2021/01/26 犯罪者のE
日中の都内の廃ビルで起きた爆発は、瞬く間にメディアに乗って発信された。一フロアが丸々吹き飛び、周辺の建物の窓を木っ端微塵にし、道路に硝子の雨を降らせたが、幸いにして死人はおらず怪我人も少なかった。
「これより捜査会議を始める!」
広い会議室を貸し切って行われるのは無論パーティではない。中央に陣取る背広の中年がよく通る声を放つと室内は忘れていた静けさを取り戻した。
背広の中年は毛髪にグレーが入り混じる年齢ではあったが、眉間に皺を寄せた人相の鋭い男であった。
「概要を!」
続けて言い放つと、正面後方の男が二人で立ち上がり、その一人が話し始めた。
「本日、一〇二〇――」
それは、その日あった廃ビルの爆発の状況を報告するものであった。
「――怪我人は数名。周辺被害規模については検証中。以上!」
報告を終えた刑事二人はそのまま直立していた。
「事故の可能性は?」
「使われなくなってから十年近く経過した建物で、ガス管が劣化していた可能性有り。事故も鑑みまして火元の方は調査中です。また、周辺の監視カメラで不審人物を捉えたとの報告もあります」
背広の中年が頷くと、刑事二人はようやく解放され席に着いた。
「犯行声明などは?」
やはり背広の中年が会議室に通る声を出しながら、目の前で座る捜査員たちに鋭い視線を撒き散らす。レーザービームのような視線を浴びた捜査員たちは気圧されながらも怯む素振りは見せない。
「本部長!」
またもや後方の席で、今度は年若い男が手帳を開きながら立ち上がった。
「ナンタラ放送宛てに犯行声明と思しきメッセ―ジが届いております」
手帳に書いてあるメモをその若い刑事は読み上げた。
◆
愚鈍ナル警察署君。
遊戯ノ始マリだ。
次ノ花火はモット大キイゾ。
何人死ヌカナ?
俺を止メテミナ。
暁のピエロ より
◆
「ぐぬぬ……警察を舐めやがって」
刑事がメモを読み終えるとどこかで悪態が聞こえた。
「分かった。メッセージを鑑識とプロファイリングの鑑定に回して――」
本部長と呼ばれた背広の中年が淡々と指示を出したが、若い刑事はそれを遮った。
「いえ、それが、もう一件ありまして……。今度はカントカ新聞ですが」
「……何?」
室内がどよめく中、席を一つ付いた刑事が再びメモを読み始めた。
◆
これは始まりに過ぎない。
私の耳を傾けなかった愚かな人民よ。
私はこの腐敗しきった社会に警鐘を鳴らすべく立ち上がったのだ。
人がその愚かさに気付くまで何度でも挑戦してやるとも。
何度でも何度でも。
エコノミック・ボマ
◆
若い刑事がメッセージを読み終えると、今度こそ座った。
「一体どういうことだ……」
思案顔をする本部長の皺がさらに寄った。
しかし、彼の視界が捉えた挙手がさらなる混乱を巻き起こした。
「アアタラ・ラジオにも犯行声明と思われる音声メディアが届いています」
◆
良い花火だっただろう?
次はもっと凄い奴を打ち上がる。
特等席で見たければ、012ー〇〇〇ー×××
突然の火事に備えたければ、特別製の消火器を。
今なら、先着百名様にもう一つプレゼント。
◆
続いて、コウタラ書房へ届いた手紙。
◆
おじいちゃんへ。
すてきなおはながとどいたでしょう?
いつもがんばっている おぢいちゃんへの
わたしからの おくりものだヨ。
いっぱい たのしでね。
またあとでおくるからね。
リマ1394130ブラボー354122
※この犯行声明は再生紙を使用しております。
◆
「くそ! どいつもこいつも警察を何だと思ってるんだ!」
本部長が苦悶の声を上げる。
どよめきが大きくなる会議室。席を立ち周辺の者と口論を起こす者もいた。
「貴様! そんな適当な情報なんぞに踊らされおってからに!」
「なんだと!? お前こそ便所の落書きを後生大事に持って帰ってきたのではなあるまいな!」
「本部長! この会議室宛てに犯人を名乗るカタコトの外国人から電話が」
「こちらからも《パパをお願いします》と子供からの電話が!」
「ポメダ大学に爆破予告が!」
会議室は、既に異界と化していた。
しかし、その会議室の外からも新たな一方が舞い込む。
「報告! たったいまテログループから犯行声明が!」
◆
平和を享受する者たちよ。
我らが受けし痛みを思い知れ。
神なる鉄槌あれ。
(※英訳)
◆
「やかましい!! テロが怖くて家長が務まるか!!」
そう叫ぶ本部長の声も混乱の渦に飲み込まれていった。
◆
絶賛混沌を極めている会議室の一つ下のフロアで、数人の男が狭苦しく肩を寄せ合っていた。
彼らは一台の受信機に耳を傾けていた。それは一つ上の階、つまり廃ビル爆破事件の捜査会議場に仕込まれた盗聴器の受信機だった。
「なんでこんなことになってるんだ?」
「まるで犯罪者の合同面接会だ」
「皆でありもしない実績作りに躍起になってるって訳?」
「ここんところ、平和だったもんな。欲求不満なんだろう」
「で、本当のところは?」
彼らの中の一人に視線が集中した。視線を向けられた男は今にも泣きそうな顔をしていた。
「悪霊を払おうと護摩焚きして目を離したばっかりに……」
本当のことは言いたくないが、言わなくても上の階を騒がす誰かに罪を擦り付けられる罪悪感に駆られ膝を抱えた。
お題:【犯行声明】をテーマにした小説を1時間で完成させる。
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