第29話 考えさせられる思考と先輩の過去《2》

海先輩は躊躇いながらも少し前屈みになりながら自分の過去の話を始めた。


「あれは……俺が高校一年生だった頃の話だ。」










高校一年生だった俺は心理の話に特別興味を持っているわけでもなかった。

ちょうどこの時期がメンタリストだったり占い師だったり、心理に関する人が俺の中でブームになっていて、それで心理部に入部したんだ。


その頃は今よりももっと人数が多くて、それなりに活動も充実していた。


その中で一人、妙に俺のことを見てくる新入部員がいたんだ。



天川あまかわ ゆず


俺の話にちょっと出てきた読心能力持ちの知り合いだ。



ショートカットでハーフアップの髪型、体型は小柄で目がぱっちりしている可愛らしい子だった。


だが、全く出会ったことのない、クラスも違う可愛げのある女子から定期的に見られているんだ。

その時は俺も驚いたよ。



それから流れるように心理部第一回の部活が終わり、順次解散をすることになった。

でも、どうしても俺にはあの女子がなぜ俺のことを気になって見てくるのかがわからなかった。



だから一回喋ってみようって考えたんだ。

別に話すことには抵抗なかったし、むしろこれから同じ部活をするのなら早めに喋っておいた方がいいだろう?

それで、帰り際に話しかけてみたんだ。



「あの……天川さん?俺、霧原 海って言います。」


「…………ん!?あ、私?私に喋った?」


「……?まぁ、天川さんに話しかけたけど……なんか、俺の方見てる気がしたから何か様子を伺ってるのかなって思って、勘違だったらごめん。」


「あ、え!バレてた?ごめんね!心理部って珍しい部活があるからどんなことしてるんだろうって思って入部したんだけど、なんかみんなそこまで情熱的じゃないっていうか……」


「……はぁ。」


「でも、海君だけはなんか違くてさ!なんかこう……パフォーマー寄りな考えなんだろうけど、心理について真剣に考えてたから珍しいなって思って!」



これが出会いのきっかけだった。

正直最初はゆずが人の心を読めることなんて知らなかったし、俺の考えを知ってるみたいな言い方で話してくるから不審には思ってたけど、まだこの時は心が読める人だとは気付かなかったよ。


でも、話してみると意外にも意気投合してさ、それからは部活に来るたびにゆずと喋ってたんだ。


喋っている途中でも人の心の内を見透かしてるような言い方をしている時もあったけど、俺は正直そこまで気にしてなかった気がするな。




ゆずがちゃんと読心能力を教えてくれたのは、話し始めて三ヶ月経った頃ぐらいだったかな。



そこで初めて俺は読心能力を知った。



生まれつき人の心が読めるもので、中学校では人の心が読めるばかりに人間不信になりかけたそうだ。


もちろん読心能力のことを親に話して病院に連れて行ってもらったこともあったらしいが、黄泉菜と同じように何も分からなかったそうだ。



正直この話を聞いた時は信じられなかったさ。今まで人の心を読むなんてマンガかアニメの世界の話だと思ってたのに、そんな能力を持ってるなんていきなり言われても信じられないだろ。


でも、ゆずは信じてくれると思って俺に話したのかなって考えたら自然と受け入れることができたんだよ。



俺が特殊能力の研究をし始めたのがこの頃かな。それまでは特殊能力のことなんて全くと言っていいほど知らなかったし、ゆずのおかげで今こうやって特殊能力の解決策を教えることもできた。



客観的にわかるところは自分で観察して、特殊能力の詳細はゆずに聞いて二人で研究してた。




ただ、問題はここからだ。俺とゆずが出会って半年が過ぎた頃、事件は起きたよ。




ゆずが突然倒れたんだ。

クラスが違うからその情報が回ってくるまで時間がかかったが、それを知った瞬間体が勝手に動いた。


過去にゆずが話してたんだよ。

「この能力は一見聞こえはいいけどみんなが思ってるほどいい能力じゃない、なんなら制御が効かないから体の限界が来たらどうなるかわからない」


その言葉が永遠と頭の中で何回も何回も繰り返されて再生されたのは今でもよく覚えてるよ。


一度は保健室に運ばれたが、悶え苦しむように頭を押さえて一向に治る気配がなかったから救急車を呼んだそうだ。

俺が保健室に到着した時には救急車で搬送する準備をしている所だった。

流石に付き添いはできなかったが、学校が終わってすぐに病院の方へ向かったよ。




どうやらゆずは脳の使いすぎでキャパオーバーになり、脳の血管が破裂しそうな状態になっていたらしい。



原因はおそらく読心能力だが、特殊能力は現代技術で証明することができないことぐらい研究をしていて嫌というほど思い知らされている。

正直ここまで特殊能力が体に影響を与えているなんて思ってなかったよ。




だからこそ俄然やる気が出たんだ。なぜゆずの脳に負担がかかっているのかを詳しく調べることにしたんだ。

特殊能力だということは自分が一番わかっている。だからこそ原因がわかる人が調べなければ何も始まらないと思ったんだ。



今までのゆずの学習状況や友達関係、授業態度に睡眠時間、関係のありそうな情報をゆずに聞いてはまとめての繰り返しだった。

毎日毎日病院に通って特殊能力の研究、大変だったけど、尊敬と友情と愛で動いていた俺には苦労なんて感じなかった。


暇があったら特殊能力の研究、「もしかしたらこの時間が関係あるんじゃないか」「この時間はどこまでが限界でどこから負担に変わっていくんだろう」

そんなことしか考えてなかった。



けど、改善策なんてそうそう見つけられるものじゃない。ギリギリまで負担を抑える方法は見つけれたが、今までにかかった負担を改善する方法は見つからなかった。



ゆずが倒れてから3ヶ月ほど経った頃かな……脳の状態もだいぶ良くなってきたとの通達で、ゆずが退院することになったんだ。


あの時は本当に嬉しかった。脳を酷使しなければ自然治癒で治ることがわかり、それと同時にもう一度ゆずと学校生活を送れることに最大の喜びを感じた。




退院の日、俺はゆずに告白したんだ。

今思えば死ぬほど無責任な発言をしたなって思うよ。

だけどとにかく言いたかったんだ。もう手放したくないって思えた最初の人だから。


そしたらゆず、「心が読めるのに今さらそんなこと言われても、知ってるに決まってるでしょ!?…………知ってた上でずっといるんだから、そういうことよ。」って、返してきた。


こういうの言うと自慢かよって思われるかもしれないけど、その時が一番嬉しかった。

何よりも幸せだったよ。



あれが一番の思い出だ。






それからはゆずが特殊能力をできる限り使わないように、なるべく人の心を読まないことを努力してもらって俺はそれを踏まえた上で特殊能力の制御や解決に熱を入れて研究した。




だけどそんなに上手くいく話はなくてさ、制御方法に辿り着く前に再びゆずが倒れたんだ。


定期的に体調を聞いてたんだが、俺に気を遣って我慢してたみたいで、俺の緊張も解けて安心しきっていたところにこの悲劇がやってきたんだよ。




それもその時は本当に容態が悪かったらしく、倒れた時にはもう意識がなかったそうだ。

急いで駆けつけたんだけど、ゆずはストレッチャーで運ばれて集中治療室に直行、俺は何もしてあげられることなくただただその時を待つしかなかった。





結果…………

ゆずはこの世界に帰ってくることはなかったよ。




最悪だよな。

一番頼れる存在になりたかったのに、逆に彼女に気を使わせてしまった。



一番助けになれる人が、そばにいてあげられなかった。



この時初めて俺は人の命を背負って生きていたんだなって実感した。

もう戻らないゆずを見て……



一緒にいるだけでもダメだったんだ。今でもすごく悔しいよ。









だから俺は今もこうやって特殊能力の人に手を差し伸べて解決策を与えている。

関わらなければ他人事で済む話かもしれないが、ここまで足を踏み入れて特殊能力を持っている人の苦労や辛さを知った上で無視できるわけないだろう。



もうあんな悲劇は二度と起こさせたくない。






ゆずが亡くなった十月七日。


俺はその日から1ヶ月ごとにゆずの墓参りをする。

そう決めたんだ。





そこに行くとゆずが目の前にいるように感じるんだ。


俺の話をよく聞いてくれて、一緒になって笑ってくれて、一番隣で支えてくれた。

だから今度は俺が、特殊能力で苦しんでいる人を支える番だ。
















海は全てを話し切るとふうっと長い一息をつき、「まぁこんなところだ。」と呟いた。


哀愁漂う目の中に、決して消えない不滅の炎が灯を照らすように輝きを放っている。




「……これ、実話ですか?」


感動して鼻水をずびずびとすする壮太を横に黄泉菜が聞く。


「ああ。正真正銘、本当の話だ。」


「ぞんなことがあっだなんで……じらなかっだです……」


壮太は鼻の詰まった濁点の聞いた声で話す。

過去話に共感を持ってくれることに海は少しの嬉しさを感じたが、それと同時に今目の前にいる後輩二人も同じ境遇にいることがどこか心の底をしめつける。



「……まぁ、俺の話は以上だ。だから俺は特殊能力のことを知っているし、お前らにも特別に面倒を見ている。特に壮太!」


壮太は海に思いっきり名前を呼ばれて背筋を伸ばす


「……黄泉菜を、頼んだぞ。俺が探し求めていた解決策のトリガーがお前なのかもしれん。お前の力で、読心能力を制御できるように協力してもらうぞ。」


壮太は今にも溢れ出そうな鼻水を一気にかんで、鼻を赤くしながら海を見つめ、決意を固くした表情で言い放った。




「はい。頑張ります。」






「あーっ!こんなところに!探したんだからね?」


物静かな空間を切り裂くように突如として聞こえてくる足跡と声に全員が廊下の方に目を向けると、心理部の部長である亜矢乃あやの 智恵ちえが息を切らして向かってきていた。


智恵は教室のドアを開けて三人を確認するなり、なんで部活サボって集まってるんだ?と言わんばかりに顔をしかめる。


「何?この小会議……作戦会議?」


智恵は俺らの方に寄ってくるなり壮太が目元と鼻を真っ赤にしているのを見てギョッとする。


「ちょっと……なんで壮太くん泣いてるの!?うちの海くんがなんかした?」



「やってない。勝手に泣いただけだ。」と答えたのちに間髪入れずに、「智恵、部活休んで悪かったな」とさりげなく謝る。



普段の性格からあまり考えられない言葉にに智恵は一瞬何が起こったのかさっぱりだったが、やがて顔を赤らめて「べ、別に……海くんがいなくても……寂しくないし……」と照れながら呟いた。



海はそれを見て小さく笑った。


「よし!今日は解散だ。壮太と黄泉菜は今日俺の話を聞いたんだ、今一度自分自身何ができるかを考えるんだ。俺はここで失礼するよ。」


そう言って海と智恵は教室を後にした。








(ゆず。俺はもう少し、頑張らないといけないみたいだ。悔いが残らないように頑張るから、それまで見守っていてくれ。)


海はそう頭の中でつぶやいた。


















「なーに話してたの。」


海と智恵がすっかり暗くなった外の景色を横目に廊下を歩く。


「あいつらが俺の過去話を聞きたいってうるさかったから少し話しただけだ。」


「あの話をしたの!?海くんが!?めっずらしぃ〜」


「詳しくはあまり言いたくないが、壮太と黄泉菜も特殊能力を持ってる。だから話して損はないと思ったんだ。」


「やっぱりそうよね。海くんが後輩の世話するなんてよっぽどのことがないとなさそうだし、なんなら休部の話が出た時に気付いてたもんね。」


「お前……俺をなんだと思ってる。」


「別に〜?海くんらしいって言えばらしいけど、らしくないって言えばらしくないからさ。」


「からかってんな……?」


「別に〜?」


人工的に付けられた蛍光灯の灯りが二人を照らし、二つの仲睦まじい影を映し出す。




誰もいない廊下を歩きながら————




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