの。」


「だから、ちょっと重たい話をしたりするかもしれないけど、これからもよろしくね。」


そう言って黄泉菜は俺に微笑んだ。

その微笑みは確かに造りものではなく、心からの表情だった。




「支えになれるならそれで光栄だよ。俺はそういう黄泉菜のことがす…………」


そこまで言って俺は「はっ」とする。


(な、何言ってるんだ俺は!?)



一瞬戸惑ったがこれは逆にチャンスかもしれない。

俺は決めたんだ。

これから共にいるんだ。

黄泉菜の読心能力が制御できたとしても、俺は黄泉菜の、これまで以上の存在になるんだ。


俺は今の気持ちをそのまま黄泉菜にぶつける。






「俺は黄泉菜のことがす、、す、すごいなと思うんだ!!」


精一杯の勇気を振り絞って、黄泉菜の目を見て放った言葉は自分が想像していたものとは違った言葉だった。



(……ん?)


俺が口に出そうとしたのは告白の言葉だが…

口に出たのは告白の言葉ではなかった。







(うぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁあ!!!)



また勝手に言葉が出てしまった。

一番最高のタイミングを逃してしまったような気がする。

これ以外にいいチャンスは来るのだろうか…そんなレベルで良い流れだったのを偽物の自分に阻まれた。



(最悪だ…!な、なんで今日のこういう日に限って出てくるんだ!)



全く出てこなかった偽物の自分が、今日になってまた暴走し始める。


一人で何故かもがいている俺を前に、黄泉菜はクスッと笑った。


「ありがとう。こんな私にとって、壮太くんはかけがえのない存在だよ。」



そう言って黄泉菜は微笑んだ。

それは優しい顔で、安心しきっているような、そんな顔をしていた。


「お、おう…」


俺は黄泉菜の『かけがえのない存在』という言葉に照れ臭さを感じてにやける顔を口元を押さえて対応する



「なんか長話しちゃったね。それじゃあ行こっか!」


黄泉菜は最後に飲み切るようにぐいっとカップの水を飲み、俺の空のコップと重ねて捨てに行った。




その間、俺はというと…


(何やってるんだよ…何やってるんだよ俺…)


黄泉菜の『かけがえのない存在』という言葉を聞いて、よりあの時に告白しておけば成功していたかもしれないという後悔が募っていく。




「紙コップ捨ててきちゃったけど…大丈夫?」


俺が後悔しているといつのまにか黄泉菜が戻ってきていた。


俺は黄泉菜に「ま、まぁね。黄泉菜の支えになれたならいいよ。」と、半ば悲しみを抑えるようにその言葉を呟いた。







フードコートを出た二人は、特に行くあてもなく人混みの中を歩いていた。

人は少ないとはいえないが、俺と黄泉菜の二人で歩く道は何故か人がいないような、そんな気がした。



手が触れそうな距離で、俺と黄泉菜は歩く。

歩幅も、スピードも、普段歩いているからなのかは知らないが、意識しなくても自然に合う。


時々香る黄泉菜のいい匂いが、俺の心をズンズンと揺さぶる



(こ、このまま手を繋いだら…不自然かな…)


周りの音は消え、今考えれるのはその事だけだった。

黄泉菜と手を繋いでも大丈夫なのか…

確かに今の関係は『見せかけ』ではあるが、付き合っている筈だ。


それなら手を繋いでも怪しまれないと思うが……



(もう知らねぇ!手を繋いで拒否されればそれまでだ!!告白もできなかった情けない俺で済んでたまるか!)




コツン、

時々手が触れる。


俺はドキッとして黄泉菜の方を横目でバレないように見る。


黄泉菜は気にしていなさそうだが……

手を完全に握った時の感情までは読み取れない。



この時間だけ、黄泉菜は俺の心が読めなくてよかったと心から実感する。



(次触れ合いそうになった時、その時は……確実に握ろう。)




目的地もなく、会話もない。

ただ歩いているだけだが、それがとてつもなく長い道を時間をかけて歩いているかのような感覚に陥っていく。



俺は左手に全神経を研ぎ澄ませ、その時を待った。



まだ、


まだ触れない。





(………!)


微かに触れ合う感覚、

俺はそれを流さずに、自然と距離を近づけ———




「あ、あれ、海先輩じゃない?」


急に黄泉菜が話し始めるから俺は脊髄反射の如く手を素早く引っ込める。


「な、なになに!?!?」


パニックになりながらも黄泉菜の刺した指の方を見てると…そこには海先輩がいた。


少し遠いが、確かに海先輩の雰囲気がする。



しかし、その海先輩の近くに見知らぬ人影が見えた。


「あれ…?海先輩、誰かと一緒にいる?」


俺と黄泉菜、二人して目を細めてよーく見ると、、、、






見たことのある人、心理部の部員で部長を務めている……


「ち、知恵先輩!?」




海先輩の腕にくっつくように、智恵先輩がいた。


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