第2話 隠せない思考と読めない気持ち

(登校初日の朝一からなんでこんな間に合わなくちゃいけないんだよ……)


自己紹介で盛大にやらかした俺――有馬壮太は、席の後ろにいるいかにも陽キャな友達――山神竜にネタにされながら今日一日を過ごすことになった。


「いや〜あの噛みは素晴らしかった!あんなオチがあるのなら先に言ってくれよ!」


ゲラゲラと笑う声とともに背中をバシバシたたかれるが、なんかもう怒るとかそんな感情はなかった。

少しは慰めてくれてもいいじゃないか。って、そんなこともお構いなしで竜はずっと笑っている。

『人の不幸は蜜の味』

まさに今このことを言っているんだと感じるよ。


別に狙ってやっていることでもないのにここまで笑いものにされると正直イラッとくるものもあるが、これをきっかけに竜とさらに仲良くなれることを考えると思うように怒れない。

俺が押しに弱いのってこういうところなんだろう。


「まぁ誰にだって失敗はあることだし、そんなに気にすんなって!」


竜が慰めの言葉をかけているのはわかるが、明らかに言葉と挙動が一致していない。せめて笑いながらバシバシ叩くのをやめていただきたい。


「竜、お前にはこの恥ずかしさを共有できなくて残念だよ……」


「おう?そうだな!仕方ない!」


……うーん、なんだろう、思った反応が返ってこないんだけど。

ど天然なのかおバカなのかそういうキャラなのか……まぁでも、そこまで苛立ちが湧くわけでもないから怒りどころも掴みにくい。


「僕だって噛みたくて噛んだわけじゃないし、オチが欲しいからやった事でもなんだよ。ただちょっと噛んだだけなのに……」


「ごめんよ〜壮太。みんなそこまで気にしてないから元気だしな?登校日初日にインフルで休んで、待ちに待った自己紹介で盛大に噛んでオチを作った壮太のことなんてみんな全然気にしてないから。な?」


「それめちゃくちゃ印象に残ってるじゃねぇか!」


しっかりとツッコミを入れる俺と、ちゃんとネタを拾って貰えて満更でもなく楽しんでいる竜。

中学時代こんなふうに俺と絡んでくる人がいなかったせいで、揶揄われているのも少しだけ心地が良いと感じてしまう。

初めは友達ができるかどうか心配だったけど、なんだかいいスタートが切れた気がする。

やはり第一印象というものは力強く人の頭の中で印象に残るものなんだと実感した。

……決して自分の第一印象がいいとは限らないけど。


俺がこれから過ごす高校生活は、なんだか少し騒がしくなりそうだ。




◇——————————◇





俺にとっての高校生活初日は分からないことばかりだ。五日間の遅れが何といっても大きな要因だと思う。


周りの人の行動を見る限り、高校の勉強スタイルを確立させて勉学に取り組む人や、隙間時間を使って小テスト対策をする人など、明らかに中学校までの生活と異なっていた。

勤勉だなぁと思いつつも、それをすんなりこなしているクラスの生徒たちを見るとこの先不安に感じる。


(みんなはもう高校の授業スタイルを確立しているのか……出遅れた感がすごいな。)


出遅れた感というよりも、すでに出遅れているといった方が正しいだろう。

周りの世界が俺を置いてけぼりにし、時間だけが万物共通のものとして刻一刻と流れる。

気づけば高校生活初めての授業まであと数分にまで迫っていた。


(無駄に気張りすぎて失敗するのはもう嫌だからな……『高校の授業リズムに慣れる』ぐらいの感覚でいこう。)


自己紹介の惨劇をずるずる引きずりながら、俺は授業に取り組んだ。




◇——————————◇




授業は思ったよりも進んでいなくて、他の人より少しだけ頑張ればまだみんなと同じスタートラインに立てるような授業ばかりだった。

内容もまだ俺が理解できる範囲内のもので、初手から詰ませてくるタイプの敵じゃなかっただけマシだと思う。


そんな中、俺自身高校生活で魅力を感じていたものの一つの楽しみである昼休みに差し掛かった。

中学までは給食だったのに対して、高校では持参式となっている。

俺はコンビニで買ってきたおにぎり二個をとりだす。

母さんが弁当を作ってくれる予定だったけど、俺のインフルエンザがうつってしまったがためしばらくコンビニだ。すまない母さん。


慣れない手つきでおにぎりの包み紙を取り、食べようとした時、後ろから人の体が伸びてくる。登校初日からこんなにも俺を相手してくれる人は一人しかいない。


「壮太さんやい、毎日それだと体に毒ですぞ?」


「毎日って……まだ登校初日なんだけど。毎日食べることもないから安心して。」


そう言っておにぎりを一口食べる。……健康に気を使わなかったらこれでもいいんだけど。

それにしても後ろからの圧が凄すぎる……なんだ?そんなに俺の食事が気になるのか?


「…………人の健康を考えてるけど竜はどうなんだよ。」


後ろを振り向いて確認すると、そこには立派な弁当があった。

二段弁当になっていて、一段目には三色丼が、二段目には色鮮やかなバランスの良いおかずが敷き詰められていた。


竜は自慢げに、「まぁ健康には、気遣っているので。」と、威張りながら答える。


「……親チョイスだろ。」


「まぁね。」


くだらない話で盛り上がれる友達を初日から持てたこともまた、自分としては大きな成果だった。






◇——————————◇






放課後、五日間溜まりに溜まったプリントの束を笹原先生から貰い、学校の雰囲気や決め事の話などでいろいろと話していると、いつのまにか教室は薄赤色の夕日に照らされ、クラス内に残っている生徒は片手で数えられるほどになっていた。


一通り話が終わり、もしかしたらと竜の姿を探すが、予想通り姿は見えなかった。

流石に期待しすぎか……なんて考えが無いわけでもないが、浮かれた俺の頭の中にはその「もしかしたら」が結構な割合で占めていた。


(落ち込むな俺……まだ出会って初日の友達だ。登校初日に竜と仲良くなった人がいたならその人と一緒にいる可能性だってあるじゃないか。)


竜のおしゃべり上手な性格はやはりいろいろな人を惹きつけるらしく、今日1日一緒に過ごしただけでも竜の周りにはたくさんの人が寄ってきていた。


反して俺はというと現状喋れる人が竜しかいない。

よって今回の帰りは一人だ。


(もし竜と帰れたとしても電車の方面は別々だからそこまでだし、一人で帰っても対して誤差はないよ。……たぶんね。)


気が滅入ってしまうとなかなか立ち直れないことは俺自身よく知っている。だからこそこうして考えをポジティブに考えるしかないんだ。



実を言うと竜以外の人とも交流する機会はあったのだが、初対面の人と話すのに慣れていない俺はここぞと言うチャンスをスルーするばかり。

よって竜ほど仲の良い人は未だにいない。


(んー、やっぱり竜みたいにガンガンしゃべりにくる人じゃないと俺も喋れないのか……それとも、俺が竜みたいにガンガン喋るようになる———は、無理か。)


結局いい方向に話が向かず一人で勝手に落ち込んでいると、後ろから背中をツンツンされた。


「にゃふん!?」




驚きとこそばゆさと、人生で体験したことない感覚に襲われた俺は変な声を上げながら突かれた背中を手の届く限り精一杯覆い、猫のような素早い反射で後ろを振り向く。





振り返るとそこには、綺麗な黒い髪を持ち、凛とした顔つきの美少女、石原黄泉菜がいた。





そう、クラスで俺が見惚れたあの黄泉菜だ。


いきなりの出来事に頭が回らず目を丸くしていると、黄泉菜の方から話しかけられる。


「壮太くん、だったっけ。ちょっと話がしたいの。屋上で待ってるわ。帰れる準備をしてから来てほしいの。」


小さな顔の、小さな口から出る可愛らしい声は俺の耳の中に入って行った後、グルグルと脳内をかき混ぜて暴れながら入ってくる。


「……ぅえ!?あ、はい!」


ほとんどクラスの人がいなくなった教室で、、


俺は一目惚れした子に呼び出された。







笹原先生からもらったプリントの束を含む荷物を整えてカバンの中に入れ、急いで屋上へ向かう。


正直何が何だかわからなかった。


(俺が、黄泉菜さんに呼ばれた…!?)


なんで呼ばれたのかわからない。昔から面識があったわけでも、特に喋ったこともなく、唯一あったのは自己紹介の時に目が合っただけ。


何で呼び出されたのかわからないまま、俺は屋上の扉を開いた。






屋上に出ると、まだほんの少し肌寒い風が挨拶をするかのように体を通過する。

扉を出て右奥の手すりで、黄泉菜は凛々しく立っていた。

長い黒髪は風でゆらゆらとなびき、チラチラと見えるうなじが妖艶さを醸し出す。




どうやら黄泉菜も俺が来たことに気づいたらしく、手招きをして俺を誘導する。


「結構早かったね。そんなに急ぎの用じゃなかったからゆっくりでもよかったのに。」


俺はどうしていいかわからないまま黄泉菜のいるところまで歩いていき、荷物を下ろした。


「えーと……黄泉菜さん。急ぎの用じゃないのに呼び出しって……?」



黄泉菜は動かず、ずっと俺を見てくる。


整った美しい顔立ちにぱっちりとした大きな目、直視できないほどにかわいいんだけど、なぜそこまで視線を向けられているのかわからない。

本当に俺、何かやらかしたかな?


「え、えーと……黄泉菜さん?あの、僕何か悪いことでもしましたっけ?」



黄泉菜は少しの間反応しなかったが、「やっぱりね……」と呟いた後にゆっくりと息を吸って喋り始めた。


「壮太くん。あなたはこれから私の言うこと、信じてくれますか?」


「え、え?えーと……はい。内容によると思うんですけど、できる限り信じようとします。……いや、信じます。」


いきなり変なことを言うもんだ、普通は話を最後まで聞いてから返答するもんだと思うが、気になっているかわいい子からのお願いだ。聞かないわけにはいかないだろう。

しかし、黄泉菜というこの美少女、一体何を言いたいんだ?



「……そう。なら話してみるのもアリかもしれないわ。」


黄泉菜は風になびく髪を耳の上に乗せて、落ち着いた口調で話す。


「驚かないで聞いてね。私、人の心が読めるの。」





(…ん?)





あまりにも現実離れしたことだったから一瞬何を言ってるのかわからなくて思わず3秒ほど停止してしまった。


「えーと、それはどういう……」


「どうもこうも今言った通り。私は人の心が読めるの。」


謎めいた少女はやはり話している内容も謎めいている。ただ黄泉菜の話し方を見ていると、どうやら俺に嘘をついているような言い方ではないみたいだ。


「あの……えっと、とりあえず、黄泉菜さんが人の心を読める事は信じます。信じるのは信じるんですけど、僕に話してくれたって事は何か事情があったり……?」



「……そこまで察しがいいのは話が早くて助かるわ。とりあえず壮太くんが理解できるように順番に話すね。」


黄泉菜はすんなり内容を受け入れてくれた壮太に一瞬戸惑った顔を見せるが、それを全く気にさせないような立ち回りで話し始める。



「そうね。とりあえず、信じてくれてありがとう、かな。詳しいことは私自身もよくわかってないんだけど、言葉通り人の心が読めるの。その人が考えた願望とか感想とか、ちょっとした頭の中でのつぶやきみたいなのが、まるでその人がしゃべってるみたいに頭の中で伝わるの」


「は、はぁ……」


詳しい話を聞いてるんだろうけど、あまりにもアニメとかの空想世界の話すぎてもうついていけないんだけど。

心を読む……まさか、もしそんなことが可能ならあんなことやこんなことが考えれないじゃないか。


ま、まぁ……俺は考えないけど。





黄泉菜は俺の表情を伺いながらも、そのままのペースで喋り続ける。


「それでね、この能力は私自身もどんな仕組みでそうなってるかわからないから制御なんて当然出来なくてほぼ全ての人の心が読めるんだけど、壮太くんだけは違うの。」


「僕だけ違う……と、言いますと?」


「壮太くん。私、あなたの心だけ全く読めないの。自己紹介の時だって、ここに呼び出した時だって、壮太くんの心の声は一回も聞こえないわ。」


「……とりあえず今までの話をまとめると、僕の自己紹介の時に、黄泉菜さんは僕の心が読めるはずだった。だけどなぜか読めなかったから気になって本人を屋上に呼び出して、本当に心が読めないから確かめたけど、本当に僕の心が読めなかったからその能力の事を俺に話した……こういうこと?」


「そう。私だって人の心が読めないのは初めてだったし、気になって仕方がなかったから思わず呼び出しちゃった。急に呼び止めちゃってごめんね?」




(あぁ、そういうことでしたか。)




なんだろう……自分の心のどこかで残念な気持ちがあるのがわかる。いや、何を期待していたんだ俺は。別にただ、俺にこれを伝えるだけに呼び出されただけじゃないか。残念に思う必要はこれっぽっちもないじゃないか。ぐすん。



「壮太くんの心が読めないから、私……あなたにどう接していいかわからないの。今まで人の心が読めるのが当たり前に思ってたからこんなに心が読めない人がいるなんてなんか新鮮で……ちょっと気持ち悪い。」



「き、き、気持ち悪い!?」


え、かなし。ほぼ初対面なのに気持ち悪いって言われた。

え、嫌われてるじゃん。俺めちゃくちゃかわいい子になぜか嫌われてるじゃん。


「あ!ち、違うの!そういう人柄とかの話じゃなくて、何を考えてるのか分からない人とどうやって接するのか分からなくて……」


流石にそうだとは思っていたけど、いきなり一目惚れした人に『気持ち悪い』って言われたから狼狽うろたえてしまった……



「あんまり気にしなくてもいいと思うよ。普通にみんなと同じように接してくれればいい。」


自分的にはごく当たり前の事を言ったつもりだったんだけど……黄泉菜はどこか不服そうだ。


「普通じゃないから困ってるのよ。私にとっての普通は相手の心が読める事なんだから、壮太くんと普通に接することは……どうしても気を遣っちゃう。やっぱり難しいわ。」


「そんなこと言われてもなぁ……それなら慣れるまで僕のそばに…………」


……ん?俺今何言おうとしてるんだ?

なんか脳の処理が追いついていないみたいだ。軽々しく『慣れるまで僕のそばにいればいい』なんて言葉、、もう告白みたいなもんじゃん!


俺は目を丸くし、すぐさま口を押さえる。

あまりにも不自然な会話に黄泉菜も困惑している。



「僕と……何?なんて言おうとしたの?」


……誤魔化せそうにないな。まぁ俺自身告白のつもりでそんな言葉が思いついたわけでもないし…………ええい!言ってしまえ!



覚悟を決めた俺は、押さえていた手を引っ込めて、改めて息を吸って話す




「ぼ、僕と……仲良くしてもらえませんか!?」


(あ、あれ?)


あんなに覚悟を決めて言おうと決心したのに、何言ってんだ俺?


(あ……れ?俺、これを言いたかったんだっけ?)


なんだか自分でもよく分からないことが起きてるんだけど。


「仲良く……?」


「そ、そう!仲良くなれば僕が何を考えてるかわかるようになるだろうし、ざっソワソワするよりもいい解決策だと思うんだ!」


慌てて苦しい言い訳をする俺と、それを聞いてピンときてない彼女。

何で初日からこうもうまういかないんだ……


「えっと……私も壮太くんの心が読めない以上どうやって接していいか分からなくてオドオドするかもしれないけど、それでもいい?」


「も、もちろん!僕も心が読める事に興味があるからまた色々と話してよ。」


自分でも混乱してるはずなのに、言葉だけが勝手にがポンポンと出てくる。

結局変な方向で解決しようとしてるし、自分が何をしたいのかよく分からなかったけど、一応話としては成立しているし……まぁ、これはこれでいいか。


「それじゃあ『友達』として、よろしくお願いします。」


「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」



自分の意思とは全く違う、口先だけの言葉が物語を進行させ……結果、黄泉菜とは『友達』という関係になり、俺の登校日初日は運命的な出会いとドタバタとした展開で残念な幕を閉じた。








しかし、


この関係が、のちにたくさんの出会いを生み出すことはまだ誰も知らなかった。

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