第39話 お互いの思考とバケーション(2.5)

黄泉菜の部屋に案内された俺は、どう行動していいかわからずに少しの間正座をしながら、黄泉菜の部屋を見渡すのだった。



(おぉ、これが女子の部屋か…。色も明るくて綺麗に整頓されている。そして何より……)


俺はスンスンとかすかな音を鼻から出しながら部屋の匂いを嗅ぐ

側から見ればただの変態だが…こんな経験はもう二度とかないかもしれない。

そう思うとやっておかなければという漢(おとこ)の考えがそこにはあった。


幸い、黄泉菜は俺を見ていない。

これが唯一の救いだ。



(やっぱりいい匂いだ…!黄泉菜から香ってくるあの香りはこの部屋のものか!)


以前から黄泉菜の香りに惹きつけられていたが、そのいい香りのもとはここから始まっているんだとわかった。



「ところで、今日神奈子が壮太くんと話したいって言ってたけど…よかったかな?」


いきなり振り向いてくる黄泉菜に驚いた俺は急いで香りを嗅ぐのをやめる


バレたかもしれない…が、バレた時はその時だ。


「神奈子…ちゃん?黄泉菜の妹…だったよね?」


「そう。まだ言ってなかったっけ?私、中学一年生の妹がいるの。神奈子だけど『カナ』って呼んでもいいよ。」



俺は「わかった…」と、ソワソワしながらも答えた。


黄泉菜の妹とは今日が初めての顔合わせだが、あまり自分から話しかけるタイプではない俺にとって妹が入ってくる状況はあまりにも過酷なものだ。



(石原神奈子かぁ。カナちゃん…?カナ?神奈子さん…?結局なんて呼べば?)


コミュニケーション能力が著しい俺にとって『人の名前を呼ぶ』という行為は結構なハードルだ。



「…とりあえず妹が来るまで勉強でもしてましょうか。課題もまだ終わってないでしょ?」



好きな人の家の好きな人の部屋、その中で俺は好きな人に課題を教えてもらう……


(なんで素晴らしいんだ!!!)



俺は関心をしながら持ってきたリュックから勉強道具を取り出して机に広げる


たかがゴールデンウィークなのに出された課題は日数にあってないほど多めに出されている。



「そういえば、黄泉菜はもう課題終わってるの?」


課題をしながら、たわいもない話をする。

全くもってつまらなく、平和でフワフワした面白みのない会話かもしれないが、俺にとってこのシチュエーションは是非とも一回やってみたいものだった。


それがもう叶ってしまった…



「それとなくね。レポートみたいなやつは時間がかかりそうだし、めんどくさそうな課題は手をつけてないけど、問題集とかの課題は終わってるわ。」


そう言いながら黄泉菜は俺の方にぐいっと体を伸ばす


「ほら、ここ間違ってる。ケアレスミスはとにかく要注意しないと。」


「お、おう!ありがと…」


急に近寄ってくる黄泉菜に俺は頬を赤らめて答えた。


一応だが『彼女』の家に来ているわけだ。いつまでも平常心を保てるとは思えない。



別に日の光が出ているわけでもないのに何故か俺は妙な汗をかいていた。

それは、おそらく『暑い』の汗ではなく、どこか緊張を隠しきれない表れを示した汗だ。



俺は黄泉菜から教えられた通りの場所を直しながらバレない程度で黄泉菜の様子を伺う。


このパラダイスのような空気感を楽しんでいるのは俺だけなのか。

黄泉菜はそこまでを俺意識していないのだろうか。


そう考えると確認せざるを得ないような使命感に駆られた。



俺は俺の問題集の間違いを探す黄泉菜の顔を伺った。


(黄泉菜…楽しんでる?)


俺には黄泉菜が少し笑っているように見えた。

広角は角度によるが少し上がっているように見え、どことなくこの空気感を楽しんでいるように見えた。


「壮太くんどうかした?」


黄泉菜は俺のペンが長時間止まっていることに違和感を感じたらしい。

俺は黄泉菜を見るのを瞬時にやめて「い、いや!なんでも…」と言いながらまた問題を解き始める。



こんな時間が少し続いた。


一応勉強道具は持ってきたにしても、部屋に入るなり勉強をしなければならなくなるのは少し予想外だった。


(まぁ黄泉菜は大体の課題を終わらせているわけだし、前回勉強をしたから今回は息抜きかと思ったが、ガッツリ勉強だな。)



自分の『遊びたい』という考えをグッと奥底にしまい、俺は勉強に励んだ。




次の問題に入る…

俺は問題の番号をノートに書こうとした瞬間、、、



思いっきりドアが開いた。

大きな音を立てて開いたドアはその開くだけの力をオーバーした分、反動としてかえっていく。


静かだった空間を大音量でかき消された俺は驚きながらその音が鳴る原因のドアの向こうを見た。



そこに仁王立ちで立っていたのは…

ツインテールの美少女だった。


背は低めだが、中学一年生の中では大きい方に見える。

格好も煌びやかな感じではなくアウトドア風の動きやすい服装で、『男子の目線をかき集める美少女』というよりも『元気で明るい子』という部類の子だ。


「かな!もうちょっと静かに入ってきなさいよ!」


黄泉菜が注意するも、神奈子は聞いていないようだった。

俺を見つめて神奈子は「ふーん。ほうほう。」と頷きながら俺の方に寄ってくる。



俺があたふたといきなりの美少女登場に困惑していると神奈子がぐいっと顔を近づけて俺をじっと見つめる



「お、お邪魔してます……」


驚きと、困惑と、色々な感情が混ざってやっとの思いで出た言葉がこれだった。


「かな!壮太くんに失礼でしょ!」


再び注意する黄泉菜に神奈子はにやっと悪い笑みを浮かべて、


「この人が壮太くん?へー、この人が黄泉菜の彼氏かぁ。」



「「か、彼氏っ!?」」



いきなりの発言に俺と黄泉菜、二人ともが息を揃えて同じ言葉を言った。

まぁ一応付き合ってはいるのだが、それはあくまで二人で一緒にいることを他の人に変に思われないための『設定』であって、正式な交際ではないが…


一応付き合っているなら彼氏・彼女の関係になるのか…



「あれ?よみねぇ壮太くんのこと彼氏って言ってなかったっけ?私の勘違い?」


一応彼氏だと言えば彼氏になるし、彼氏じゃないと言えば彼氏じゃなくなるような、そんな中途半端な関係に黄泉菜は少し戸惑いながら、口を開いた。


「か、彼氏…になるのかな。一応だけど、学校ではそういうふうに認識されてるから…」


と、とうとう俺は好きな人から彼氏認定されてしまった。

こんなことはもう、滅多にないだろう。

今のうちに喜びを噛み締めておこう。


「私、よみねぇの妹の神奈子。カナって呼んでくれればいいよ。」


神奈子は俺に軽い自己紹介をしたのちにすぐに質問を繰り出してきた。


「壮太先輩。先輩はよみねぇの事、どこまで知ってるんですか?」


どこまで知っているのか…

それは好きな食べ物だとか、習慣とかではなく、黄泉菜にある『読心能力』をどれだけ知っているかだとわかる。


「心を読める事は知ってる。だけど心を読むことは脳を使うし、それによって疲れが溜まってしまうことも知ってる。それで唯一、俺の心が読めないらしいから無駄な読心を避けるために俺と一緒にいるってことまでは知ってる。」



俺は神奈子に言われた質問通りに答えた。

大体こういう質問が飛んでくることは予測していたから答えに戸惑うことはない。

大方予測済みだ。


神奈子は「ほーん、先輩なかなかに知ってますな。」と言いながら黄泉菜の隣に座る。



黄泉菜は「はぁ…」と大きなため息を一つついて、話し始める



「ごめんね壮太くん。カナ意外と上下関係しずに好き勝手ペラペラ喋っちゃうから…」


「あれ?よみねぇ、それは聞き捨てならないなぁ」



姉と妹、お互い可愛くてお互い違う性格の二人は、言い合いを見ているだけでほんわかする。


(黄泉菜は、言わずもがなお淑やかなお姉さんタイプだ。きっと家族全員をまとめる家族リーダーな存在だろう。)


俺は視線を黄泉菜から神奈子へと移す


(神奈子は、、やんちゃな妹的な感じだ。ちょっと活発的過ぎて家族の問題児になっていそうな存在だろう。)



一人でそんな考察ばかりをしているといつの間にか二人が俺の方を向いている。


「…どうかした?」



「えっと、、なんか一人で何か考えてたから話しかけにくいなぁって。」


「よみねぇのことでも考えてたの?」



「あ、ち、違う!こともない…」


顔を赤くして恥ずかしく話す俺を神奈子はニヤニヤしながら質問する


「先輩、何考えてたんですか?『よみねぇ可愛いなぁ』とか、『妹もよみねぇに似て可愛いなぁ』とか思ってたんでしょ。」


神奈子の先輩いじりに黄泉菜は失礼を感じたらしく、「壮太くんはカナより先輩!いじったりしないの!」と注意しているが、俺はその二人の言い合いを無視して話しだす。



「お、俺は!どっちも可愛いと思います。特に黄泉菜には、たくさん助けてもらってるし…一緒にいる仲間としても俺は、尊敬してます。」


二人が俺の方をキョトンとした顔で見つめる。

でしゃばって話し始めてしまったが、思いっきり注目を集めてしまった。


初夏の生暖かい空気が部屋の中で窓から入ってくる涼しい風と混ざり合って暖かさを緩和する

俺はその涼しさを関係なしに、二人から向けられる視線の圧に押されて冷や汗を垂らす。



静かだった時間が少し続いた後で、神奈子が喋り出す


「先輩、よみねぇはみんなとちょっと…いや、結構特殊な人だけど、それでも一緒にいられる決意はあるの?」


いきなり彼氏彼女の誓い合いみたいなことを言い出す神奈子に黄泉菜は止めようとするが、それを割り切って俺が話す。


「あるよ。逆に俺にできることがあればなんでもしたいと思ってるし、黄泉菜の読心能力が制御できるまでは、俺は黄泉菜と一緒にいるって決めたんだ。」


自分でも恥ずかしいことを言ってることはわかってる。

しかしそれは自分が思っているだけでは伝わらない。

声に出して、相手に伝えてこそだと考えたからの結果だ。




「だってよ。よみねぇ。いい彼氏を持ったね。」


神奈子が膝でツンツンしている先には、顔を真っ赤に染める黄泉菜がいた。



「私からもよみねぇを頼んでもいいかな。今の話を聞いている限り、よみねぇを利用しようとか、軽い気持ちで付き合おうとしてる訳じゃなさそうだし、これからもよみねぇを頼んでもいいかな。」



黄泉菜の方を向くが、黄泉菜は顔を真っ赤にしたまま何も話さない。

おそらく俺の話を聞いてオーバーヒートしてしまったようだ。


…そういうところも含めて改めて黄泉菜が可愛いと思う。


「僕でよければ…だけど、、、」


神奈子はモジモジしながら答える俺を微笑みながら見た後に、

「じゃあ私は聞きたいことも聞いたことだし、自分の部屋に戻るよ。黄泉菜も、壮太くんどうか仲良くね。」



とだけ言って颯爽と去っていった。





顔を真っ赤に染めた黄泉菜と、急に登場して勝手に帰っていく神奈子のペースにまんまと乗せられた俺は、二人だけになった空間で沈黙を有していた。


しばらくして黄泉菜の顔色もだいぶ治ってきて、ゆっくりと話し始める。


「カナ…言わなくてもいいことばっか言って、、、挙げ句の果てにはあんなことまで…」


黄泉菜はまたさっきの話を思い出したらしく、再度顔を赤らめて恥ずかしがった。


俺は「まぁまぁ…」と言いつつも、流れ的に海先輩の真の目的である『家族に使う読心能力の安全性』を書き出すことにした。


あくまでこれが真の目的…け、決してイチャイチャして鼻の下を伸ばすだけの一日を過ごす訳じゃないからな!



俺は黄泉菜を対面に、その話を持ち出した。


「その、読心能力のことだけどさ。やっぱり家族関係でも勝手に発動とかってするの?」


黄泉菜もだいぶ落ち着きを取り戻したらしく、大きく深呼吸をして熱を持った耳をプニプニ触りながら話す。


「家族間ではあまり抑えることをしてないわ。家族の中だとみんな私が心を読むことができるのは知ってるし、私自身も家族の中なら無理に制御しなくてもいいかなって思ってる。」



(一応家族の心も読めるのか…)


俺は引き続き質問をする


「それって家族の人は嫌がらないの?なんか、その、心を読んだことでトラブルになっちゃったとか…」


「まぁ…最初の方はあったわね。けど今は家族のおきてがあるから大丈夫。」


「家族のおきて?」


「そう。心を読んだとしても決して口に出してはいけないってルール。たまに喋っちゃうこともあるけど、大抵はそれで大丈夫よ。」


(それはそれで精神使うんじゃないのか…?)


ふと疑問に思ったが、それはまた後で話すことにした。


「でも、今は壮太くんもいるから学校でもだいぶ楽になったし…その、頼りには、、してる。」


モジモジしながら黄泉菜は小さな声で呟いた。


(た、頼りにしている!?だと!?)


それは好きな人から認められたと言っても過言ではない。

俺はその言葉を何度も何度も頭の中で循環させて喜びを噛み締めた。



「一応聞くけど、家族間だと読心能力による脳の疲れとかはあまりないってことでいい?」


「そうね。だからだいぶ心にはゆとりがあるかも。」


海先輩からのお題も無事クリアして、俺は今日一日を最高の思い出として楽しむことができた。









「今日はありがとうございました。」


帰り際、玄関では黄泉菜と神奈子が見送ってくれた。


「なにかしこまっちゃってんの先輩。またいつでも遊びに来てよ!私もよみねぇの話聞きたいし!」


相変わらずフレンドリーな態度を取る神奈子に黄泉菜は「こら!先輩だから!」と言いながら神奈子の頭をコツンと叩く。


それにオーバーリアクションをして「よみねぇ痛いよぉ」と神奈子が言う。



普段もこんな感じなのだろうか。

もしこれが普段の感じならば、いつまでも見ていられそうなほのぼのとした光景に俺は自然と笑顔になった。


「それじゃあ今日はありがとう。また、遊べる日があったら来てもいいかな。」


黄泉菜が返答しようとするのを遮って神奈子が割り込む

「もちろん!ウチの両親もよみねぇの彼氏のこと気にしてたし、いつでも遊びに来ていいよ!」


「あなたが叱る必要ないから!」


黄泉菜はもう一度、神奈子をポコンと叩く。

そして「まったく…」と呟いた後に、


「いつでも遊びに来てね。」

と言って俺に微笑んだ。


その誰もが見惚れてしまうタンポポのような美しい笑顔に、俺自身も元気になれる。



「ありがとう。それじゃあ。」


俺はその言葉を最後に、黄泉菜の家を去った。


振り返ってみると二人が手を振っている。

俺は手を振りかえして、そのまま帰っていった。






まだ日が欠けるのが早いこの時期の夕日をバックに、俺は上機嫌で帰っていった。














壮太が帰って、玄関の扉を閉めた黄泉菜が自分の部屋に戻ろうとした時、神奈子に止められた。


「よみねぇは壮太くんのこと、好きなの?」


その純粋で、好奇心で聞いてきた妹の質問に黄泉菜はビクッとして動きを止める



少し沈黙が続いたのちに黄泉菜が話し出す。

「今は…わからない。信頼のできる友達って言えばそうなるし、好きなのかって聞かれると好きなのかもしれない。だけど、今この感情は持ちたくないなって思う。」


「なんで?」


「それは…、私がちゃんと読心能力を制御できるようになった時に、改めて告白できればいいなって思ってるから。」


「それって…」


そこまで神奈子が言ったところで黄泉菜は神奈子の心を読んでしまったらしく、


「わー!違う違う!今好きってわけじゃなくて!読心能力を制御できるようになる頃にはもう好きになってるんじゃないかって話で…」



「わかってるよ。けどウチ、よみねぇと壮太先輩の恋、応援してるから。」

神奈子は黄泉菜を応援するように、優しくその言葉を投げかけた。


黄泉菜のその言葉に安堵し、

「ありがとう。」と、微笑みながらお礼を言う。





心が読める女の子と、唯一心が読めない男の子

今宵、その二人はまた一つ距離を縮めていくのだった。

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