第32話 自分自身の思考と知らない世界《1》

(黄泉菜、大丈夫だったかなぁ…)


自分の部屋のベッドで一人、仰向けになりながら今日の出来事を考える


今日の出来事…

お互いに信頼することはこんなにも難しいものだと気づいた日だった。


信頼していてもどこかですれ違うこの気持ちは、絶対に合わせることができない。


だからこそ『合わせる』という言葉があるんだと思った。


「でも、黄泉菜は俺を俺が思っている以上に信頼してくれていた。何もできてなかったのは俺じゃねぇか…」


これを黄泉菜に言うと「一緒にいてくれることで十分だよ」と、言われそうだから黄泉菜の前では言わなかったが、実際それだけじゃダメだと自分は思う


だからこそ何をすればいいのか

それを以前の俺は考えなかった。

その時点で黄泉菜の仮彼氏として失格だ。


「黄泉菜が一番頑張ってるのに、その隣で俺はただ見守ってるだけでいいのかよ…」


ボソッと呟く。


黄泉菜のために何かをしたい

黄泉菜が早く制御できるように俺も協力したい。


だが、考えるだけで何も出てこない



自分の頭の後ろに回していた手をクグッと伸ばす


ゴッッと、少し鈍い音をたてながら伸ばされた手によって押し出されたスマホがベッドの隅に当たって鈍い音を出す。


急に固形物が手に当たったのでちょっとびっくりしてスマホの方を見る


(スマホか…)


そのまま少しの間ボーっとしていたが、ガバッと起きてベッドの端っこのスマホ目掛けて勢いよく手を出して掴んだ。


「海先輩の過去の話だ…!海先輩にはあまり思い出したくない過去を掘り下げて聞くから申し訳ないと思うけど、海先輩も経験したことなら心を読める子に対して何をすればいいのかを知ってるはず…」


海先輩のLINEをすぐに開き、早く、そしてタイピングミスをしないように海先輩に向けてのLINEをする


送信して少し待つと、すぐに既読がついた。


帰ってきたLINEは

「まぁいいぞ。心理部の隣の空き部屋でいいか?俺は委員会があるから少しだけ遅れる。明日は優馬もいるが、大丈夫か?」

という了解の言葉だった。



海先輩は最初のイメージとは違ってとても後輩の面倒見が良い。


俺は即座に

「全然大丈夫です!わざわざ時間を作ってくれてありがとうございます!」

と返信した。


(海先輩の話を聞いて少しでも黄泉菜の力になれればいいんだけど…)



黄泉菜が頑張っている以上、自分も頑張らないといけない。

その根強い意気込みをもって明日を迎えることになった。











(確か…心理部の隣の部屋だよな。)


授業が終わり、掃除の時間となった。

正直掃除をサボってすぐに話を聞きにいきたいところだが、あいにく海先輩が委員会で遅れるのでこそまで焦る必要はない


(そういえば黄泉菜も委員会って言ってたな。)


黄泉菜は文化委員。

いろいろな仕事があるので毎回の委員会集会で文化は遅くなるらしい。


(黄泉菜と一緒に帰ることが最低限俺がしないといけないことだから、黄泉菜も委員会で遅くなるならどちらにしてもいいタイミングだったってわけか。)


俺はなるべく早く掃除が終わるように最低限の掃除だけをして急いで部室の隣へと向かう。



今日は委員会集会があることもあって人とあまりすれ違わない。


そのままスムーズに心理部の隣の教室に着いた。


チラッと心理部の方を見てみるが、今日はいつも早く心理部の部室にいる海先輩が委員会でいないのでまだ部室は空いていない。


(そういえばしばらくの間行けてないな。)


黄泉菜の読心能力を制御するために海先輩から、部活に行かずにそのまま直帰しろと言われ最近は部活の有無関係なしに直帰することが増えている


(竜とかみんなと仲良く心理部のやってるかな…他にも智恵先輩にもいろいろお世話になってるし、またいつか顔を出せる日があれば少しだけ参加させてもらおうかな。)


今はまだ完全に制御できる目処が立っていないが、いつかまた、黄泉菜を含めた心理部のメンバーで楽しんで部活できることを心から願うばかりだ。


隣の部屋は明かりがついていて、人の気配もある。


扉を開いて、教室の中の人を確認する。


そこには海先輩の言った通り優馬がいた

だが、明らかに前回と様子が違う


机に伏せてピクリとも動かない。


前回の屋上の時に出会った優馬とは違って今回は…プレッシャーは全くなく、むしろひっそりとして、大人しい姿だ。


「優馬…くん?」


声をかけながら近寄ってみるが、机に伏せている優馬は全く反応しない


(なんだろう…寝ているだけなのかもしれないのに、溢れるばかりの悲しい気持ちはなんだ!?)


伏せている優馬を見ると何故か自然と自分が悲しくなってくる

それは自分自身のことではなく、優馬に影響されているものなのだと瞬時に理解できた。


「優馬?大丈夫?どうした?」


俺はどう対応していいかわからず、とりあえず慰めるように優馬の背中を撫でて優しい言葉を呟く


優馬は伏せた中でかすかに「うぅ…」と唸っているのが聞こえた。


「大丈夫。何があったんだ?」


俺は優しい声で接する



するとゆっくりと優馬が起き上がる


「大丈夫?」


優馬はあたりを見渡して俺の顔を見るなり

「あ、壮太。どうしたの?」

と、平然とした態度で接してくる


「あれ?優馬、泣いてたんじゃなかったのか?」


さっきまで優馬に見られた悲しい気配はすっかり消え、いまは本当に何も感じない。


「あー、少し感情が漏れてるね…」


優馬は自分の頭を少し掻きながら小さくため息をする


「いま、壮太が僕に影響を受けたのは僕の『悲しみ』の感情。僕は特に感情を表に出してなかったけど…何か感じた?」


「まぁ、なんていうか、屋上の時のプレッシャーとは違って今回のは、慰めたくなるような、空間が悲しい気持ちになってた。」


自分でも何を言っているのかわからなかったが、あの状況に一番相応しい言葉を選んだ方だ。

実際、さっきまでのあの悲しみの空間という何かは、言葉では説明できないくらい繊細で、しんみりと相手の悲しさが伝わってくる『何か』だった。


「まぁそう言う感じになるね。今のが僕の『悲しみ』の感情かな。前にも海さんが説明してたように、僕には感情ごとに性格があるらしい。」


「多重人格ってことか…」


たしかにこれまで出会った優馬は誰も同一人物とは言いがたい別の人のようだった。


「多重人格っていうのもまぁ当たりなのかもしれないけど完全に人格が奪われてるわけじゃなくて、感情が性格を作ってるみたいな…そんな感じなんだ。」


そう言って優馬は目を瞑る


「…多分壮太が感じたのは僕の『悲しみ』今日は特に悲しいことはなかったけど、前回の悲しみが大きかったのかな…」


そう言って優馬は目を開ける


瞬間、空気がまたあの『悲しみ』の空間へと変わった。


「まただ…この冷たい空気、本当に優馬の感情だけで動いているものなのか?」


楽しそうにするだけで罪悪感が湧いてくるような、どうしようもないこの空気は優馬を見るとそこから伝わっているのがよくわかる




「人がなるべく早く委員会を済ませてきたと思えば壮太、優馬の感情で遊ぶなよ。」


声がした方を向くと、少し息が荒れた海先輩が開けた扉にもたれかかって立っていた


「あ、海さん!」


優馬の元気な声と同時に周囲の『悲しみ』の空気は一瞬にして消える



(やっぱり屋上のときの威圧感といい、さっきの悲しみの空間といい、優馬は相当珍しい何かを持ってるな…)


自分の『思っていることを勝手に言ってしまう』ものがちっぽけなものに感じてしまう




「とりあえず机を繋げて座れ。今日は部活を休む予定だったから話そうとしていたもの全てをぶちまけてくれ。」


そう言って海先輩は俺たちの方に来て俺と優馬の肩を叩いて「すぐに準備だ。」と、言って話し合いのできる場所を作り始めた。


俺と優馬も海先輩に続いて話し合いの会場を作り始める


ただ机を繋げただけのシンプルな会場が完成した。



海先輩はそこに腰を下ろして足を組んで一息ついた。







「それでは、第一回途中経過発表をしてもらおうか。」








少し夏の気候が戻りつつある中、少し蒸し暑くなった教室の中で海先輩が仕切る「途中経過発表」が始まった。




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