第10話 暴かれる思考と押さえる気持ち

月日はあっという間に過ぎ、部活見学期間も気がつけば最終日となっていた。

それなのに俺は、未だにテニス部と心理部で迷っている。


(黄泉菜は心理部で決定なのかな…………べ、別に黄泉菜がいるから心理部に行くってわけじゃないけど?まぁ、心理部も悪くないんだよなぁ。)


あれから黄泉菜とは連絡をとっていない。

部活見学で変な空気を作り出したのを最後に、音沙汰もなくなっていた。


なんとなく原因はわかるし、なんなら原因がわかるからこそ喋り出すきっかけが見えないというか……


(どう考えても前の……智恵先輩が言ってたことが俺の中で引っかかってるんだよな。)


遡ること三日前、竜と心理部を見学した時だ。









竜と部活見学に行った時の帰り際、俺は智恵先輩に呼び止められた。


「壮太くんと黄泉菜ちゃんが初めて来た時……覚えてる?黄泉菜ちゃんが途中で抜けて壮太くんが追いかけるように心理部を出て行った日のことね。実はその後、部活の終わり際に黄泉菜ちゃんが心理部にもう一度顔を出しにきたの。」


「え、そうだったんですか?」


三日前、黄泉菜は俺に向かってボソッと何かを喋るだけ喋った後、すぐ帰ってしまった。

ただ、どうやら黄泉菜は帰ってなかったらしく、もう一度心理部に来ていたそうだ。




「なんかその時に黄泉菜ちゃん、こんな事を言ってたなぁって。」


智恵先輩は精一杯黄泉菜の真似をしながら再現する。


「実は私、一人だけ心を読みたい人がいるんです。詳しいことはあんまり言えないんですけど、その人のことをもっと知りたいというか……でも、私だけの努力じゃあどうしようもできなくて。」


「……一人だけ心を読みたい人?」


なんだか矛盾してないか?

黄泉菜は人の心が読めるはずだし……


「私一人の力じゃ分からないことも多いし、こういう話を切り出すのも人が限られてくると思うんです。だから……私は、心理部に入部しようと思います。」


黄泉菜の真似をやり遂げた智恵先輩は、やり切った感満載で自信たっぷりの表情を見せる。


「だそうだよ。壮太くん。まぁ心を読みたい人が誰なのかまでは聞かなかったけど?壮太くん的にはいい情報が手に入ったんじゃないかな?」


「……はぁ。あ、ありがとうございます。」






こんなことがあったのだ。



智恵先輩の演技こそ散々なものだったが、とにかく黄泉菜が心理部に入るのはほぼ確定らしい。

ただ一つ引っかかる言い回しが……



「心を読みたい人がいる……」


そこだけが引っかかる。

実際、黄泉菜は人の心を読むという特殊な能力を持っている。

それなのに「心を読みたい人がいる」というフレーズを残すということは……


(どう考えても俺だよな……俺だよなぁ?)


あまりの嬉しさに思わず口角が歪んで悍ましい顔を披露するところだったが、なんとか平常心を保ちながら別の選択肢を考える


(俺以外に心が読めない人といえば……屋上のあの子、とかか?)


思わず「いやいや、この期に及んでそんなこと……」と、自分で考えた結果に否定しながらも、それ以外の選択肢がないことに嬉しさを感じ、気持ちを抑えようとしてもニヤニヤしてしまう。


(俺なのかどうかは置いておいて、とにかく黄泉菜が心理部に入るのは確定なんだよね。)



何がともあれ心理部に入部すれば黄泉菜と出会う回数が格段に上がることは確定した。ただ、まだ竜が何部にするかを聞いていないし、俺自身も知らない人ばかりの世界に飛び込みたいとは思わない。


(困ったなぁ……そろそろ本格的に決めに行かないといけないのに、智恵先輩から変な話聞いちゃったし……どうすればいいんだ……)



部活見学期間が最終日だというのに、俺の葛藤は一層激しさを生むのだった。





そんなことで頭を抱えて向かった先は———







「失礼します。」


「あれ!壮太くん!今日も見学に来たの?」


結局心理部に顔を出していた。

気づいたら扉の前に立っていたってことは……やはり俺と黄泉菜は惹かれ合う運命なのかもしれない。


「今日は花音先輩休みなんですね。」


今日の心理部メンバーは部長と海先輩の二人だった。


「花音ちゃんなら多分今日は遊んでるんじゃない?この部活って結構参加日数とか気にしないタイプだからさ!」


智恵先輩は堂々と話す。

が、後ろから海先輩が話しながら真ん中のテーブルにやってくる


「もともと参加日数を決めてたのにお前らが来ないからなくなったんだろ。」


海先輩そのまま中央のテーブルにある椅子に座って話し始めた。

なんだかんだでこの二人いいコンビなんだよなぁ……



「正直な話、部活の参加日数にあれこれ言うつもりはない。だが最低限休む理由ぐらいはほしいな。まぁほとんどの言い訳が『娯楽を楽しむ心理について研究します』とかいうよく分からん欠席理由だけど。」


若干の口調のトゲトゲさは残っているものの、海先輩の初期のイメージとは違って、しっかり者で優しさのある先輩に変わっていた。

どことなくオラオラ感は否めないけど。



「で、お前は何しに来たんだ?心理部の活動は一通り見せたはずだし、他の部活を回らなくてもいいのか?」


「いやぁ……他部活も見学しに行ったんですけど、やっぱり部活をするなら友達が欲しいというか、一人じゃ心細いというか……」


「それで『石原』が一番入る可能性が高そうな心理部にもう一度顔を出したってわけか。」


海先輩の口から出た言葉に思わずピクリと反応してしまう



「黄泉菜ちゃんは心理部確定だと思うから、そこを取るか取らないか……そういうことね?」



「ま、まぁそんなところです……」



なんだろう……海先輩がすごいニヤニヤしながらこちらを覗いてくる。なーんかすごくもの言いたそうな顔してるなぁ。


「な、なんですか海先輩。」


「いやぁ?行動と言動次第で人の心ってあっという間に読めちまうよなぁと思って。」


「……何が言いたいんですか。」


海先輩が考えていることはなんとなく予想できるし、俺自身否定できない部分もあることからこれ以上話を掘り進めるのはやめよう。

それに比べて……心理部の部長をやっているであろう智恵先輩は何一つ理解してなさそうな表情をしている。



「何がともあれこの部活は『広く・深く』だ。野球部やサッカー部みたいな一つの事象に探究するものじゃないし、名前だけの出会い系部活でもない。ジャンルは多彩だが、とことん研究するのがスタンスだ。有馬壮太、お前もなにか心理系のことで気になるならぜひうちの部活に入部するといい。」


海先輩の部活への熱量は正直何が原動力なのかわからないほどに熱い。これこそ心理部が半端な部活で終わっていない証拠なのかもしれない。


「それこそ黄泉菜ちゃんは『ある人の心を読みたい』って理由だし、動機はそんなに固いものじゃなくてもいいの。結果や成果を残さないといけないわけでもないし、最初は好奇心だけでも全然オッケーよ。」


優しい先輩方にゆったりと落ち着ける空間、さらには気になっている子も入部するこの心理部に、正直入らないという選択肢は無いに等しい。

……ただ、何か心の奥底でひっかかるものがある。



「……改めてご説明ありがとうございます。正直な話、僕自身あんまり心理とかには興味があるわけでは無いんです。……無いんですけど、ちょっとしたきっかけで心理的要素に絡まないといけなくなったというか、なんというか……つまりはその、運命……的な?」


「……お前何言ってるんだ?」


……盛大にやらかしてしまったかもしれない。頭の中のモヤモヤを何とか具現化して言葉に表したつもりなのに、かえって意味がわからなくなってしまった。

でも、俺の語彙力的にはこれが限界だし、正直黄泉菜との出会い、心が読めないという関係は運命の2文字以外に表せるものがないくらいに適格な表現だと思う。


それに、黄泉菜の能力は本人の了承無しにポイポイ話していいものでもないはずだ。


「とにかく、お前はもともと心理部に入る予定はなかったが、ある一つのきっかけで入らざるを得なくなった……そういう事だな?」


「そうです。でも、僕自身心理系の話に興味がないわけでもないですし、入部するとなったら部活にはしっかり参加するつもりです。」


海先輩の小さな頷きに智恵先輩は「いいじゃん!新入部員がこんなに魅力的ならジャッジする必要もないんじゃないの?」と海先輩の後ろから肩を持ってブンブンと揺さぶる。


海先輩は心底嫌そうな顔をしながら、「とにかく揺さぶるのを止めろ」と智恵先輩一蹴し、大きなため息をついてから俺を見て話す。



「今年の一年はどうやら曰くつきな人材が多いみたいだな。それはお前しかり石原しかり…………とにかく、入部を強制することはしないのだが、俺自身お前らには少しばかり興味がある。他に行く宛がないのであればぜひとも心理部へと入部してほしいところだ。」



『キーーンコーーンカーーンコーーン』



海先輩が最後の締めくくりをすると同時に部活終了のチャイムが校内に鳴り響く。

気が付けば窓の外から見える景色はすっかり暗くなり、あっという間に時間も経過していた。



「もうそんな時間か……今日の部活はこれで締めるが。壮太、自分のやりたいこと、気持ちが最優先だ。しっかり迷って、しっかり決めるんだぞ。」


海先輩は俺の目を見つめて訴えるように言葉を放つ。

そこには自分の心理部へ情熱と、先輩らしい頼もしさが詰まっていた。


「さ、今日これでしまいだ。智恵、いい加減俺の後ろから離れろ。」


「そんなツンケンしないの!後輩には優しいのにひどいわ!」


海先輩と智恵先輩が再び言い合いになっているのを見て思わず安心感を持った自分がいる。

これがどういう感情なのかよくわからないけど、少なくとも居心地がいいことには変わらないだろう。


そんな、ここまで至れり尽くせりしてもらった部活に誰が入らないというのだろうか。



「あ、あの!海先輩と智恵先輩!」


帰ろうとする先輩方を引き止めて俺は言う。


「僕、決めました。こんなに魅力的な部活に出会えて良かったです。ぜひ入部させてください!」


これは俺が決めた本心だ。

他人を気にした弱い気持ちよりもずっと、確固たる意志を持ったものだ。


「そうか、君が心理部に入部してくれることを心から歓迎するよ。」

海先輩は優しく、そう呟いた。


「よくぞ決めてくれた!可愛い後輩ができて私は満足だよ!よろしくね!」

智恵先輩は無邪気に喜びながら、俺にダル絡みしてそう話す。


変な先輩方と、安心感ある部活。

どうやら俺は、そんな部活に興味を持ったみたいだ。





「あ!そうだ、もし壮太が心理部に入るなら、ぜひとも一つやってもらいたいことがあるんだった。」


そう言って海先輩は俺の方は寄ってくる。


「これは別に俺の勝手な頼み事なんだが……………」








「それじゃあ、頑張ってくれよ!」


「……はい、わかりました頑張ります。」





先輩の優しさ、心理部の良さ、部員の部活に対する思いを聞くことができた。




それを踏まえ、俺は心理部に入部することを固く決意した。


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