2020/12/31 連続または不連続なもの
「ようやく仕事納めですね」
「今年もいろいろあったな」
若い会社員が夕方のオフィスで話している。社内はもうほとんどのタスクを終えており、菓子を摘まみながら談笑している者もいれば既に帰宅している者もいた
「営業の発注間違いでクレーム起こして、僕らが悪者扱いされるなんてもうゴメンですよ」
製造担当部門の男性社員が愚痴ると先輩も笑う。
「まったくだが、社に仕組みがない以上は仕方がない」
発注担当からの入力が完了して初めて生産に入るという、作り置きという思想を持たない生産方式の会社であった。
また損害賠償の手段等も営業担当部門になく、内容の如何に依らず製造担当部署に振り替えることで消化される。それらに必要な手続きもすべて、社内規程で設けられた通常の行程で行われる。
「それも、すべて片付いた。こうやって今年を乗り越えることができたのは大変満足しているさ。"
シェイクスピアなどまるで嗜んだこともなかったが、しばしの安穏を大いに受け入れていた。
「でも、三が日までですね」
「仕事をする以上仕方がないな」
「学校なら期間が過ぎれば終わりだが、人生は終わらない、か……」
生ぬるい環境で育った若手がそのように呟くのは、先輩社員としては複雑な心境だった。
「何も終わっちゃいないんだ、何も」
年は切り替わり、そこが節目のように思えるが、実時間を生きる人間の社会生活は何も終わらない。十二月三十一日と一月一日は途切れることなく訪れる。その生き方は微分可能なのだろうか。
そこに終わりがあるとすれば、生きるのを止めたときくらいだろうか。
もとより記念日や節目を大事だと思ったことがない男であれば、カウントダウンもSNSをパンクさせるほどの投稿も理解ができなかった。
周りに言われれば、少しばかりの社会性で以て対応するだけだ。それが彼が三十数年で培ったささやかな処世術である。
***
「それじゃ先輩。お疲れ様でした。良いお年を」
「ああ、良いお年を。酒ばっかり飲んでダラダラすんなよ」
「酔いお年だけにですか?」
後輩が何を言っているかは分からなかったが、こののほほんとして男と顔を付き合わすのもしばらくのお別れである。
誰もいなくなった広いオフィスに最後に残った男が、黄昏れているとポケットの携帯電話が振動している。
知らない番号だった。
「はい、もしもし」
「もしもしじゃないよ」
電話の声は少し苛立っているようだった。
「分かってますよ。
「分かってるなら早く来い」
「良いじゃないですか、少しだけ仕事納めの空気に酔っても
「二十四時間稼働の工場に休みはねェ!」
神林の口癖が耳元で炸裂すると通話は切れた。息を吐いて、男は忌々しい携帯電話をポケットに仕舞った。
年中無休、休むことなく稼働する工場の中には、鉄鋼業の高炉のように火を消した途端にラインが死んでしまうものもある。それらを絶え間なく動かすための人材もまた絶えることのなきように投入され続ける。それこそ動かすのを止めるときまでである。
生きているのは
社用車の鍵を手に、暗くなったオフィスを後にした。
お題:【終わりよければすべてよし】をテーマにした小説を1時間で完成させる。
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