2021/01/25 弥美殿高校、暗黒の一ヶ月
残暑を残すばかりとなった9月の末、
日中はそれほど往来の多くない校内は生徒に混じって業者や出前の自転車が入り乱れるカオスを形成し、夕方以降は交通整理なしでは往来が困難になっていた。階段に至っては文化祭実行委員の指導のもと登り・降りを時間で指定して統制していたが、それをあざ笑うかのように校舎の外壁から自在に移動する蜘蛛男や
なぜ彼らをしてそこまでやらせるのかと言えば、文化祭は学生らにとって最大限の自己表現ができるからである。日常という制限された時間において若人がその内に秘めたる願望は、沸々と沸き立っては刺激し続けた。放置しては内圧の高まった
殊、弥美殿高校においては生徒数も多いことからその内包する不安の大きさも計り知れず、しばしば期間を待たずに自己表現欲が爆発する者が現れるが、多くは文化祭という自己実現の場があることを意識して自制し続けてきた。年一回、彼ら・彼女らにとってそれは紛う事なき紛争の季節なのである。
激発する交通事故に加えて、ほとんど傍若無人な移動を繰り返す生徒を取り締まる目的で、文化祭実行委員は風紀委員との協力の下、機動部隊を設立して検挙に掛かった。しかし人員不足は明白であり、戦力の大半は外部委託した部活動連盟の構成員であることは誰の目にも明らかであった。帰属するクラスへの反逆と見なされ激しい非難を浴び、時に破滅した二重スパイをそのエピソードに加えながらも、彼らの戦いは文化祭へと向けて続けられたのである。
「おい。釘が足りんぞ。もっと持ってこい……。ちげーよN100の奴だよ。ないなら買ってこい!」
「でも、もう予算がないんだ」本庄が怒鳴る稲織の前に立って説明する。
「予算がどうした? なければカンパでもなんでも、かき集めてくれば良いじゃねェか!」
「文化祭実行委員が《不必要なカツアゲは原則としてこれを禁ずる》と言ってたじゃないか」
「なにをぉ……」
稲織は歯を剥き出しにして荒れたままハンマーを持って教室を出て行った。
どこへ?
文化祭実行員の下へ。
「九郎崎!」
破壊する勢いで引き戸を開けた稲織が、その視線の先に佇んでいる文化祭実行委員長兼学生会長の九郎崎を捉えた。
真っ直ぐに彼の下へ歩み寄ろうとしたが、途中で視界を塞がれて九郎崎の姿は見えなくなる。
山か、と稲織は思った。身長は稲織より頭二つ大きく、肩幅に至っては彼の三倍はあろうかという巨漢の男が二人、稲織の前に立ちはだかっていた。学生服を弥美殿高校の物ではなかった。
「そろそろ暴徒が現れる頃合いかと思って、用心棒を呼んだんだ。大人しく帰ってもらうのもいいが、ここは一つ生徒の模範になってもらおう」
「だ、そうだ」目の前のゴリラが気持ち悪い笑みを浮かべ、その大きな手が稲織の肩を掴んだ。
「九郎崎ィ……貴様ァ!」
保健室送りになって戻ってきた稲織は全身を包帯で巻かれたミイラの様な有様であった。
しかし、
「男、稲織! 只で死んでなるものか!」と彼は再び怨嗟の炎を燃やすのである。
「予算だ、治安だと綺麗事抜かしやがって。元はと言えば、規制に次ぐ規制を敷いたのはあのいけ好かない男九郎崎だ!」
文化祭実行委員の頂点には学生会長の
その時点で、基本自由な風紀の弥美殿高校においてはほとんど異例な夜間外出禁止令が発令されており、連日徹夜していた学生たちは活動を夕方までに短縮されて鬼のように忙しくなる一方で、その文化祭実行委員に対する不満は等比級数的に募っていた。
夜間外出禁止令にありながらも、稲織を筆頭に結成された報復委員会(自称)の面々はスキャンダルを求めて夜の街を徘徊した。時にメンバーが拘束されることもあったが鉄の掟としてその目的は隠された。
ついに文化祭実行委員の構成員が女子短大とのコンパを開いている現場を撮影することに成功した。
「これは、保険だ。俺たちが破滅した後もこの写真が動かぬ証拠として学校側には提出されるであろう……」
満身創痍の稲織を動かしているのは最早、九郎崎学生会長に対する敵意だけであった。
そして、次のコンパの情報を押さえた報復委員会の面々は決起の晩を迎えたのである。
下校後、自室の机に向かって黙々と筆を動かした稲織は、その書を綺麗に折って封筒に入れ、部屋を出て行った。
《両親殿へ。
先立つ不孝をお許しください。愚息は己の信念と仲間の自由の為に、その命を全うするのでございます。
今朝のいぶりがっこ 美味しゅうございました。
西暦〇〇〇〇年 秋 十月△△日》
が、しかし、完全武装した稲織とその仲間が手を下すまでもなく、食中毒に見舞われた学生会の面々は路上でのびていたのである。
お題:【革命前夜】をテーマにした小説を1時間で完成させる。
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