第31話 これからの思考と分かち合い

海先輩から教えてもらった『黄泉菜の読心能力を治す計画』を始めてから数日が経った。


相変わらず黄泉菜は制御することに苦戦しているらしい。


「…黄泉菜さん、大丈夫ですか?」


普通に帰っているだけだが、今日はやけに人が多い気がする


「あ…ちょっとね。」


黄泉菜は表情を硬くしながら俺の方を見て口角を上げようとする。


「無理はしないでくださいね?いきなり治ったりするものじゃないと思うので、少しずつ治していきましょう。」


俺は黄泉菜に真剣に話すが、黄泉菜はなにか不機嫌そうにしている。


「…最近私に対して敬語だね。やっぱり私の事、気を遣わせちゃってるみたいだね…」


黄泉菜はもう一度苦笑いをするが、やはりあの癒される笑顔ではなく、どこか苦しそうなのを隠すような表情だった。


「ああ、えっと、、そうだ!今はどんな感じなんですか?」


俺は敬語の話題を避けるかのように話題を変えた。

最近自分でも薄々気づいていることを言われるとなんて返せばいいのかわからない。



黄泉菜は強引に話題を変える俺に少しの違和感を覚え、何かを言いたそうだったが質問に答えた


「えっと…少し遠い人のなら読まないけど、やっぱり近い人だと勝手に読んじゃうかも。」


そう言ってすれ違ったサラリーマンをチラッと見て話す


「今のも、ちょっと読んじゃった。」



元がどうだったのかを知らないので何も言えないが、海先輩と比べると黄泉菜がどれほど深刻なのかがすぐにわかる


「…だいぶ重症だね。」


本当に自然に、ボソッと本音が出た。


「…うん。」


黄泉菜は不安そうに、そして悲しそうに返事をする。


もちろんその理由は俺にあるわけで、その原因がさっき自分が口にした言葉だと瞬時に理解した。


「なんか物騒な事言っちゃってごめん!」


「いいよ。私、頑張って治すから。」


一見、言葉だけを聞けばいいように聞こえるが、黄泉菜の声のトーンからは希望が見えなかった。

明らかに諦めているような、そんな感じの声のトーンは隠しきれていなかった。


「さっき辺なこと言ってなんか申し訳ないけど…治せるよ。俺がそばにいる。」


黄泉菜が俺の方を向いているのが分かったが、今俺は黄泉菜と目が合わせられない。


いや、合わせられないんじゃない。

合わせる顔がないんだ。


(何言ってんだよ。さっきまで「重症だね」とか言ってたくせに…)


自分の言葉を自分で責め、自分の言葉を自分で嫌っている。


黄泉菜もそうだが、俺にも治さなきゃいけないものがあったのを思い出した。


「あ、とりあえず公園寄りましょう。ちょっと私、疲れちゃって…」


黄泉菜は自然に俺を公園へ誘ってくれる


さっき俺が「重症だね」と呟いたばかりに黄泉菜はすれ違う人を精一杯読まないように頑張っていたらしい。


「わかりました。」


公園に行くことは大歓迎なのだが、いかんせん今の状態で黄泉菜と顔を合わせるのは自分的に許せない。


足取りは方向を変えて隣の公園の方へ

身長が違えば歩幅も違うのに、何故か足音は同調する


公園に入り、一直線へとベンチに向かう


俺は体の力が抜けるようにドスッとベンチに座る

持っていたカバンをそのまま前に置いて下を向く。


黄泉菜が俺の隣に座ったのがなんとなくでわかるが、それ以降の事はわからない。


(なんだろう…自分で言っておいて、なんで自分が落ち込んでるんだよ…)


確かに俺が放ったあの言葉は罪のあるものと言ってもいいが、それ以上に辛いのは現実を突きつけられた黄泉菜の方だ。


(自分でも制御できない事は分かっていて、精一杯頑張って治そうとしてる黄泉菜に対して、なんで俺はあんなこと言ったんだろう…)


確かに重症だという事は本音だったが、そんなことは言わなくても黄泉菜はわかっているはずだ。



知っていることを言われるのが一番辛いだろう。



(自分でもわかることを自分がやったんだ…)


考えれば考えるほど自分が情けなくなる



「…壮太くん。」


黄泉菜に呼ばれた。

流石に下を向いたまま動かない俺をみてると明らかに何か違うことがわかったらしい。


「…なんでしょうか。」


俺は黄泉菜の顔を見ることなく、全く動かずに答える。


「壮太くん。」


黄泉菜はもう一度、俺の名を呼ぶ

今度は力強く、何かのを思いをのせて放たれてるように聞こえた。


「はい。」


しかし俺は黄泉菜の顔を見ずに答えた。



合わせる顔がないんだ。

黄泉菜の命まで背負うって言った俺が弱気になるのは俺のプライドが許さなかった。


「壮太くん!!」


黄泉菜は大きな声で俺の名を呼び、腕を掴んで俺を振り向かせる


「なんで顔を合わせてくれないの!」


黄泉菜の顔は、鼻を赤くして今にも泣きそうな表情だった。


「ごめんなさい…」


俺は黄泉菜と顔を合わせたまま、視線だけを逸らした。


「視線、逸さないでよ。」


黄泉菜は今度、微かに震える声で俺に求めた。


ここでようやく自分が黄泉菜に求められていること、そして自分のしたことを避けて、何もなかったことにしようとしていることがわかった。



視線を黄泉菜に戻してゆっくりと話す


「ごめん。俺が黄泉菜の能力を制御できるように協力するって決めたのに、弱気になって弱音を吐いて、本当にごめん。」


俺は今日の出来事を素直に受け止めて謝った。いや、謝るしかできなかった。


それに対して黄泉菜も声を震わせながら喋る


「…私だって、いつになったら能力が制御できるのかわからないし、壮太くんに迷惑かけちゃう時だってあるかもしれない。」


黄泉菜の目からツーッと涙が頬を走るのが見えた


黄泉菜はそれを無視して今度は力強く、思いを口にした。


「だけど!壮太くんが一緒にいてくれて嬉しいし、私だって頑張れる。別に壮太くんが悪いことなんて一つもしてないよ!元々は私のせいだし、そんな、悩まないでよ…」


黄泉菜は涙を流しながら俺に話す。


こんなにも考えてくれている黄泉菜に対してクヨクヨしている自分が情けなくなってきた。


今度は視線外さずに、黄泉菜の方をしっかりと見て話す。


「俺の方こそごめん。一緒に治そうって言っておきながら自分だけクヨクヨして、黄泉菜にだけ頑張らせて、情けないよな。」


「壮太は情けなくないよ!!私のために頑張ってくれて、助けられてばっかりだよ!」


黄泉菜は言葉の感覚を開けることなく俺の発言を否定した。


その言葉に、自分がなぜここまで落ち込んでいたのかがわからなくなってきた。



「ありがとう。俺はやっぱり黄泉菜に助けられてばっかりだよ。こんなに情けない俺でごめんな。」


そう言って大きく一息ついてニッコリと笑顔を作って見せた。


(黄泉菜だって辛いんだ。俺が支えてあげるんだ。)


俺の中で何かムズムズとしたものが綺麗さっぱりに消えた。


(けど、俺がスッキリするだけじゃダメなんだ。黄泉菜の方が頑張ってるのに俺だけこんなにしてもらって…)


俺の手は自然と黄泉菜の頬を触り、涙をクイッと親指で拭いた


「こんな情けない俺でも、できる事はなんでもするよ。さっきはありがとう。」


黄泉菜は赤くなった鼻をヒクヒク動かしながら

「私こそ壮太くんを巻き込んじゃってごめん。実際私にだってどうやったら制御できるのかとか、どうしたらいいのかなんて全くわからないし、治し方だって確実に治るわけじゃない。そんな中で治るまで壮太くんと一緒にいるのは申し訳ないよ…」


「いや、俺は黄泉菜と一緒に力を制御することに協力するよ。確かに今は回復の目処が立ってないかもしれないけど、俺にできる…いや、俺にしかできない事なんだ。必ず黄泉菜を治してみせるよ。」


俺の言葉に黄泉菜も安心したらしく、自然と黄泉菜の顔から笑顔が戻る。


「ありがとう。今日、なんだかスッキリしたわ。」


そう言って黄泉菜は俺から目を離して上を向く


青く澄んだ空に、まだこれから増えていく青々とした葉の隙間から入ってくる光がやけに眩しく俺らを照らす


「これから暑くなりそうね。」


「そうだね…」


黄泉菜に釣られて俺も上を見るが、葉の影をくぐり抜けた光が入り込む景色は、俺の心を映しているように見えた。


「…黄泉菜。」


「はい。」


「俺はいつでもそばにいるよ。そばにいて、支えてみせるよ。だから、黄泉菜も頼ってきてよ。」


視線を変える事なく、ただ手だけを握ってしばらく上を向いていた。


多分黄泉菜は驚いた表情で俺の方を向いているかもしれないが、今は気恥ずかしいので顔を合わせることをしなかった


黄泉菜はもう一度上を向いて一息ついた。

そして握っていた手を握り直して一言だけ壮太に向けて話す



「私、いつまでも壮太くんといられたらいいな。」


「え!?今なんて…」


「さーて!一息ついたところだし、もうちょっと違うところ寄ろうよ!」


黄泉菜は握っていた手を離して勢いをつけてベンチから飛び立つと、そのままカバンを持って公園を出ようとする


「どうする?直帰する?」


「あ、もちろんついていくよ!」


俺は状況が把握しきる前に黄泉菜に選択を迫られ、チェス駒のように扱われるのだった。




ただわかった事は

黄泉菜は決して俺といる時間を退屈にしていないと言う事だ。

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