第25話 気になる思考と先輩の素性《2》
放課後
俺は海先輩からの許可を経て、黄泉菜と屋上で海先輩に出会うことになった。
内容は能力のことについて。
黄泉菜は読心能力で、俺は自分の意思とは別の意思が心の中で働く『自己意識分裂能力』と名付けた特殊体質のことだ。
海先輩はその特殊体質についてを自分で研究し、個人で解決策を見出そうとしている。
「いつからそんなに海先輩と仲良くなったんですか?もしかして中学校の先輩だったとか…?」
屋上へと向かっている最中、黄泉菜が聞いてきた。
「海先輩と出会ったのはそれこそ部活に入ってからだよ。仲がいいというより……とにかく話してみるとわかるよ。」
はぐらかしたわけでもなかったが、黄泉菜は「何?そんなにシークレットな会話なの?」
と、余計疑問に思わせてしまった。
「そうじゃないんだけどね。話せば長くなりそうだからね。」
屋上へ続く階段を二人でどんどん歩いていく。
誰の気配もない物静かなこの空間は何かを話していないと逆に気まずくなってしまいそうだ。
「でもあの先輩って心理部として結構成績を残してるよね。意図的に心を読むのはあまりやりたくないけど、気になったら心を読んでみたいな。」
こうやって初対面の人の心を読むのか…心が読まれない俺でも聞いているだけで恐ろしい話だ。
「心を読まれるのって怖い話ですね…」
「そう。だから上手に制御できればいいんだけどね。」
人それぞれで苦労しているところが違うんだなとよくわかる。
心を読めるのもそんなに楽な能力ではないみたいだ。
くだらない話を二人でしながら屋上へと続く階段の手前までやってきた。
「私、あの時をきっかけに屋上ってトラウマなのよね。」
「あー…たしかにそうですね。」
(俺は優真が特殊体質だという事を知ったから気にせずにいたけど黄泉菜にとっては怖いよな…特に読心能力となれば優真の特殊体質と相性が合わないかも…)
ここまで話してちょっとだけ疑問に思うことがあった。
(どうして黄泉菜は俺の心が読めないんだろう。特殊体質同士だから読めないんだとしたら優真の心も読めないはず…)
今その話を黄泉菜と話し合ってみるのもよかったがこの際海先輩に全部調べてもらった方が早いと判断したため何も言わなかった。
「僕が先に行くんで、黄泉菜さんは後ろをついてきてくれれば問題ないです。」
そう言って俺は黄泉菜より一、二段上がって屋上へと上がっていく。
俺が先陣を切って歩いているのに後ろにいる黄泉菜が不安がっているのがわかる。
(俺も初めて出会った時はびっくりしたけど、黄泉菜にとっては相当大きなトラウマになっちゃったんだな。)
屋上に着くなりゆっくりと扉を開けて外を確認する。
(海先輩は…まだいないか。優真は…大丈夫だな。)
海先輩が優真を連れてきている可能性もあったが、どうやらそれは大丈夫らしい。
後ろで少し不安がっている黄泉菜に心配させないよう笑顔で答える
「大丈夫。今日はいないよ。」
その言葉にホッとしたのか、安堵の笑みを浮かべて、
「……ありがとう。」
「い、う…うん。」
いきなり感謝されるとなんだか心がこそばゆい。
顔を赤くしてお互いに照れあう。
こうして俺らは屋上の扉を開けて屋上へと飛び出した。
まだ誰もいないこの屋上は初めて黄泉菜と会話した場所でもあり、なんだか懐かしく感じる。
「やっぱり落ち着くわ。」
風に靡く綺麗な黒髪を抑えながら空を見上げる黄泉菜は、まるでモデルのように一際きれいに見えた。
「そうですね。ここで初めて話しましたもんね。なんだか懐かしいですね…」
二人でほのぼのとしていると屋上の扉が開き、海先輩がやってきた。
「遅れてすまない。知恵に絡まれた。」
海先輩はゆっくりと歩きながら左手に持っている缶コーヒーをクイッと飲んで二人の方まで歩いてくる。
「今日は特殊体質の話で呼ばれた気がするんだが…イチャイチャ場面を見ないといけないのか?」
海先輩に言われて俺と黄泉菜は顔を真っ赤にして、
「「そんなわけないじゃないですか!!」」
「わかってるよ。彼女がいた方が特殊体質について詳しく知ることができるからだろ。」
海先輩は素早く事情を読み取って俺…ではなく黄泉菜の方に指を指して話す。
「黄泉菜には前から話したいと思っていたから都合がいい。」
「え!?私ですか…?」
海先輩の話を聞きにきた黄泉菜からしたらいきなり指名されてとても驚いている。
(海先輩は元々読心能力についてを研究していたし、黄泉菜に色々聞きたくなるよな。)
海先輩にとっては黄泉菜にたくさん話したいことがあるだろうが、その気持ちを抑えてまずは俺に質問してくる。
「今日は特殊体質について呼ばれたが…何から話す?」
「僕の特殊体質についてをもう少し教えて欲しいです。海先輩に言われるまでは自分が特殊体質だということすら気づかなかったのにいきなり制御するだなんて少しハードルが高すぎる気がします。」
海先輩は深く考えたのちに「たしかに特殊体質を認識するのは難しいし、壮太に関してはそれまでが無自覚だったから仕方ないのかもな。」と呟いて丁寧に話していく。
「壮太の特殊能力は俺自身まだ知らないことが多いのに加えて本当に特殊体質なのかどうかも判断しにくい症状だからなんとも言えないが、少なくともそこまで引け腰だと治るものも治らないぞ。」
どんどん話が進んでいく中で、黄泉菜だけが話に入りきれずにおどおどしている。
黄泉菜が話についていけなくてたまらず俺に耳打ちする
「ねぇ、壮太くんも私みたいに何か特殊な能力を持っているの?」
「確定じゃないんだけど、海先輩が言うには黄泉菜さんと同じ、特殊な能力を持ってるらしいんだ。」
正直俺自身もこの能力が特殊体質だと言われても実感が湧いていない。
なんせ読心能力や空間に感情を伝える力は特殊だと言えるが、自分の意思に従わない思考が体に反映されるのはデメリットが大きすぎてメリットがほとんどないからだ。
黄泉菜も話の内容をある程度理解したところで、再び俺は海先輩に問いかけてみる
「もっと特別な能力があれば自分が能力を発動しているかどうかわかるんですけど、僕の能力はみんなと違って地味すぎませんか…?」
海先輩は静かに唸りながら、
「特殊体質じゃない可能性もあり得るのだが…どうしても君の行動には何かしら強い力が働いている気がするんだ。それこそ病気とかではなく、もっと特殊な力みたいなものがね。」
そう言われればそうなのだが、やはり地味すぎる。
できればもっとカッコいい力が欲しかったものだ。
「それでは…もしこれが特殊能力だとして本当に治るものなんでしょうか?」
その言葉を聞いた海先輩はぐいっと俺の方に近づいて力強く話す。
「壮太の能力は治すというよりも『味方につける』だ。そのための制御であり自覚でもあるんだ。」
「…と言いますと?」
「君の特殊能力はとてもいいものだ。まだ壮太には分からないだろうが、簡単にメリットを説明すると自分の意見に対して客観的な結論を自分の心の中で下すことができる。他人の意見を聞くことが自分の心の中でできるようになるはずだ。」
一見しょうもなさそうに聞こえるのだが、上手に使えたら確かに特殊な能力で重宝されるものでもあるだろう。
「そんなことが…どうすれば自覚と制御ができますか?」
そこまできて海先輩の熱弁が止まってしまった。
「……考えていることが一つある。自我を確立することだ。単純だが難しいぞ」
自我を確立する…
なかなかに抽象的な表現に俺はどのようにすればいいのかわからず戸惑う。
「想像つかないです…」
「そうかもな。今のお前の自我はもう一人の思考に包まれて上手に表せていない状態だと考える。だからこそ、まずは自己ともう一人との乖離だ。」
そう言って海先輩は缶コーヒーを手すりに置いて、両手を使って俺の心の中の状態を上手に説明する
片方の手で握り拳を作り、もう片方の手でその握り拳を覆っている。
「お前の心の中はこんな感じだと想定する。握り拳が壮太自身の思考で、その周りを覆っているのがもう一人の自分、特殊体質で現れた人格だ。」
そこから海先輩は覆われている手から拳を離して、二つの拳を作る
「俺が行おうとしているのはこれだ、
自分の意思と特殊体質の意思を完全に分けて、その都度その都度で使い分けをする…こういうことだが、分かったか?」
特殊体質の説明から解決策までをきちんと教えてくれる
「よく分かりました。問題は、どうしたら自分の思考ともう一人の自分の思考を綺麗に分かれるか…ですよね。
「だから自我を持てと言っている。飲み込まれる前に一つでも自分が貫き通せるような自我を持っておくんだ。それさえできれば飲み込まれることはまず無い。」
そうは言われても何を自分の芯として一貫していいのか想像がつかない。
「どうせ『自分が貫き通せる自我』が何がいいか迷っているんだろう。」
「ごもっともです…」
海先輩は缶コーヒーをぐっと飲み干す。
「そんなもん簡単だ。自分がこの能力を制御したいって気持ちで十分だろう。今お前にその意思はあるのか?」
「もちろん、できれば治したいと思ってます」
「『できれば』じゃない『必ず』治すと言う意思を持て、そんな中途半端な考えじゃ何も始まらん。」
急に海先輩の声が強くなり、圧をかけてくるように俺に諭す
「…わかりました。必ず制御してみせます。」
「そうか。それでもまだ意思が固まってないな。」
俺が発言したことに対して瞬時に否定から入られる
不穏な空気が流れ、黄泉菜も二人の雰囲気におどおどしている
「声に出して言ってみろ。お前は何を決意したんだ。」
「…必ずこの特殊能力を制御してみせます。」
「もう一度だ。」
「必ずこの特殊能力を制御して上手に使えるようになってみせます!!」
そのときはっきり分かった
自分の心がヴェールのようなものを突き破って心から叫んでいる感覚が、身体中を伝ってひしひしと感じられる
「…そうだ。意思を固めると言うのはそういうことだ。今まで壮太の考えはもう一人の人格によって思うように発言できていなかった。これが新しい一歩だと思え。」
そこまで根気よく俺に離し切ったところで海先輩は一息ついた。
「壮太。これが『意志を固める』だ。声に出してみるのは案外自分の感情を具現化しやすい。もう一人の人格に飲み込まれないためにも、時々自分の意思を口に出して見てほしい。」
海先輩は多分俺に誘われた時点でこの話をしようと決めていたんじゃないかって思えるほどに綺麗な起承転結だった。
海先輩はもともとこれを狙っていたんだ。
「とりあえず、こんなもんかな。」
海先輩はすかさず今日の出来事をパソコンに記録するためスマホのメモ帳で一時的に記録をつける。
「特殊体質のことはまだはっきりと解決策を言えないから申し訳ないが、特殊体質のせいで幸せを失ってほしくないからな。」
海先輩は俺と黄泉菜の方を見つめて力強く呟いた。
ここまで頼れる先輩に出会えて本当に良かったと心から思える。
俺の目から見えるその姿は、いつの間にか憧れの存在になっていた。
ここまで頼りにならない後輩のことを熱心に見てくれる海先輩。
俺は、改めて海先輩を尊敬した。
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