第33話 自分自身の思考と知らない世界《2》
先生、生徒ともに大半の人が委員会の集合によっていなくなった静かな廊下に隣接している一つの教室。
そこにたった三人が教室の中央で向かい合いながら座っている。
海先輩は少しだけ椅子を後ろに下げて、足を組んでから口を開いた。
「まず、壮太。お前は何の要件だ?」
「そうですね…えっと…」
話をするために開けてもらった時間なのにいざ海先輩の辛い過去を深掘りすることを考えると何だか自分が申し訳なく感じる
モゴモゴと口の中で言葉が詰まっているのを海先輩は見逃さなかったらしい。
「なんだ?せっかく部活も休んでいることだし、俺のことは全く気にするな。」
海先輩は後輩に優しくしてくれるが、今回ばかりは優しくされるごとに申し訳なさを感じてしまう
(でも、せっかく開けてもらった時間だし、自分で話題を提示しない限りこの件は進まないよな…)
少しだけ躊躇した自分の感情を押しのけて話す
「先輩の過去の話…心が読める人についての話なんですけど、いいですか?」
「なんだ?急にどうした。また黄泉菜と言い争いとかでもしたのか?」
言い争い…なのか正直わからないが、海先輩はなんとなく俺が聞こうとしていることを読み取ってくれたようだ。
「まぁそんな感じですかね…やっぱり黄泉菜が頑張って読心能力を制御しているのを見て、俺も何かできないのか、って考えちゃうんです。」
海先輩は「まぁそんなことだろうと思ってたよ。」とだけ言って組んでいた足を直して前屈みになる
「ふぅ」と素早い一息をついて話し始める
「これはあくまで俺の予想だ。予想だから決して効果があるわけじゃない。この『読心能力』というやつは病気でもなければみんなが持っているような特性でもない。」
「と、言いますと?」
「『読心能力』というものは完全に無くすことはできない。だから正直第三者がしてあげれることはないと思った方がいいと思っていてくれ。」
海先輩の声はいつも以上の重圧さを感じた。
「まぁ、どうしても何かしたいってことならばお前にできることは黄泉菜に寄り添うだけ。それが最善策だ。」
そこまでを呟くように言ってから椅子の背もたれにもたれてぐーっと背中を伸ばしながら「さてと…」と言い出す。
海先輩が素早く話を切り上げて次の話題を提示しようとしたが、それを拒むように俺は海先輩に引き続き質問をした。
「海先輩なら、人の心が読める人の研究をしていたんですよね?それならなにかしてあげると良いこととか、するべきだったこととか、そういう行動ってないんですか!?」
いつも以上に話を掘り下げる俺に若干の違和感を感じていたようだったが、海先輩は少しだけ考えたのちに話してくれた。
「だから、、俺が心が読める人と一緒にいて一番後悔したのは『そばにいられなかった』ということだ。それが原因で命を落としてる子がいるんだ。俺は人の命の重さを感じきれてなかったんだって…死んでしまった日に気付かされたよ。」
「…そうですか、、、」
ネタでもないすごい空気が立ち込めている中で、未だに何も状況がわからない優馬はただ二人の会話を言葉一言も発することなく黙って聞くのみであった。
「ただ…他に何かできることといえば、『黄泉菜と一緒にいて気になったところ、気を遣っているだろうなと感じているところなどはメモ帳などに書き留める』ことをお勧めするよ。」
海先輩は俺に何かできることがないかを真剣に考えてその答えを出した。
「それって…」
その行動にはどこか親しみを感じる
「あぁ。俺がゆずと一緒にいる時によくやってた事だ。俺はよくノートパソコンを持ち歩いているからそれで書き留めていたが、まぁどちらにせよ書き留めていたことは確かだ。」
「それがまた新しい解決策になったりするってわけですね。」
「まぁそうだ。正直俺だって最初『人の心が読める』なんて言われても信じられなかったし、それこそ病院に行ったとしても変なやつだと思われて追い出されるだけだ。だからこそ俺らが手探りで解決策を見つけるしかないんだよ。」
海先輩はもう一度椅子にもたれかかって足を組んだ。
「優馬。お前も他人事じゃないからな。」
急に呼ばれた優馬はビクッと反応して驚きを隠せないかのような声で「ぼ、僕ですか?」と答える
「優馬のは『読心能力』とか言う簡単に説明できるようなものじゃないからなぁ。『感情ごとに周囲に影響を及ぼす能力』って言ってもまだ説明しきれてないような気がするんだよなぁ…」
海先輩はバレないように小さくため息をついた。
「その事も聞きたいんですけど…」
ちょうど海先輩、優馬が揃っている状況で優馬の能力がどうなものかを聞かないなんて選択肢はない。
「ん?そういえば壮太には優馬の能力を言ってなかったか?」
「はい。『読心能力』ってわけないですし…でも海先輩が対応してるってことは何かしら『心理』と言うものに関係してるのかなぁって考えて…そうなると何の能力なのか気になって…」
後半からぼそぼそと独り言のように呟き始めたので海先輩が「おーおー、わかったから一回落ち着け?要するに優馬の能力が知りたいんだろ?」と俺の言葉を区切った。
「その前に優馬。お前は俺に何の用があったんだ?」
優馬は海先輩を呼んだ理由を忘れていたらしく、少しの間動かなくなったが、急に思い出して少し早口で喋り出す
「思い出した!この異質能力のことなんだけど、また暴発しちゃったらしくて…」
海先輩はそれを聞いて抱いたし察しがついたようで、すぐに優馬に命令した。
「優馬、悲しみ。」
すると優馬は少し俯いたと同時に一瞬で周りの空気をガラッと変えた。
(まただ!海先輩が来る前に優馬から感じたあの悲しみの威圧だ!)
いるだけで何故か自分も悲しくなってくるような、そんな空間が教室一面を覆う
「優馬、喜び。」
次に海先輩が命令したのは『喜び』だった。
すると瞬時に優馬は俯いた顔を上げて満面の笑みを浮かべてニコニコした。
瞬時にあの悲しみの威圧が消え、次に来たのは喜びの威圧だった。
(初めての感じだ!なんというか…)
超楽しい!
喜びの威圧はいるだけで自分も元気になってくるような…そんな感じの威圧だった。
体も軽くなったような気がして正直ずっとこのままでもいい気がする
「優馬、怒り」
次に海先輩が命令したのは『怒り』だった。
優馬はまた少し俯いて感情のスイッチを切り替えた。
(うっ!?あ、あれだ!あの屋上の時の威圧!!)
怒りの感情からなるこの威圧は、優馬と初めて出会ったあの屋上と全く同じ威圧だ。
蛇がこちらを睨みつけてくるような、それでいて体が何かに直視されているような不快感、そして重量が倍増したかのように重たい体は全て優馬から出る威圧のものなんだとわかった。
「終わり。どうだ?少し楽になっただろう。」
海先輩の終わりという言葉に優馬も感情を引っ込める。
瞬時に周囲の威圧は四方八方に分散するかのように消えていった。
「おぉ…なんかスッキリした。ありがとう!」
優馬は自分の感情が安定したらしく、周りに影響を及ぼさない程度に上機嫌だった。
「まぁ優馬の能力は周囲に影響を及ぼすからなぁ…一人の時間帯だったり、この能力を知ってる人、俺だったり壮太がいる場所とかで少しだけ発散するのがいいと思う。」
海先輩は優馬の能力を自分なりに分析してアドバイスを与えている
ここまで来ると海先輩は医者みたいだ。
「でも、それだったらいつまで経っても治せないんじゃないの?」
不意に優馬が疑問を投げかけた。
確かにそうだ。
優馬はおそらくだがその能力をもう少し制御するために海先輩に治してもらうように来たわけだが、制御するどころか能力を使っている。
「確かに発散するには能力を使わざるを得ないが、我慢をしすぎて歯止めが効かなくなった場合が一番体にも悪影響を及ぼすからな。体力作りのための過度な運動は体を痛め、怪我の原因になったりするが、軽い運動を長く続ければ徐々に体力がついていくのと同じ仕組みだと思ってもらっていい。」
海先輩は例えを用いて詳しく説明する。
(おぉ、なんてわかりやすい!)
海先輩、本当になんでもできそうで怖くなってきた。
「こんなもんでいいか?二人とも質問することはないか?」
そう言って海先輩は時計を見る
時刻は五時半を過ぎたところだった。
「この時間帯だと部活に行ったところで何もやらずに終わりそうだな…」
海先輩はぼそっとその言葉を呟いて椅子から立ち上がり、机を元あった位置へと戻す
「今日は解散だ。優馬はこれから何かあるのか?」
「今日は学校に戻って休んでた時間帯の授業内容を聞かなきゃいけないからまだ帰れないかな。」
優馬はリュックサックをぐるんと回して勢いよく背負う
「壮太は黄泉菜と一緒に帰らなきゃいけないんだろ?こんな時間まで大丈夫なのか?」
「黄泉菜は今日、委員会らしくてもうそろそろ終わる時間なので少ししたら帰ります。」
海先輩はその情報を得るなり壮太にバレない程度にニヤッと悪い笑みを浮かべて
「そうか。それなら俺も壮太組と一緒に帰ろうかなぁ。」
と呟いた。
正直海先輩とは仲がいいし、こちらこそウェルカムなので断る理由もなく「もちろんいいですよ!黄泉菜もひさしぶりに海先輩と出会えるのは嬉しいんじゃないんですかね。」と即答した。
「あ、ついでにだけど…コンビニでグミ買ってくれない?」
「…海先輩、時々ブラックですね。」
海先輩にグミを買って帰る約束をして、俺らは元いた教室を後にした。
人の心が読める
第三者がそのことを聞いたらどんな反応をするだろう。
「いいなぁ。」「ずるいなぁ」「欲しいなぁ」
どうせ他人事でこの言葉が飛び交う。
ただ、もしそれが本当に使えるようになったらどうだ?
能力なんて自分の思うようにもらえるものじゃない。
人の心が読める能力が制御できなかったら?
(壮太、お前にはもう少し頑張ってもらうぞ。)
壮太と黄泉菜、二人が前に立って帰っている背中を追って、海先輩は思うのだった。
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