第27話 想う思考と初々しい日々

「黄泉菜、壮太、お前ら付き合ってみなよ。」


涼しい風が吹き抜ける屋上で、俺は海先輩からそう告げられた。

いきなり変なことを言い出す海先輩に恥ずかしさと驚きとで顔を真っ赤にしながら俺は声を裏返らせて、

「な、な、なんでその解釈になったんですか!?」


黄泉菜も顔を赤くして縮こまる

なんでこういう頼れる心理部の先輩たちはどこか頭のネジが外れているのだろうか……


「まぁそうなるよな。安心してくれ、俺がこの提案をしたのにはちゃんと理由がある。ずばり『黄泉菜読心能力制御計画』だ。まずこのプランについて順番に話していくぞ。」


なぜかノリノリな海先輩を軽く無視して、俺と黄泉菜は言われるがまま海先輩の考えている読心能力の制御計画プランを聞いた。


「俺が考える『黄泉菜読心能力制御計画』はこうだ。まず黄泉菜は学校にいる間、クラスの人の心を読まないように制御する。無理をしては行けないがそれなりに努力をしてもらいたい。そして放課後、これからしばらくの間は部活お預けだ。というよりもお前らだけ特別に部活休止を出しておく。」



「部活休止?どうしてですか?」


予想通りと言わんばかりに海先輩は黄泉菜にハンドサインで「待て」の仕草をして再び話す


「部活を休止にしたのは授業が終わってから家に帰るまで壮太が黄泉菜と一緒に行動してほしいからだ。それが慣れてくれば部活に来てもいいが、ひとまず黄泉菜の能力を制御する方が優先だ。できるだけ負担にならないようにしたいから部活も少しの間だが我慢してほしい。こんな感じで考えているが……それでもいいか?」


「一応わかったんですけど…………この作戦と俺が黄泉菜と付き合うのには何の関係があるんですか?」


あまりに結論と説明の内容が噛み合ってなかったので質問してしまった。

別に付き合いたくないわけじゃない。

どちらかと言えばウェルカムと言ってもいいほど付き合いたいのだが、黄泉菜が危険な状態なのにそんな悠長なことを言っていられないのも現状だ。


海先輩はそんな頭の回らない俺に対して、

「何言ってんだ、付き合う要素しかないだろ。付き合っているという雰囲気を出すだけでも壮太と黄泉菜が一緒にいることを怪しむ奴はいなくなる。それに彼氏彼女の関係だったら急用でもなんとか誤魔化せたりできるだろ?」


「確かにそうですけど……」


付き合うのならもっと自分の気持ちを伝えた上で正式な交際をしたかった……

……いや、まだ俺には釣り合わない存在だ。もう少し黄泉菜に似合う男になってからの方がよかった気がする。


「……黄泉菜さんは僕と付き合っても大丈夫なの?その……嫌だったら遠慮しなくていいから。」


玉砕覚悟で黄泉菜に問いかける。

探りを入れるという気もあったが、それ以上に黄泉菜への心配も込められていた。


そんな質問に黄泉菜はチラリと俺と目を合わせて、

「……別に嫌じゃないよ?」


その瞬間、俺の中で何かが弾け飛ぶ音がした。自分の中での恥ずかしさパラメーターが限界値を超えて破裂したように真っ赤に赤面する。



(んんんっ……!?そ、そんなあっさりとOKしてくれるの!!?)


俺が驚いているのをまるで見通しているかのように海先輩が見つめてくる。

何だこの先輩…腹が立つけど何も対抗できない……


「よし、それなら決定だ。今日から有馬壮太は石原黄泉菜の彼女兼サポーターとして黄泉菜のそばを離れないでくれ。いいな?」


全て想定されているかのようにスムーズに流れる話に対して俺は「……はい」と抵抗する間も無く話が終わってしまった。













そして現在、黄泉菜と二人きりの下校に至る。


少し前まで部活をやっていたせいか、学校が終わってすぐに直帰するのは何かと違和感があった。


(いつもはこの時間に部活があったからなぁ、まだ日が落ちてないのに下校してるのって新鮮だな。)


海先輩が言葉通り智恵先輩と顧問の先生を説得して俺らの部活参加を自由に変えてくれたそうだ。


(何者なんだあの人は……)


顧問の先生にまで対応できる海先輩は心を読む能力の他にも何か特殊な力でも持っているのだろうか。



そんなくだらないことを考えていると、隣から聞き慣れた声がした。


「壮太。どうしたの?」


「ふぇぇ?な、なんでいきなり呼び捨て!?」


あまりにも唐突すぎる名前の呼び捨てに思わず腰の抜けたような返事をする。

いきなり好きな人から呼び捨てされたら驚かないわけがないだろう。


もともと好きだった人と付き合う関係になれたのは何を隠そう嬉しいものなのだが、できれば自分から告白して付き合いたい人生だった。


(この『お付き合いごっこ』はいつになったら終わるんだろうか……)


別に付き合っている分には嬉しいことだが、『あくまで黄泉菜の読心能力を制御できるようにするために付き合っている』という事には変わりない。


(そんなことより俺は普通に付き合いたかったなぁ……)


そんなことを思うのだった。


「ねぇ壮太。なんか今日ボーッとしすぎじゃない?」


パッとした表情をしていない俺を黄泉菜は心配する。

今日のあの数時間の間で起こり得ないことが起こってしまったおかげで考えることばかりになってしまっていた。


「あ……あぁ、ごめんなさい。黄泉菜さん。」


「あー!また敬語になってる!それじゃあ恋人感ないよ!?」


黄泉菜にそう言われるのだが、本当に好きな人といきなり恋人になって名前呼びなど到底できるわけがない。


「黄泉菜さんでもいいけど、恋人に見立てるなら……黄泉菜って呼んてほしい。」


顔を赤らめながら黄泉菜が話す

流石に黄泉菜も俺のことが好き……というわけではないと思うが、それでも異性に名前呼びしたり呼ばれたりするのは恥ずかしいものだ。



ただ……何でここまで乗り気なんだ!?

いくら能力制御のためだとしても気合い入りすぎじゃないのか!?


「え、えと……よ、黄泉菜。」


「はい。なんですか?」


恥ずかしがりながら縛り出した俺の名前呼びに、黄泉菜はどこか嬉しそうに反応する


その仕草、表情、雰囲気全てが可愛らしい。

もう……可愛いの一言で表せないほどに愛おしい。


「なんか……俺でごめんね。もっと他にいい人がいたと思うのに俺と付き合うことになっちゃって……」


歩いているおれの手を黄泉菜が掴んだかと思ったらいきなり手の甲をつなってきた。



「いででででで!何するん……」



「やっとこっち向いてくれた。屋上の時も言ったでしょ?私は別に嫌じゃないよ?」




その言葉に心打たれる。

俺の心にトドメを刺されたような気がした。

甘い香りと可愛い仕草、色々な感覚から俺を刺激する。


(なんで可愛いんだ!そしてズルすぎる!こんなの言われたら……本当に俺のこと好きなんじゃないのか?)



実際のところ俺は黄泉菜の心なんて読めない。

それは黄泉菜も同じだと思うが、それでもたまに俺の心を見透かしたようなことを言ってくる。


もしかして……俺の心が読めている?

しかし、俺の心が読めているのなら恋人関係になる必要はなかったし…………こればかりは今気にしてもキリがなさそうだ。



とにかく今は黄泉菜が俺のことを嫌っていないことを聞けただけで十分だ。


「僕、こういう恋人関係?みたいな、、、付き合うのが初めてだからさ、こういう時何すればいいかわからなくて……」


黄泉菜はフフッと笑って

「そうなんだ。私もこういうのは初めてだから……お互い様だね。よろしくね?壮太。」


いかにも俺を喜ばせるような言葉ばかり使う黄泉菜に対して、俺は口元を露骨に手で隠し、嬉しさが顔に出ないよう頑張って隠した。





「あ、また公園、寄らない?」


「うん。そうしよう。」


黄泉菜の提案で前回立ち寄った公園に行く。


俺がベンチに座ると、その隣に感覚を詰めて黄泉菜が座る。

ベンチに置いていた手が黄泉菜の制服のスカートのヒラヒラを感知して、俺の脳内によくないことを伝えてくる


その考えが頭を回れば回るほど、俺の顔は真っ赤に染まっていく。


(我慢しろ!俺!理性を保つんだ!俺!)


「なんか……顔赤いよ?大丈夫?」


「いえ、全然大丈夫ではありません。」


俺は黄泉菜の方を向いて自信満々にそう言いながら鼻血を垂らした。









「本当にいろいろとお騒がせしてしまって申し訳ない……」


理性に耐えれず鼻血を出した俺は、黄泉菜からティッシュをもらって応急手当てをしていた。


「あ!ティッシュを鼻に突っ込んじゃダメだよ?鼻の上の方をつまんで下を向くの!」


「え?下を向いたら余計出てくるんじゃないの?」


「上の方でつまんでるから大丈夫!ティッシュは下を向いた時に少しだけ出る血を拭き取る役割だけでいいの!」


俺は黄泉菜の言われるままにしたがって鼻血が止まるのを待つ。


「黄泉菜さんはすごいね。男女問わず色んな人と喋れるの、尊敬するよ。」


鼻をつまみながら鼻声で黄泉菜に問いかける。


「私はだってほら……人の心が読めちゃうからさ、自分の趣味が合ってる人とか喋りにくい人とかわかっちゃうんだよね。そう考えると人の心が読めないのに初めての人と普通に喋れるのってカッコいいと思うけどな。」


「そっか、心が読めるってやっぱり便利なんだな。」


「そんな事ないよ!?下心丸出しの人だっているし、人の愚痴とか聞こえてきた時なんてどういう感情でその人と接すればいいの!?って感じ。」


「へぇ……恩恵も大きいけどあまり良くない面もあるんだ。大変なんだね。」


俺は鼻をつまむのをやめて鼻から息を吸って鼻血がおさまったかどうかを確認したのちに、真剣な表情に戻った。


「正直なところ、人の心が読める力ってあった方がいいと思う?」


「そうね……確かに便利だなとは思ったこともあるけど、それ以上に他の人は人の心が読めていないのに私だけみんなの素性がわかるのは、なんだか覗きをしているみたいであまりいい気持ちにはなれないね。」


黄泉菜の本音はどこか寂しそうに、そして暖かく聞こえる。


「でも、せっかく私にこの力が宿ったんだもの、制御さえできちゃえばものすごい能力だってことも自覚してる。だから私はこの能力を封印するってよりも自由に使えるように訓練するって感じかな。」


「そうだね。」



俺は黄泉菜とともに意味もなく空を見上げる。

まだ暗くないのに一番星が微かに輝いていた。


「早く制御できるようになりたいな……」



「そうだね。僕もまだ自分の能力についてよく知らないし、お互い頑張らないとね。」


俺だって他人事ではないんだ。

自分のこの能力を上手に使えるようになりたい。そう決めたんだ。


「あ!そういえば今は読心能力どんな感じなの?」


「今は……あんまり変わってないかも。一番強く考えていることがやめるってことには変わらないし、特定の人に限ってってわけじゃなくてみんな一律に聞こえるし、まだまだね。」


「それでも僕のは聞こえないの?」


「そうね……壮太だけは本当に何も聞こえない。不思議な感じ。」


不意に横を向くと黄泉菜と目がばっちり合い、お互いに顔を赤らめてそっぽを向く。


(い、いきなり目が合うとやっぱり恥ずかしい……!

(壮太の心だけ読めないからなんか恥ずかしい……!)


さっきは反射的に目を逸らしてしまったが、今度はお互い、徐々に目を合わせていく。


「……どう?」


「……やっぱりわかんない。」


「なんだよ」


ずっと見つめ合ってるのが恥ずかしくて、そして面白くて、二人して小さく笑い合う。



「あ、そういえば海先輩の過去話聞いてない!」


「読心能力の友達の話?確かに条件にしてたけど聞いてないね。」


「明日聞きに行かない?一応私たちに関係ある話だし、問題ないよね?」


「そうだね。明日聞いてみるとするか。」






俺と黄泉菜、二人が一致団結する

こうして明日、俺と黄泉菜は海先輩から体験談を聞くことになった。


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