第5話 集中思考と新しい発見

あの男は何者なのか…



黄泉菜は心を読んだとは言っていたが、おそらく読んだ内容は思い出せないままだ。


……考えれば考えるほど謎だ。



結局あれから俺は黄泉菜を運んで保健室に行った。

詳しく話を聞こうとしたが黄泉菜にも圧をかけて聞き出すのも悪いと思ったのでそのまま解散という形になった。


(無理に黄泉菜に聞き出すのもよくないよな…本当はあの男がどういう人で、何を考えていたのか気になるが…流石に保健室まで運んでいった黄泉菜に対して質問攻めするのは無理があるだろう。)



家に帰ってから黄泉菜にLINEで体調を聞いてみたがどうやら大丈夫らしい。




「結局あいつは誰だったんだ…」


同級生っぽいのはわかったのだが、まだ他のクラスの人との面識もないので特定はできない。


Twitterでも見ようかとスマホを見るといつの間にか黄泉菜からメッセージが来ていた。


「今日は保健室まで運んでくれて、ありがとう。結局、部活見学も行けなくなっちゃったね…」


(確かにそうだ…俺、部活見学のために黄泉菜に呼び出されたのに完全に部活見学の事を忘れてた…)


すぐに黄泉菜に返信する。


「こちらこそごめん。あの男が気になって部活見学のことを忘れてた。」


「あの子ね…家に帰ってから何を読み取ったのか思い出そうとしたんだけどやっぱり思い出せない。」


(思い出せない…黄泉菜の心を読む力はそう考えると限度があるのかも…)


もっとも、俺の心を黄泉菜が読めないのは、さっきの男の人と別の理由があるはずだ。



ただ、あの人も何かの特異体質なのだろうか。小さい体に対して大きな威圧感だったり、鋭い視線だったりは恐らく何かの能力があるんだと思う。

それはまるで標的に対する殺意だったり、憎悪だったり、思考でいうとそんな感じのものを発しているように思えた。


それこそなんでも能力のせいにして事を済ませているわけでもないのだが、黄泉菜の話を聞いて特殊能力があることを疑わずにはいられなかった。




おそらく、俺でも感じとることのできるあの人の恐怖感だったり威圧感だったりを、黄泉菜は人一倍感じたんだと思う。


それはあの男が待つなんらかの力であり、黄泉菜の能力とは部が悪かったと考えるのが妥当だ。



「あの子にはなるべく関わらないで欲しい。あの子からは何かすごい嫌な感じがするの。」


黄泉菜からのLINEは俺への注意喚起だった。


(確かにあの威圧感は怖かったけどそれ以上の事は何もされていないし、黄泉菜は一体何を読み取ったんだろう…)



自分なりの思考を回しながらも黄泉菜に返信する。



「わかった、ありがとう。」


これで終わっていいものかと考えたが、実際俺も黄泉菜もあの男の素性を知らないのに対して関わりを持たないようにするのは自分の中で引っかかるものがあった。


「ありがとう。」からどのように内容を展開していけばいいのか分からずに困っていると黄泉菜からメッセージが来た。


「今日は部活見学行けなかったけど、まだ四日もあるし、明日見に行かない?」


忘れていた部活見学の話が出た。


けど明日は…


「誘ってもらえて嬉しいけど、ごめん。明日は竜とテニス部の部活見学に行く約束をしてるから行けない。」



竜と部活見学に行く予定が入っていた。


実際気になっている子から誘われたら行きたくなるのは当然だが、あらかじめ予定しておいたものをキャンセルするのは良くない。


(まだ四日もあるから竜との見学は最終日にすればよかった!)


変えれない過去に後悔しているとまた黄泉菜からメッセージが届いた。


「明日は行けないなら明後日ならどう?」


その返信に俺の顔が笑顔で歪む

最高の返答がやってきた。


(うおっしゃぁぁぁぁぁぁあ!!)



明日は予定が入っているがそれ以降はフリーだ。


つまり…


「明後日でよければお願いします!」


即答した。



こうして俺は、とあるハプニングで潰れてしまった気になる人との部活見学を見事に復活させることに成功した。



「明後日かぁ、早くならないかなぁ」


竜には悪いが、明日の部活見学よりも遥かに明後日の部活見学の方が楽しみになってしまった。

気分絶好調のまま俺は眠りについた。








次の日

昨日の出来事が嬉しすぎてあまり寝付けなかったので全くの寝不足だ。


そんな眠たい俺に竜がいつものように話しかけてくる。


「よう壮太!昨日はどこの部活を見学しに行ったんだ?」


いつものように竜はハイテンションで俺に寄ってくる。


普段でもこのテンションは苦手だが、寝不足の俺にはさらにキツい。


「昨日はどこにも行かなかったよ。なんか色々あったりしたからね。」


「ふーん、やっぱり壮太にはテニス部しかないんだよ!」


「なんでほぼ決まってるような言い方なんだよ。」


今日はいつも以上に竜がテンション高めに見える。

残念ながら今の俺にはどうやったらそんなに元気でいられるのかわからない。


「じゃあ放課後グラウンド集合な!忘れるんじゃねぇぞ?」


「はいはい、わかってるよ。」



なぜかハイテンションな竜から飛び出す言葉を受け流すように俺は返事をした。


(なんだかんだ言ってたけど竜はテニスめちゃくちゃやりたそうなんだよなぁ…まぁ俺も別にテニスが嫌いってことでもないし、このまま決まらなかったらテニス部に入部しよう。)



今回はとりあえず部活を見るだけ…もし竜がテニス部に入るのなら俺もついでに入ろう。


残念ながら俺の中にある部活への意気込みはこんなものだった。








放課後になり、俺は提出物を出すから遅れることを伝えると竜は「なるべく早く来いよ!」とだけ言ってグラウンドへ一直線で向かっていった。


提出物の提出で少し遅れることが確定していた俺はあそこまで張り切っている竜を見るとなんだか申し訳なく感じる。


(流石に何十分も待たせるのは良くないよな。提出物だけパパッと出してすぐ行こう。)


そう思いながら行動したつもりが、先生の長話に付き合わされ、気がついたら二十分も待たせてしまった。


(くっそ!提出物を出しに行っただけなのに変な話に絡まれた!)


俺はみんなよりも学校スタートが遅かったので先生には学校生活のことでよく質問が繰り出されていたが、よりによって今日の提出物を出した後に聞かれてしまったので思うように抜け出すことができなかった。


遅くなってしまったので若干早足でグラウンドへと向かう。



(結構待たせちゃったけどいるかな?)


学校から出てグラウンドを見るが、竜の姿はどこにも見当たらない。


(…まぁそうだよな。二十分も待たせるなんて言ってなかったし、こればかりは仕方ないか。)


仕方ない…そう思っている反面で、なぜか悲しくなるような感じがした。



自分一人でテニス部を見る気力もなく、そのまま帰ろうとした時…

グラウンドの隅の方で面影のある五人の姿があった。


「お、結構遅かったな!誰先生に絡まれたんか?」


竜だ。


竜と結構一緒にいる寺島 羊(てらしま 

よう)と、三巳 伸也(みつみ しんや)、獅ノ亥 鈴(ししのい すず)、鳥河 凛(とりかわ りん)の五人メンバーでミニゲームをしていた。


「結構待たせてごめん。尾形先生に絡まれてなかなか抜け出せなかった。」


今は待たせて悪いという感情よりも、竜が待っていてくれたことの嬉しさの方が強かった。

優しすぎる…これだから普段のちょっかいが鬱陶しくても嫌いに慣れないんだよ…



「尾形先生かぁ、あの先生は一回捕まると話が弾んじゃうからなぁ。とりあえず終わっちまうといけないからテニス部の見学、すぐ行こうぜ!」


竜は自分の荷物を持って俺の方へとやってくる。


「おい竜!どこに行くんだよ!」


さっきまで遊んでいた羊が竜に向かって叫ぶ。


「悪りぃ!これから壮太とテニス見学しに行ってくるわ!」


「勝ち逃げする気ですかー?」


続いて伸也くんも竜に問いかける。


竜はみんなに向かって平謝りをしてテニス部の見学へと向かっていった。





そのまま竜は壮太と一緒にメンバーに背を見せてテニス部の方へと歩いて行った。



「チッ。なんだあいつ…」

羊は恨むように舌打ちをし、壮太を睨みつける。


「最近の竜、壮太って子と仲がいいよな。」


ちょろっと羊の隣から伸也が出てきてボソッと呟いた。



「おやおや、羊くん…もしかして嫉妬?」


伸也の煽りのような言葉に羊はなぜか過剰に反応した。


「うるせぇな、太平洋に沈めるぞ。」


「キャー羊さんこわーい。」


棒読みで内股になって逃げていく伸也を追いかけようとしたが、羊はそれをしなかった。


(別に嫉妬とか…そんなんじゃねぇよ。)


そう言って羊は壮太を遠目で再び睨んだ。








「なんか悪いことしちゃったね」


「ん?何がだ?」


竜はなんとも思っていなさそうだが、流石に他の四人には申し訳ないと思った。


「いや、みんなで遊んでたでしょ?それを俺の用事だけで中断させるのは悪かったなぁって思って…」


「そんなに気にすんなよ。そりゃ俺も急に抜けるのは悪いと思ってるけどよ、事前に決めてた約束だったし、俺が言い始めたことなんだから責任は持たねぇとな。」


普段お調子者の竜がそんなことを言うなんて思ってなかったのでちょっと見直した。


ほんのちょっとだけだけどね。




「お!やってるやってる。」


グラウンドの隅を歩いていくとテニス部の部活している姿が見えてきた。


「壮太じゃんか!見学か?」


テニスの練習を抜けて一人の先輩がこちらに向かってくる。


「健介先輩、お久しぶりです。」


中学の部活の時から仲良くしてもらった先輩だ。


「なんだ?竜は先輩のことを知ってるのか?」


「健介先輩は中学の時にテニスを教えてくれてたからね。」


中学から始めた球技音痴の俺がだいぶできるようになったのも健介先輩のおかげだ。


「その子は壮太の友達?意外と運動できそうじゃん。そこならボールも多分飛んでこないと思うから気軽に見学していいよ。」


「「ありがとうございます!」」


俺と竜は気軽に話しかけてくれた先輩にお礼を言った。


先輩は俺らにグッドサインをして部活の練習へと戻っていく。


(やっぱり健介先輩、優しいな。)


俺はこの先輩にたくさん教えてもらった。

だからこそテニス部は欠かせないものだと感じる。


(でも今はまだ、決められないかな。)


俺は心の中で呟いた。

テニス部でもいいのだが、どこか心の奥底で決定しきれない自分がいた。




それからというもの、俺と竜はテニス部の練習を心ゆくまで見学した。


俺には練習している人全てが雲の上の存在に見えたが見ているだけでも面白く、竜に関しては興味津々だった。









「テニス部、面白かったな!」


見学後も竜はテニス部の話ばっかりだった。


「たしかに面白かった。僕も部活なんてなんでもいいって思ってたけど、ちょっと考えが変わったなぁ。」


実際のところ、竜がテニス部に入部するのなら一緒に入ってみるのもいいのかなとは思う。



(でもやっぱり今のところはお預けかな…)



部活なんてなんでもいいと思っていた俺にとって、今日は特別な日になった。

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