第37話 お互いの思考とバケーション(1)

肌寒い風もだいぶ落ち着くようになり、季節は夏シーズンの準備段階に移行していた。





ゴールデンウィーク初日


俺はというと、黄泉菜と図書館に向かって歩いていた。



「初日から勉強…かぁ。」


「いざとなったら私が教えますし、早く終わらせた方が後々楽ですよ?」


俺が少しガッカリしている姿を見て黄泉菜が励ますように俺をフォローする。


海先輩が作ってくれたゴールデンウィークのスケジュールには初日から『図書館で勉強』と、書かれていた。



「俺、あまり詳しく図書館の位置を把握してないんだけど…この道であってる?」


いつも登校している道とは少し離れた、未知の領域を俺は黄泉菜と歩いていた。


「私は数回行ったことがあるからおそらくこの道で合ってると思うんだけど、」


そう言いながら黄泉菜は少しだけ歩くスピードを遅くして辺りを見回す。



「うん。たぶんこの道であってるわ。もう少しで着くと思うから。」



俺は唯一道を知っている黄泉菜を頼りにして後をついて行くだけだった。



二人の歩幅はそれぞれ大きさが違うが、お互いがお互いに合わせあって均一なペースを保っている。



「あれじゃないかな?」


黄泉菜が指さした方向に目をやるとそれらしき建物が見えてきた。


俺は左ポケットからスマホの画面がギリギリ見える程度に抜き出して時間を見る。

時刻は午前八時五十分、図書館の開館時間の九時に間に合いそうだ。



図書館の入り口付近はおそらく自習室を使うであろう人たちが会館を待っていた。


図書館まで一直線のところでどこか見覚えある人影を見つけた。



「あれは…海先輩?」


黄泉菜がいち早く海先輩に気づいた、


俺はというと若干目が悪いのでまだ海先輩なのかわからない。

顔がしわくちゃになるほどに目を細めるとなんとなく海先輩っぽい人がいるのが目に入った。


普段制服姿の海先輩が、ラフな格好で出会うと何か新鮮な感じがする。


「海先輩も図書館を使う…のか?」


「それか、私たちが無事にスケジュール通りに動いてくれているのかを知るために来たのかもしれませんね。」


お互いに考察してみるが、結局海先輩本人に聞くのが一番だと考え、俺と黄泉菜は海先輩の元へ駆け寄った。



「海先輩おはようございます」

「海先輩もここに用があってきたんですか?」


海先輩は俺と黄泉菜を確認すると左手につけてある少し高そうな時計を見て話し始める


「時間通りだな。まず、俺が勝手にスケジュールを決めちまって悪かった。そして、そのスケジュールに従ってくれてありがとうな。」



話の内容からして海先輩がここにいる目的はおそらく『俺と黄泉菜がスケジュール通りに動いているかどうかの確認』だ。


「そんな…!私は海先輩に助けてもらってる身なのでむしろスケジュールを決めてもらってることに感謝しかないです!」


黄泉菜は感謝の言葉を海先輩に送ったのちに俺の方を向く


「そして、こんな私の読心能力を制御するために壮太くんを巻き込んじゃってごめんね。」


黄泉菜は自分に責任があるように話すが、海先輩の過去話から読心能力は自分で簡単に制御できるようなものではないことぐらいわかっていた。


だからこそ俺は黄泉菜と一緒にいることに抵抗感がないんだと思う。

それ以外にも理由はあるが…それは触れないでおこう。


「いやいや全然いいよ!どうせゴールデンウィーク中、だらだら家でゲームして過ごしてそうだったからむしろ俺の方が感謝する方だよ!」


表面上の気持ちはそれであってるのかもしれないが、心の奥底で黄泉菜と一緒にいられることに喜びと嬉しさを感じている自分がいるのもなんとなくわかる。


黄泉菜の読心能力を制御するのを目的として一緒にいるのなら、今のような感情は恋愛の元になってしまうのであまり考えないようにしているのだが…

どうもそう簡単に感情というものは断ち切れるものではないらしい。


結局この感情に触れてしまった俺は黄泉菜や海先輩にバレない程度に心の奥底でヘコむのだった。



「今日はゴールデンウィーク初日ってこともあってちゃんとスケジュール通りに動いてくれているかどうかを見に来たんだが…心配しなくても大丈夫だったな。」


海先輩は俺、黄泉菜の順番に視線を移してその後軽い笑みを浮かべた。


海先輩に信頼されるのは一つの大きな目標を達成した時のような嬉しさがあった。


「それで、これから海先輩はどうするんですか?私たちがスケジュール通り動いているのと確認したから帰るんですか?」


風になびいて荒ぶる髪の毛を押さえながら黄泉菜は聞いた。


「いや、流石にそんなことはしないさ。俺もーーー」


そこまで喋ったところで図書館の扉が開いた。


俺は咄嗟にポケットからスマホを取り出す。

反射的に作動するそのスマホのロック画面にはすでに九時になっている画面が映し出された。


「ここまで来たなら俺も自習室使って勉強した方がいいだろう!」


そう言って海先輩は俺と黄泉菜の肩に手を置いて「早い者順だぞ?」と、少しだけ煽るように呟いて図書館へと入っていった。



「ちょっ!ちょっと待ってくださいよ!」


俺と黄泉菜も海先輩の後を追って図書館に入っていくのだった。














図書館に入った俺と黄泉菜はちょうどいい二人席を見つけ、そこを1日限りの拠点にした。


海先輩というと、すぐ横にある一人専用のスペースを陣取っていた。

海先輩が後ろを振り向けばすぐに俺らを監視できる、そんな場所に海先輩は居座っていた。


(…この空間でのこのメンツ、なかなかに緊張する!)


隣には俺が入学式……には参加できなかったが登校初日からずっと気になっていた異性、もう片方には同じ部活の部長……ではないものの、心理部の中ではトップの成績を残している有名人。


そんな中で取り組む勉強は一段と脳に入っていくような気がした。



だが、それはあくまで復習の忘れていた範囲、問題集を開いて数問で壁にぶつかった。



(お、おぉ…俺の嫌いなヤツ…!)


授業では確かにできていたものの、どこかで疑問に思っていたものまでも、そのままにして授業のペースに流していた問題もあったのかもしれない。

それが積もり、壁となって今の俺に立ちはだかっているようなものだ。


しばらくその問題の睨めっこをし、唸りながらペンをカチャカチャと回していると、隣から折り畳まれた紙が一人でに動くように俺の方にやってきた。



それに気づき、反射的に隣を見ると黄泉菜がその折り畳まれた紙を指差している。


俺は少し疑問に思いながらもその紙を開いてみる。



折り畳まれた紙の中には、

「わからない場所があったらいつでも聞いてね。」

と、小さく可愛らしい文字で書かれていた。



俺は咄嗟に黄泉菜の方を向く。

黄泉菜は柔らかい笑みを浮かべながら「わからなかったら、私に頼ってね?」と、ふんわりとした小さな声で俺に語りかけてきた。



(か、神だ…いや、この子は女神だ……)


問題に苦戦している俺を見て、黄泉菜は自分にできることはないかと考え、そしてこうやって俺に教えようとする…

その姿は女神以外の言葉に何も当てはまるものはなかった。



「じ、じゃあここの問題なんだけど…」


図書館ということもあって、できるだけ最小限の声で黄泉菜とやりとりをする。




こうして俺は、黄泉菜の助けもあって予想以上に早く目標の課題を終えることができた。

もちろん、わからないところは黄泉菜に教えてもらだたので理解していない問題はほとんどない状態にまで俺の脳が仕上がっていた。



(予想以上に早く終わったのも黄泉菜のおかげだけど…高校生になって一気に難易度が上がった問題を、授業ペースに飲み込まれずに頑張っている黄泉菜もすごいな……)


わからなかった問題がパラパラとあるにもかかわらず、黄泉菜はその問題を何のシンキングタイムも要さずに俺に解説してくれる。

片や俺はというと、その黄泉菜がしてくれる解説に相槌をしながら解き方を思い出すばかりであった。



(たった一ヶ月でもここまでの差が開くのか…これは同じ学校の生徒として、負けていられないな。)


俺の心のどこかで、黄泉菜をライバルとする勉強心が芽生えたような気がした。












図書館も閉館する午後五時になり、俺と黄泉菜、海先輩はそれぞれ図書館の入り口から出た隅の方で集まっていた。


「と、まぁこんな感じで後三日、俺のスケジュール通りに動いてもらうんだが…どうだった?何か改善して欲しい点とかがあればその後の予定を見直して再度作り直すこともできるが…」


海先輩は何かの台本を見ているかのようにスムーズに話す。


「全然大丈夫です!むしろ助かってます!普段はあまり図書館に行って自学とかしてなかったのでいい経験もできました!」


俺はありのままの感情を言葉に移し替えて海先輩に届けた。

海先輩も「ならよかった」と安心した声のトーンで呟き、頷いた。



「それじゃあここで解散って感じでいいか?後三日あるんだし、俺も今日みたいにご一緒することもあるから、くれぐれも「課題サボって遊んでました〜」とかの報告はいらないからな?」


海先輩は最後まで俺らのことを気にかけ、そのまま歩いて帰っていってしまった。




「じゃあ…私たちも解散します?」

「そう、だな。とりあえず、今日は勉強教えてくれてありがとうな。」


黄泉菜は不意に褒められたことに動揺を隠しきれずに少し顔を赤らめていたが、

「勉強のことは私に任せて、頼りっぱなしも嫌だからね。」

と、言った。


俺はその言葉に反応しようと口を開いたが、それを遮るように黄泉菜が続けて話し出す。


「まだ後三日あるわ。壮太くんにはゴールデンウィークを私だけの予定で操っちゃって悪いけど、正直私の読心能力を制御するためだけに私に付き添ってくれることを言った時、すごく、嬉しかった。」


俺は開きかけていた口を紡いでそのまま黄泉菜の話を真剣に聞くばかりだった。


「だから、私も何か恩返ししたいなって…今日はこうやって勉強を教えるって形で恩返ししたけど、正直まだ私は壮太くんに頼ってばかり、でも、いつかこの読心能力が制御できたらその時は……」


そこまで言って黄泉菜は口をモゴモゴさせた。


そこを俺は隙をついて喋り出す


「別に俺は、恩を返して欲しくてやってるわけじゃないよ。俺も黄泉菜に協力したくてやってるわけだし、俺自身も黄泉菜といられて嬉しい。だからこそ、そういう「恩を返そう」なんてこと考えるなよ。」



そこまで言ったところで俺と黄泉菜は沈黙に入り、しばらく何も言わない状態が続いた。


五月の落ちていく夕日はまだ早い時間にも関わらずに景色を赤色に染め、夜になる支度を始めていた。



「帰ろっか。」

俺はその言葉で今日一日を締めくくった。











まだ黄泉菜とはなにか別の壁を感じてしまう…


このゴールデンウィークの中で、俺は改めて黄泉菜の性格や、考え方、思いが知れた気がする。


まだゴールデンウィークは始まったばかり、




俺は図書館で席を取る前に海先輩にもらった一枚の紙の言葉を深く心に刻んだ。

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