第16話 相手の思考とセンスの塊

「今年は心理部が多くなって先輩方喜んでいたね。」


「そうですね。」



ほのかに温かい季節の中で、二人で足並み揃えて歩く。

俺は今、黄泉菜と二人きりで帰っている。


最高のイベントだ。



だがいきなりこんなことに発展するはずがない。何があったかは遡ること数時間前、部活終了後にあった。







「壮太くん。」


「はい?なんでしょう。」


部活終わり、久しぶりに黄泉菜に呼ばれた。

呼ばれたのは部活見学の時以来だ。


あの時からあまり黄泉菜と話す機会が少なくなっていた俺にとっては嬉しいことだった。


「実は今日、壮太くんに教えて欲しいことがあるんだけど…帰り一緒に帰れないかしら。」


予想外の出来事に俺は困惑して硬直する。しかし頭の中はガッツリフル回転をしていた。


(一緒に帰る!?俺は今黄泉菜に一緒に帰らないかって言われたのか?ってことは俺は、、黄泉菜と一緒に帰れるってことか!?)


嬉しすぎて思考がおかしくなっている。

それほどまでに嬉しかったんだ。


ただ、一緒に帰る内容に少し疑問点もある



(『教えて欲しいこと』ってなんだ?)



勉強はおそらくだが黄泉菜の方が上、運動能力は俺の方が上かも知れないが、そもそも運動系で教えるものがそこまでない。


それなら俺に何を教えてもらうつもりなんだ?



「あ、も、もちろんお願いします!俺が役に立つならいいんですけど。」


気になる人からの誘いなど断る理由もなかったので、俺は食い気味で黄泉菜の誘いを引き受けた。







そして、今この状況だ。


二人で横一列になって歩く。

手は伸ばせば繋げる距離にまで達しているこの状況で、俺は平常心を保てるわけがなかった。


(なんで黄泉菜は俺を誘ってくれたんだろう…何を教えて欲しいのかがやっぱり気になるなぁ。)


流石にムズムズしてきたので思い切って黄泉菜に聞いてみる


「あの、今日はなんの要件で…?」


黄泉菜は俺の方をチラッと見た。

直視できない…可愛い。


「要件?もちろん壮太くんに教えてもらうことよ。」


(それが知りたいんだけど……も、もどかしい!)


さらに追い討ちかけて聞こうと思ったが、勇気切れでもう無理だ。

なんて弱々メンタルなんだ…でも仕方ない。黄泉菜が可愛すぎるのが原因なんだ。



「あ、とりあえずそこの公園でも寄りましょうか。」


黄泉菜はまるで俺と一緒に帰っている状態を楽しんでるようなテンションで公園に入っていく。


(俺と一緒に帰れて楽しいのかな…いや、流石にそんなわけないか。)



男ならどんな人であろうと女と二人きりで歩くとなるとドキドキするものだ。

女は違うのか…?分からん。

いや、そもそもこの考え自体が間違っているのか?



そんな事をグダグダと考えていると自然自分の足が遅くなっていた。


黄泉菜はすでに公園にある桜の木の下のベンチに座っている。


「壮太くん?早くこっち。」


黄泉菜は優しく俺を自分のベンチの隣へと誘導する。


この際、心が読めない俺を試しているのか、俺に気があるのか、何を思った行動なのかわからなくなってきた。


(俺、黄泉菜に試されてる?)


そう考えながらも俺は黄泉菜の座っているベンチへ駆け寄って、黄泉菜の隣に座る。


まだ日は落ちていない。

これから昼が長くなる、その前触れで今は夕方が長く感じる。


まだ日差しが届いている綺麗な夕焼けの中、シーズン真っ盛りの桜の木の下で男女二人が座っている



(は、恥ずい…!これ他の人からどう見られてるんだ!?)


黄泉菜が誘ってくれた事だから黄泉菜が何か話を始めてくれるだろうと思っていたが、なかなか話が始まらない。


「あ、あのー、黄泉菜さん?俺に教えてもらいたいことって…」


俺はとりあえずこの気まずい空気を取り除こうと黄泉菜に話しかけた。


「そ、そうね。話すわ。」


黄泉菜はしばらくボーッとしていたが、俺が話したことで急に我に返った。


「実は私、ゲームっていうものにあまり縁がなくて…部活でやる『ウルファーウェイ』ってやつを全く知らないの。壮太くんならゲーム知ってるかなって思ったから聞いたんだけど、教えてくれない?」


「あ、あー、いいですよ!」


なんだそんなことか。

…ここまでドキドキしてた俺が馬鹿みたいだな。

いや……?そんな事を考えてる俺はどこかで期待していたのか?


(何を期待してたのかよく分からんがガッカリするな俺!なんだかんだいっても今の状況はご褒美なんだし、とりあえず黄泉菜に教えてあげる事が最優先だろ!)


そうやって俺は自分を慰め、平常心を保った。






「ウルファーウェイのアプリはダウンロードしましたか?」


「ええ。とりあえずチュートリアルまでは終わらせたわ。だけど、役職だったり詳しいルールだったりはまだ覚えれてないわ。」


俺は黄泉菜に一からゲームを教える


「詳しいルールは実際にやった方が早いかもしれないけど、役職に関しては最低限のことはとりあえず覚えておきましょうか。」


こうして俺によるゲーム指導が始まった。



ウルファーウェイは役職の種類が多く、俺自身も覚えるのがも一苦労だった記憶がある。

だが、黄泉菜は覚えが早くてすぐに役職の大まかな能力を覚えてしまった。



「まぁこんな感じです。あとは詳しいルールだけですが、これは実際にやってみて覚えた方が早いので今回はフリーマッチでやってみたらどう?」



「…ええ。やってみるわ。」


黄泉菜は『オンラインで始める』というボタンを押す


マッチ時間がひたすらカウントされ、十五秒くらいで参加人数が揃い、ゲームが始まった。


「は、始まりました!」


「見せてもらえますか?」


黄泉菜のスマホに映し出されている画面には狼の絵が書かれたカード、『ウルフ』だった。


「いきなり『ウルフ』引き当てたんですね…ちょっと勝つのが難しいかも。」


「確かウルフってみんなを騙して村人の人数を減らしていけば勝ちなんだよね?」


黄泉菜はさっき蓄えた知識を思い出す。


「ざっくり言えばそうなるね。けどやってみるとウルフの難しさがより分かると思うよ。」


そう言いながらも俺は黄泉菜の初ゲームを一緒に見届けた。





「あぁ〜、これやっぱり難しいですね。思ってたように上手くいきません。」


「説明を聞く限りだと簡単そうに聞こえるんだけど、いざやってみるとなかなか面白いよね。」


初めてのゲームをする黄泉菜を微笑ましく見ていたのだが、何かおかしい…


(…ん?なんか、勝ってない?)


黄泉菜の動きを見ているのだが、初めてとは思えない綺麗な嘘で相手を騙して一人、また一人とどんどん村人を殲滅していった。


結果、

「あ、勝ちました。」


まさかの黄泉菜の圧勝だった。


結果詳細でそれぞれの人の動きや投票先などが見れるが、黄泉菜は全く他の人に疑われることがなかった。


(な、なんだこの非の打ち所がない動きは!)


誰にも疑われないなんて出来るはずがない。

そう思っていた矢先にこの動きを見せられたので正直驚いている。


(もしかして、黄泉菜ってゲームにセンスある!?)


俺は黄泉菜の方を見た。

黄泉菜は自分の凄さに気づいておらず、キョトンとした顔で俺を見つめ返す。


「私、こういうの向いてるかもしれないね。」


向いてるという言葉だけで片付けていいのか…それほどまでに今の試合は上手すぎた。


「…そうだね。これなら心理部のみんなとやってもいい勝負ができるんじゃないかな。」


何も一番怖いことは黄泉菜が無意識でこの実力だということだ。

これで部活の時も圧勝したら流石に心が折れちゃうかも。


「でも私がここまで出来るようになったのは壮太くんのおかげだから、この勝利も壮太くんのおかげでもあるね。」


そう言って黄泉菜はニコッと笑顔を見せた。



(て、天使だろ…)


俺は黄泉菜の笑顔を直視できずにニヤつく口元を隠すだけだった。



「私、ゲームってやってもそんなに楽しくないんじゃないかなって思ってたけど、今回やってみて私の考えが違ったって分かった。」


黄泉菜の声のトーンがいつもと違うのがはっきりわかる。


「ゲーム、楽しいね!」


もう一度ニッコリ笑顔をする黄泉菜を見ていると自分まで心が癒される。


「だね。僕もそう思う!」


俺は照れ隠しだが、黄泉菜に負けない笑顔を返した。






気がつけばもう暗くなり始めている。


「もう日がかけてきちゃったね。」


いくら昼が長いとはいえ、まだ春だ。

6時を過ぎれば暗くなってくる。


「どうしますか…?」


「日も欠けてきたし、そろそろお開きにしましょうか。私は少しだけ立ち寄りたいところがあるから別々の行動になりそうね。」


そう言って黄泉菜はゆっくり立ち上がり、スカートをパッパッと手で払う


「私のわがままに付き合ってくれてありがとう。今日はゲームを教えてもらってとても嬉しかったわ。」


「僕こそ誘っていただいてありがとうございます。」


まだお互い緊張気味で堅い言葉交わししか出来なかったが、俺はそれでも十分嬉しかった。



「それじゃあまた明日」


そう言って黄泉菜と別れようとする。

黄泉菜に背を向けて帰りの一歩を踏み出そうとした時、「そ、壮太くん!」と黄泉菜に呼び止められた。



「あ、あのさ!また面白いゲームがあったら教えてよ!今度は一緒にやりたい!」



その言葉に足を止められ、体全体が幸福で満たされる






いつぶりだろうか…こんなに心が高揚しているのは。

俺の強い気持ちと黄泉菜の優しさの間にあるもっと他の気持ち……改めてこれが黄泉菜に対する本音なんだと実感する



俺は歩みを止め、振り返って話す


「わかった。またいいゲームがあったら誘うよ!その時は一緒にやろう!」


俺はそれだけ言って公園を後にした。





それからはひどいものだ

ニヤニヤが止まらずに終始手を押さえておかないと口角が上がりっぱなしだ。



(初めて出会った時からなんとなく気がついてたけどやっぱり俺、黄泉菜に気持ちがあるんだよな。もう、、、この際認めよう。)


別に認めていなかったわけじゃないが、今回改めてわかった。









俺は、

石原 黄泉菜が好きだ。










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