2021/01/18 取り違えた相手
夕方のHRの後はいつも誰かが教室を掃除していて、今日は私が当番でした。クラスメイトとお喋りしていたから少し時間が掛かってしまって、ようやく解放されたんだけど、お喋りに夢中になっていたのね、私が鞄が置いていたところになくて、代わりに誰かの鞄が置いてあったんです。
学校指定のスクールバッグですから、みんなが同じ物を持っていて、間違って持っていってしまったんでしょう。今度から何か目印になるものを付けた方が良さそうです。
私の鞄には電車の定期券が入っていることが問題でした。それがないと帰れなくて、持っていった人を探さなくちゃいけないと思って、だから鞄を開けました。本当はそんなことをしたくなかったけど、やむにやまれずやんごとなき事情だったわけです。
鞄の中には、中身の軽い大きなお弁当箱と、分厚い文庫本しか入っていませんでした。教科書とかは机に入れっぱなしにしているのでしょう。重さの違いで私の鞄と気付いて欲しかったな、と少し残念がりながら何か手掛かりがないか探してみたんだけど、文庫本は漢字だらけでよく分からなかったし、弁当箱は綺麗に空になっていて、私の三倍は食べるんだなってちょっと驚いてしまって。
何も見つからないなと思っていたら、その人も鞄に定期券を入れていたんです。しかも、私と同じ区間でした。とは言っても同じ駅から電車に乗る人は両手両足の指を折っても数え切れないくらいいるし、このままその定期券を使って帰ってしまおうかとも考えました。流石にどうかと思って止めましたけど。でも定期券には名前が書いてあるから、探したい人の名前は分かりました。
「オオギマチサンジョウキョウ様」
定期券に書いてあるカタカナの名前をそのまま読み上げてみましたけど、どこまでが名字でどこまでが名前か分かりません。オオギマチが名字? サンって何? ミドルネーム? ジョウキョウが名前?
それともオオギマチサンジョまでが名字で、ウキョウが名前でしょうか。オオギマチさんの家の三女かもしれません。
先生に相談して、校内放送で呼び出してもらうというアイディアも思いつきましたが、私がその人の鞄を勝手に開けたと思われるのも憚られるので自力で探してみることにしました。
まだ午後四時。
それから、校内を方々回って道行く人にお尋ねしてみたのです。
「オオギマチサンジョウキョウという方を探しています」
見知らぬ私に突然そんなことを尋ねられた人たちは、ちょっと困った様子で首を傾げながらも答えてくれます。まあ、ほとんどは「知らない」って返事だったのですが。
野球部が走っているグラウンド、バレーボールの飛び交う体育館、で活吹奏楽部が活動する空き教室、お伺いするには少し気の引ける図書館を巡っても探し人は見つかりませんでした。
そうこうする内に日も暮れ、私は途方に暮れていました。正門に生えた松を囲う石段に腰掛けながら私のように鞄がなくて困っている人がいないか探すことにしました。
歩き疲れてそのままうとうとしてしまいました。
「もし」
声を掛けられて目を覚ますと日は更に暮れていました。
欠伸を堪えながら声を掛けてきた方を見ると、学生服の男の子が立っていました。
「あなたがオオギマチサンジョウキョウさん、ですか?」とつい尋ねてしまいました。
「何? 寝惚けてんの、
彼がその名前を口にしたとき私は、いや、俺は思い出した。
俺の名前は正親町三条京輔、高校生、男。
空の弁当箱と文庫本しか入っていない鞄は俺の物だ。
名前が長すぎて途中まで印字できない定期券も間違いなく俺の物だ。
ということは、
俺は、今まで誰と入れ替わっていたのだろう。
お題:【入れ替わり】をテーマにした小説を1時間で完成させる。
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