2021/01/01 腹黒の隠し芸
お題:【かくし芸】をテーマにした小説を1時間で完成させる。
「隠し芸、どうしよっか」
「なんのこと?」
「そっか。君は
穂浪は豊かなブラウンの長髪を弄びながら微笑む。
終業式の日、僕は校門で待ち合わせた穂浪を帰路に着いた。
穂浪の言う通り、僕はHRには出ずに空き教室で昼寝をしていた。
彼女の話によると、産休で離脱した担任の代打で収まった養護教諭が言い出したことらしい。
「さっきね、《始業式の日に隠し芸大会やるから。全員参加だから、バックレんなよ》って」
穂浪はの養護教諭の口調を真似して喋っているようだ。ドスの利いた声色のためとても養護教諭として頼れない印象がある。生徒逃げるのでは?
「そんなめちゃくちゃな」
「《一番面白かった奴には、金一封進呈しやしょう!》とも言ってたね」
最早モラルがない。
「で、隠し芸って何だろう」穂浪が呟く。
そこから始まるのか。
「さあね。座頭市みたいな暗器のことじゃないか?」
「ザトゥーイチ? ごめん。ロシア語は分かんないや」
「ロシア語ではないな」
軌道修正の要ありだ。
「暗器ってのは、身体に隠し持って使う武器のことだね。暗殺とかで使われるような奴」
「ああ、【隠し剣 鬼の爪】みたいな具合か」
「……そっちの方が曲芸染みてるな」
座頭市は知らないのに、なんでそれは知ってるんだ。
「それで、それが隠し芸と何か関係あるの?」
屈託ない顔を向けてくる穂浪のために、僕は説明に困る羽目になる。
「ようするに、普段は見せることもないが、宴会なんかの余興で披露する芸のことだよ」
まさか【余興】とか【披露】とかの説明を要求したりはしないだろうか、と杞憂を胸に抱いて説明を終えた。素人質問ですが、などと心臓に悪い前置きは是非とも止めて欲しい。
「それ、どういう人がやるの?」
「堅物のサラリーマンとかかな。常に新しい芸を披露しなくてはいけないコメディアンは隠し芸はできないね。」
「ふぅん」と穂浪は上を見上げるように考え込んでから僕を見た。
「コメディアンって、新大陸で発見された米を主食とする人を指す言葉みたい。【10人のコメディアン】でクリスティがミステリィ書いてそう」
「そんな差別的な意図も要素はねーよ」
閑話休題。僕は更なる軌道修正のために、話を戻そうとする。
「ほら、あるだろう? テーブルクロス引きとか大道芸人みたいに身体が柔らかいとか」
「そういうのはできないなあ」下唇に右人差し指手を当てて答える。
「じゃあ、腹芸とか」
「ああ、古狸がしてきそうなアレね」
妙に偏りがあるな、こいつ。
「僕が言ってるのは、お腹にラクガキをして踊って見せ――」
僕は、あまりにも軽率に口を滑らせているのに気付いた。
「…………つまりィ、君は、私の腹踊りが見たい訳だね」
穂浪は意味深長な笑いを見せながら、自分の腹部を指差す。
制服のブレザーの下から見えるセーターの下に隠された穂浪の腹。
じっと彼女の腹部を見てしまったことに気付き、視線を彼女の顔に戻す。
「腹踊り、見たい?」
顔を近づけて、迫ってくる穂浪。
生唾を飲み込み、
冷静に、いや、迫真めいた表情で頷いた。
最早言葉は不要だった。
「……そうかそうか」
納得したように頷く穂浪。
すると彼女は徐ろに鞄を地面に置いてセーターを捲った。
上着のシャツとスカートに挟まれていた黒い塊が姿を現す。
銃口は僕を向いていて、
「腹に一物ってね」
乾いた音が響いた。
「「どうもありがとうございましたー!」」
「……それは、コントだべ?」
養護教諭の目は欺けなかった。
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