2020/12/15作 彼の行き先
ロベルトは欧州のとある国の諜報機関に所属する凄腕のエージェントである。彼は母国のために方々へ飛び、日夜害なす敵に立ち向かっている。
これはそんな彼の一編に当たる。
北方の果て、東端の局地。外套がなくては寒くて凍え死んでしまうような極寒の僻地でも静かな夜は訪れていた。
もうすぐ日付も変わる深夜の静かな夜だった。
ロベルトは母国に仇なす悪の組織に対抗するためそんな山奥の地へと足を踏み入れていた。先程まで殴っては現れて、倒しては現れる敵の下っ端を蹴散らしながら、ついに敵の首領を討ち果たし、敵組織が極秘裏に開発していた超音速爆撃機の無力化に成功したところだった。
彼は今年五十三歳になる。はっきり言って現役なんてとっくに退いていてもおかしくはない年齢だ。
身体はボロボロ。幾度も現れる敵兵を返り討ちにしながらも手痛いダメージを負っていた。
「そろそろ引退かな……」
などと独りごちていると、ジャケットの右ポケットでブルブルと振動を感じる。
母国が彼に持たせたくれたオイルライターだ。電子機器として改造された骨董品のライターには通信機能があった。
側面に「マリーナから」と表示されている。彼の上司に当たる女性だ。
「やぁ、ご機嫌よう」彼は気さくに挨拶から入る。
《今夜は随分と紳士な仕事振りなのね》
ライターの下部がスピーカーになっており、マリーナの声が聞こえる。
「君にあまり嫌われたくないからね」
マリーナは三十代ほどの女性で、鳴り物入りでロベルトの上司に就任した秀才だった。彼女を知る者は彼女を「潜水艦」と呼ぶ。
ロベルトはこの父娘ほど歳の離れた女が苦手だった。
「今も例の爆撃機を無力化してみせたよ」
《そう。ご苦労様》
スピーカーから金属音がした。ライターで火を付けたような音だ。
《でも、貴方に残念なお知らせがあるわ》
会話の邪魔をするように近くで大きな爆発がした。爆撃機の製造工場に仕掛けた爆弾が爆発したのだ。
《紳士な仕事振りというのは撤回ね》
少し遅れてロベルトの握るライターからも爆発音がする。
「マリーナ、今どこに?」
《貴方の活躍を最も間近で見られる劇場》
「なるほどオペラの鑑賞中か」
ロベルトは通話しながら煙草に火を付ける。小気味の良い金属音はマイクを通じて彼女にも聞こえているだろう。ノイズキャンセラーなどが付いていなければだが。
「この煙草を、君に捧げるよ」
スピーカーの向こうで溜息が聞こえた。
《本題に入るわ。サー・ロベルト》彼女は眼の前にある原稿を読み上げるように饒舌に話し始めた。《貴方が今回の仕事で破壊した損害賠償の請求書が山のように来ているわ。時計塔、天文台、飛行場、それから環境団体と人権団体からの苦情の電話。兼ねてからの非難に鑑みて、北方の国の大統領が我々に提示してきたの、和平と友好の交渉をね。その条件ってなんだか分かる?》
「それって、僕の身柄の引き渡し?」
《ハズレ》
少し笑ったようだった。
《貴方の逮捕と、投獄よ》
それからキリッとした口調に早変わりする。彼女の数少ない魅力の一つだろう。
《……我々は貴方を逮捕しにきたの》
民衆を代表して、とは言わなかった。
《ここに貴方への辞令があるわ。今、日付が変わったところね?》
「読んでみて」囁くように言ってみた。
《……〇月×日、ロベルト・はその任を解き、別命あるまで待機とする》
「あまり面白くない詩だ」
コホンと咳を一つ挟んで彼女は続けた。極寒の大気に晒されて少し寒そうだ。
《こちらとしては貴方ほどのカードをむざむざ伏せる気はないわ。ほとぼりが冷めるまで大人しくしてくれればいいの、勿論貴方さえ良けれ――》
「国家のために働きはせど、その礎になる気はない」
ピシャリと遮った。
《……ロベルト、これで貴方はサーでもエージェントでもなくなったわ》
「では、有給休暇でも貰いましょう」
マリーナの視界でまた大きな爆発が発生した。
雪山に濛々と上がる煙。
雪崩でも発生しないかと不安になったが、今はそんな時ではない。
「どこへ行くというの?」ピンマイク越しにロベルトに話しかける。
ノイズが多い音声の中から彼の声が聞こえた。
《――地球は丸いんだ。日付変更線を越えて昨日にに向かうだけさ》
濛々と上がる黒煙の中を切り裂いて、姿を現したのは闇夜の
超低空飛行でマリーナとその部下たちの頭上を通り過ぎていく爆撃機だった。
《次の任務に備えて、自由に生きるさ》
そして東の空へ飛んでいった。
文字数:1798
時間:1時間
お題:【そして東の空へとんでいった】で”終わる”小説を1時間で完成させる(多少の表記揺れを認める)
感想:終わりが見えている課題でしたので、落ちだけ思いついた後はその前を考えるのに時間を使いました。
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