第22話 複雑思考と、とある真実《2》

海先輩しかいないはずの部室で、海先輩以外の声が聞こえる。

いや、海先輩しかいないというのはあくまで予想なのだが、部員が全員行かないと言っている以上誰が部室にいるのか想像がつかない。


俺は息を殺しながら恐る恐る扉の隙間から部室の中を覗く


「おいおい、嘘だろ!?」


俺が目にしたのは海先輩と……先日屋上で出会ったものすごい威圧感を出すあの男が喋っている姿だった。


(どうして…もしかしてあの男は海先輩の知り合いだったのか…?)


まず部員じゃない人がまだ部活動時間の最中なのに他部活の部室にいるだけで謎なのだが、それ以上にあの謎の子と海先輩の関係の方が気になった。


(普通に喋ってる…ここからじゃ何を話してるのか聞こえないな…)


たった一回、それも屋上で少ししか出会ってないので詳しい素性は何も分からないが、明らかに色んな人と接点ができるような人には思えなかった。

むしろあの威圧感には近寄り難い壁があるようにも思えたのだが…



(けど、なんだろう…屋上で出会った時より威圧感がない…)


屋上で出会った時はもっと威圧感というか、圧倒されるインパクトみたいなものがあった。

小さい体に対してあの存在感の強さが今でも鮮明に頭の中に刻まれている


それに比べて今海先輩と話している姿は全くそのオーラを感じ取れなかった。



(屋上の子と見た目は似ているけど雰囲気が違う…じゃあ違う人なのか?)



よくわからなくなってきたがあの子の顔を正面から見ればわかるはずだ

しかしいきなり現れるのもなんだか性に合わない…もう少しだけ観察してみるか————



「壮太。いつまでそこで観察を続けるつもりだ?」


急に海先輩と目が合い、大きな声で話したかと思えば俺の名前が出てきた。

気づかれないようにコソコソと様子を伺っていたが、海先輩にはとっくにバレていたらしい。


「バレてましたか…」


バレてしまったらこれ以上コソコソする必要はない。

俺は扉を開けてゆっくり部室に入る



ただ海先輩を話をしたかっただけなのに思わぬタイミングであの屋上の男の人と出会ってしまった。



(やばいな…黄泉菜に忠告されてたのに結局出会っちゃった…)


出会う前までは少しばかり出会って話がしたいと思っていたのだが、いざ本人を目の前にすると屋上で味わったあの不気味な感覚を思い出して怖くなってくる。


しかしなんだろう。全く屋上で感じられたオーラが感じられない。


「どうした壮太?さっきからこいつばっかり伺って…その感じから同じクラスじゃ無いみたいだな。」


海先輩は戸惑う俺の様子を見て考察し、話がややこしくならないように話す


「話を広げるのも面倒だな…優真。こいつはお前に興味があるそうだ。自己紹介してくれ。」


そう言って海先輩は優真と呼ばれるあの男の頭をポンポンした。


(優真?あの男の子は優真って言うのか…けど一年生にそんな子いたかな…)


おそらく一年生だが、まだ学校が始まって少ししか経っていないということもあり聞き覚えのない名前だった。


優真は俺の方を見て自己紹介を始める


「あ、こんにちは。いや、この時間帯だとこんばんはなのかな?僕は思読優真しとくゆうまです。よろしく。」


改めて見ると屋上で出会った子にそっくりだが、オーラは全く感じられない

双子…という説もあり得なくは無い。


(本当にこの子だったのか?)


双子だとしても明らかに屋上で出会った子と似ている。

少し長い髪で冷たい目、低身長で小柄な体格などの外見的特徴は屋上で出会った子と全く同じと言ってもいい


「あ、そういえば以前屋上で出会ったよね?多分あの時出会ったのは僕が『有感情』のときだったはず…迷惑かけてごめんね。」


「有感情?なんだそれ…」


屋上で出会ったことを覚えているみたいだから双子説ではなく本人だということがわかったが、聞いたことのない言葉が出てきた。


「あー……これは結局詳しく説明しないといけない感じだな…」


ピンときていない俺を見て海先輩は頭を少し掻いて、わかりやすく説明する


「こいつの名前は思読優真。壮太と同じように特殊な能力を持ってるんだ。」


「俺と似ている…?」


あの威圧感が俺と似ている?

全くもって意味がわからなかった。

とにかく今の話だけでは全く意味不明なので、特に何も聞かずそのまま海先輩の話を聞く。


「優真はとくに特殊な体質でね。俺も研究がてら優真のサポートをしてるって訳だ」


「特殊…といいますと?」


「『有感情』…ってさっきも言ったが、ざっくりと言うと優真の感情にはテレパシー能力があるんだ。」


「テレパシー能力…あの威圧感みたいなやつですか?」


「そうだ。」


そう言って海先輩は自分のパソコンのフォルダを開き、俺に見せる



「今調べたところでもこんな感じだ。医師にも相談したことがあるらしいが、こんな症状は知らないと言われて何も分からない事ばかりらしい。」



見せられたフォルダには優真の特殊体質に関するカルテのようなものがたくさん記入されており、自分なりの考察と、実験とを繰り返して治療法を見つけ出そうとしているのがわかる


ここまでくると海先輩は医師か何かの類いと言っても間違いないだろう…

その勤勉さと好奇心と洞察力は海先輩にしかできない紛れもない才能としか思えない。


「…とまぁ、これを見ればあんまり事情を知らない壮太でも優真の体質が特殊なことは分かっただろう?」


そう言って海先輩は自分専用の背もたれ付き椅子に深々と腰掛けて優真に話す


「優真、屋上で出していた有感情を少しだけ出してみてくれ。あの時は実験中だったから…『殺意』だったか?」


「そうだね。とりあえずやってみるよ。」


優真は海先輩の対面で座っていた椅子から立ち上がって俺の方を向いて目を瞑る。


しばらくして優真が目を開いて小さな声で「できました。」とだけ呟いて俺の方を向く




その瞬間、一気に全身の鳥肌が立った

呑み込まれそうになるくらいのオーラ…まるで感情が具現化したみたいだ

周囲に緊張感がピリッと伝わり、まるで金縛りにあったかのように体が硬直してしまう。




(これだ…!あのとき屋上で味わった威圧感だ!)



その優真の眼差しは俺を眼光だけで殺せるかのような鋭い目つきだった


「もういい!優真、戻すんだ。」


優真の感情がどんどん大きくなるところで海先輩が慌ててストップをかける


優真はその声を聞いてすぐに目を閉じて深呼吸したのちに、無感情の優真へと変わっていった。


「どうでした?」


「たしかに屋上で感じだ時と一緒だったよ…」


流石にさっきまであの威圧感を放っていた男がこの変わりようだと俺も驚きを隠せない。


「まぁこういうことだ。優真は感情を出すとそれに反応して周りがテレパシー空間みたいになるんだ。中学生あたりで突発的に症状が出たらしく、今でも完全な制御ができないでいる。」


「僕よりもはるかに大変な事じゃ無いですか…」


俺は自分の意思とは異なる行動をとってしまう『原因不明の何か』が思考をたまに支配してくるのだが、優真は少し違って自分の中だけでなく外、空間にまで作用している


「海先輩、今の優真くんの状態はどんな感じなんですか?」


「そうだな…だいぶ落ち着かせることができるようになったが、まだクラスのみんなと顔合わせさせるのは厳しい気がする。当分は保健室通いになるだろう。」


保健室通いだったから出会わなかったのか。

俺の中でちょっとした問題点が解決される。


ふとここで気になることができ、俺は海先輩に、

「海先輩に質問なんですけど、優真くんっていつ頃から海先輩の矯正?というか検診?を受けてるんですか?」


海先輩は「そうだなぁ…」と呟きながらマウスを使ってパソコンのデータを遡る


「初めては…四月十六日だな。保健室で偶然立ち会ったところをスカウトした。まぁ優真に関しては俺自身も出会ったことがない能力を持ってたからね。データはしっかりと記録されている。」


どうやら海先輩は気になった人をスカウトしてその人を調べ上げる事をしている。

…とんだ変質者だよ本当に。



ますます海先輩の生態がわからなくなってきた。まったく何者なんだこの人は。



「それじゃあ屋上にいた時…あの時は何してたんですか?」


そうだ。海先輩に特殊体質を研究してもらっているなら屋上でわざわざ有感情を出さなくてもいいのにと思ってしまった。


「それはあれだ。俺の実験で有感情をどれくらいの空間で行えるのか、どこまで有感情を維持できるのかって事をやってる最中だったからな。あの時間ならほとんど誰も来ないと思っていたのだが…結果的に壮太と遭遇しちゃったし、もう少し慎重に研究しないとな」



(これがもし俺じゃなかったらどうなってたんだろう…)


一緒トラウマものだろうな。


だがそんな事を他人事のように言える立場でも無い。自分にもあり得そうで怖い。




「で?やっと本題に入れるわけだが…壮太は今日なぜこのフリーな心理部にやってきたんだ?」


海先輩が回転する椅子を回転させて俺の方を向く


「そりゃ僕だってこの複雑な思考を見てもらいたくて来てますし、他にも先輩には確認しておかないといけないこととかもあって…」



「おう。そこら辺はなんとなくわかる。ざっくりと要件でいいよ。」


海先輩には全部お見通しなようだ。



「それなら海先輩に聞きます。」


「おお。何言われようが俺は隠すことなんてないからな。心理部のメンバーがいない今日、気が済むまで質問しとけ。」


海先輩は少し挑発的な態度で俺に話す

こういうところも含めて話し方というか、話の導入が完璧すぎる。


「なら聞きます。海先輩は人の心が読めるんですか?それは単になんとなくではなくて、能力的な何かなんですか?」


俺は今までずっと疑問に思っていたことをぶちまける。







海先輩は表情ひとつ変えずに



「いや、流石に能力とまではいかないが、まぁ能力並みに人の心は読めるな。」


と答えた。

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