第30話 願う思考と命の希望

話を聞いた翌日、いつも通りの登校のはずなのに、俺の頭の中には昨日の記憶が深く刻まれていた。


(海先輩にそんな過去があったなんて、今の姿じゃ考えられないな。)


今の海先輩の姿はクールで、心理学や読心系の話になると夢中なりすぎてそれしか求めれなくなるような人。

言い方的にはちょっと悪い感じもするが、恋愛に全く興味を示さない人だと思っていた。


そんな人が、俺と同じ学年の頃にそんな出来事があったなんて思いもしなかった。



(だから、自分の失敗を他の人にしてほしくないから頑張って心理学や読心系のことを研究して答えを導き出そうとしてるのかな。)


それを踏まえて考えてみると海先輩の行動力には驚きを隠せないし、特殊能力を持っている人たちを助けてあげようという熱心さにはどこか心を打たれるものがあった。


(黄泉菜の特殊能力は海先輩にとって大きな壁でもあるんだろうな……そう考えると、俺がもっと頑張るしかないな。)



海先輩は俺を信用して黄泉菜の読心能力の件を任せてくれたんだと思う。

そのためにも、俺が黄泉菜のそばにいて支えるべきだと実感した。

もちろんのことながら黄泉菜は可愛いし、一緒にいて楽しいし、俺にはもったいないほど完璧な美少女なのだが……



席について一息つくが、どうあがいても昨日のことが頭に蘇ってくる。


(海先輩…相当悲しかっただろうな…)


泣きそうなのを我慢しながら平気なふりをしていると後ろからいつものように竜が伸びてくる。


「よぉ〜…お?どうした?なんか悲しそうだな。」


「別に、悲しくはないけど、」


俺は竜に顔を見られないように顔を背けた


「ん?でもお前、泣いてなかったか?」


「いや、あくびが出ちゃって…」


俺は無駄に強がって嘘をついた。


しかし、俺の心情など竜には全てお見通しらしい。

こいつ、異常に観察力が強い。


「まぁ、辛いことだったら俺が聞くの悪ぃから何もかねぇけど、そうやって悲しい顔してると何も楽しいことなんて起こらないぜ!」


竜も竜なりに俺を励ましてくれているんだと思う。

竜はいつも通りの元気マンだ。


「俺はお前のテンションの源がどこにあるのか知りたいよ…」


そう言って俺は机に埋め込まれるように頭を伏せた。












(まさか先輩にあんな過去が有ったなんて…)


黄泉菜もまた、昨日の出来事に悩まされるのだった。



(だって…意識的に読心力を制御していないと脳に負担がかかって死んじゃうって事でしょ…)


実際その状況は自分もなっている。


さらにタチの悪いことに、幼い頃よりも今の方が読心能力は高くなっていく一方だ。


そんな中での昨日聞いた話はインパクトと印象を強く自分に与えたものだった。



(これが治らなかったら…私は、死んじゃうの?)


考えたくないのに考えてしまう

最悪の未来を想像したくないのに想像してしまう



もう、恐怖というものに自分が支配されていることがわかった。


それは、今まで体験したことのない、未来の見えない希望。


自分と似たような状況下に置かれた子は死んでしまった。



海先輩が悪いわけでもなく、その女の子が悪いわけでもない。


その女の子に能力として授かっていた『人の心が読める』という、人とはかけ離れた特異な能力があったからだ。


(私はこのままいけば死ぬ。足掻きたいけどその運命からはもう逃げられない。)



考えれば考えるほど恐怖心が体を蝕んでいく



呼吸が荒くなるのがわかる



体が熱い



息が…しにくい。




まるで、何かに押しつぶされそうな…


「ヨミちゃん、大丈夫?」


クラスの子が心配してくれている。

どうやら私は、過呼吸のような状態になっているみたいだ。


(あ、あみちゃんだ。私のこと、心配してくれているみたい。)


押しつぶされそうな感覚の中で、それだけは読み取ることができた。


ありがとうと言いたいけど、それすら声に出ない。


「保健室行く?私が支えてあげるから一緒に行こうよ!」


私は言われるままその子に手伝ってもらって保健室へと向かった。











「…大丈夫。ありがとう。」


保健室に運んで行ってもらった私は、友達の中本 あみ(なかもと あみ)が先生に私の容態を話してくれて、少しの頭だけ、授業を休む事になった。


「私は授業受けに行くけど、本当に大丈夫?無理しないでね?」


あみはこれでもかというほど私を心配してくれる


あみは保健室を出ていく時に「元気になったら授業に戻って来ればいいから、それまでゆっくり休んでね!」とだけ言って授業に戻っていった。



(本当、私って幸せ者だわ。)


たくさんの友達が頭によぎる中、一人だけ、一人だけ頭の中で鮮明に浮かぶ人物がいた。



(あ、壮太くん。)



そうだ。まだ私には希望がある

海先輩に言われた通りに、人の心を読むのを制御して、壮太くんに隣にいてもらうこと。


それだけがわたしの命を守る、最後の手段だった。


(でも、壮太くんは私の命を背負ってまで生きてくれるのかな…)


海先輩は失ってしまった子の命を背負って今この世界にいる。


決して軽いものではないことは自分でもわかっている。

ただ、信用しない事には私の読心能力は治らないことに変わりはない。



保健室のベッドで一人、上を向いてボーッとする。


(私、どうなっちゃうのかな。)


ただ一人、何もないベッドの上で私は涙を垂れ流す。



「黄泉菜さん!!!!」


大きな声と同時に扉が勢いをつけて開く。


(そ、壮太くん!?)


声でわかった。

けど、それ以上に驚いたのは、その行動力だった。


(私が保健室に行ってるの、見てたって事?)


そう思うと一気に嬉しさが込み上げてくる


「何!?ビックリしたなぁ…石原さんのお見舞い?」


保健室の熊野先生が壮太を私のベッドの方に誘導してるのがわかる。


「このベッドにいるはずだから」


熊野先生は気を遣うかのようにその場を離れる



カーテンの一つ越しで、壮太くんがいる。


「…開けていいよ。」


私は小さな声で呟いた。


「…失礼します。」


壮太はカーテンを開けて入ってくると、律儀にカーテンを閉め直して丸椅子に座る


「黄泉菜さん、大丈夫?」


心配してくれている。こんなに行動的で、優しくて、それでもって信頼できる人



「…壮太くん。握って。」


私は壮太に手を握って欲しくて両手を出す

それに応じて壮太は何も言わずに私の手を両手で握り返す。


「私、まだ壮太くんにこの身を預けれない。怖いの。私がもし死んだ時に壮太くんは私の命を背負って生きるなんて、考えるだけでも辛いよ。」


自然と涙が出てくる。

恐怖心はあるのに壮太の手は大きく、私の心を癒してくれる


「…僕は大丈夫ですよ。」


壮太はそう言って黄泉菜の手をぎゅっと握る


「黄泉菜は死ぬ運命じゃない。生きて一緒にこの世界を楽しむ存在だ。俺が黄泉菜を死なせるような事はさせないよ。」


壮太の声は強く、そして一語一語が滑らかな音で私の鼓膜へと伝わり、脳に記憶される


その言葉に、私は安堵した。

今まで我慢していた涙がどっと溢れ、止められないくらいに泣いた。


「大丈夫。大丈夫。」


壮太は私を勇気づけるようにその言葉を繰り返してくれた。


「私、死ぬのが怖いよ。まだ死にたくないよ!まだ、まだこの世界何も知らないよ!」


「わかってる。だから俺がついてる。大丈夫。」


壮太は私の手を強く握ってくれた。


「俺は一生そばにいる。ずっと一緒にいることはできなくても、出来るだけそばにいるから安心して。俺は黄泉菜が死ぬなんて微塵も思わないよ。必ず治る。俺がついてる。」


壮太がそう言ってくれる事に私は感謝しかなかった。


鼻を赤くしてズルズルと鼻水を啜り、見っともない姿をしている私に真剣に話してくれる壮太に、私はもう、一つの感情しか残らなかった。





(私、本当に壮太くんのことが好きなんだ。信頼できて、一緒にいると安心して、そんな壮太くんと一緒にいたいって思えるの。)


自分の気持ちがはっきりした。




私は、壮太くんのことが好きだ

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