第一章【死神編】三話「目覚め」

 五月の両腕に違和感が生まれた。自発的に腕が光っているのだ。自分の腕のはずなのに不思議な現象である。右腕は金色に、左腕は黒色に対になるように光っている。しかしその光は次第に主張を弱くしていった。

 光が消え去ったのを確認してツキは言う。

「おめでとう五月。これで君は僕の力を手に入れたよ」

「これで鈴を蘇生させることができる……」

「そうだよ!さぁ蘇生しちゃおう!」

 ツキは、ゲームのセーブポイントに移動する子供のようなノリである。

 五月はツキの言動に半信半疑でありながらも右手で鈴の遺体に触れる。骸を傷つけぬように、鈴を汚さぬように、そっと優しく――。


 すると先ほどの金色の光が鈴の身体を包み込んだ。それは金色の棺桶のようだった。

 その光が薄まり消えた瞬間に鈴は目を覚ました。何事もなかったかのように。そして「あれ?俺……実は生きてた!?」といつも通りふざけたことを口にした。

 五月はそんな鈴を見て「……このバカ」と小さく呟いて鈴を抱きしめた。力強く抱きしめすぎて鈴は窒息しそうになる。鈴が「ギブギブ」と五月の背中を軽く叩く。そんないつも通りの鈴を見て五月はみっともなく泣き喚いた。




 鈴は死を実感した。自分でも死んだと思っていた。

でも、

「生きてる……俺は生きてるよ五月」

 泣いている五月に言い聞かせるように鈴は言う。

 五月は俺を助けてくれたのだ。俺が五月を庇って救ったように、五月も俺を救ったのだろう。

 五月は鈴を生き返らせた、と途切れ途切れになりながらも懸命に伝えてくれた。

「生き返らせた?俺を?」

「そうだよ……ごめん鈴。私が我が儘なせいで」

「ん?よく分からんが……ありがとな五月」

 鈴は本当に理解ができなかった。五月がどうやって自分を生き返らせたのかは知らない。

 でも『どうでもいい』と思った。


(五月をまた守れるならそれでいい。五月が笑って日々を過ごしてくれたらそれでいい。俺は五月を守る盾だから。守り抜こう何度でも、また命をかけよう何度でも。俺は死を恐れない。俺が恐れていることは『五月を失う』ということだから。)




 ツキは二人の美しい再会を見ていた。『僕はお邪魔虫だろう』と自覚しながらも、ちょっかいが出したくてたまらなかった。


(だってこの世界にまた来られたんだよ?あの子たちの子孫と関わりたいじゃないか)


「五月!僕の言った通り実践するほうが早かっただろう?!」

(僕としたことがつい大声を出してしまった!まぁわざとなんだけどね。)

 追い打ちのようにわざとらしく五月の方を見る……が、

「僕のことガン無視してる!?」

 五月と鈴は未だに抱きしめあっている。

「なんだろう、すごくムカつくな……」

 ツキは鈴を殴った。それも頭の頂点を、グーパンで。


 鈴の頭に痛みが走る。鈴は思わず声を上げる。

 五月が驚いたように鈴の肩に埋もれさせていた顔を素早く上げた。鈴の頭に衝撃を与えた犯人を見た五月は特に驚いていない。


 変な格好をした少年であった。そして見たこともない少年だった。

 鈴は周りに少年以外の人物がいないのを確認して口を開いた。

「え、誰!?迷子!?」

「僕は神様(代理)だよ」

「神様なのに迷子なの?!」

「え~?神様は迷わないよ。迷うのは仔羊でしょ」

 小難しいことを言われた鈴は救いを求めるように五月に視線を向ける。

「なぁ五月。この迷子くん誰?」

「……ツキ」と五月は何故か口を尖らせて答えた。

「月の神様ってこと?」

 鈴は少年に確認する。

「違うよ!?」

「えぇ……じゃあ誰?」

 ツキという謎少年のテンションの高さについていけない鈴は困惑する。

 困惑している鈴を差し置いてツキは首にかけていた直径7~8㎝ぐらいの石を二つの指輪に変形させた。その石の指輪を五月に手渡す。

「五月。この指輪は、僕の力言わば≪神の力≫を抑制することができる。今後僕の力を使わないときはこの指輪を身につけておいてくれ」

「分かった」と五月は頷き、指輪を両方の人差し指に着けた。

 鈴はまたまた困惑する内容を耳にしたが、その困惑も束の間、デパートに救急車両のサイレンが近づいてきた。五月と鈴はお互いに目を合わせ労いの言葉を送りあうのだった。


 ふと二人が後ろを振り返ると、そこにはツキの姿はなかった。



 東京某所――任務遂行のために向かったデパートから10キロほど離れた場所。名だたる各企業のビルがそびえ立っている。人間が経営するビル群、何ら違和感なく溶け込んでいるガラス張りのビルにスネークと来鈴らいりんは舞い戻った。玄関をまたぐとメイド服を着た茶髪の少女が真っ白な歯を見せ、笑顔で近づいてくる。

「お帰りなさいませ、スネーク様、来鈴様。何事もなく戻ってこられて安心しました」

 任務を完遂できなかった両者に対して『何事もなく』とは不適切であるが、その事実に気づいていない様子を見てスネークは口を開く。

「ただいま、カナ。残念ながら任務は失敗だ」

「今回の失敗にわたくしは全く関係ありませんけどね」と横槍を入れる来鈴。

 スネークは「あぁ俺に全て責任がある」と顧みる。


「あまり自分を責めすぎるのは良くない癖だぞ」


 カナの後ろから静かに現れた男はスネークに助言した。

「フック!お前まで出迎えか?」

 彼の名はフック・スティール、先ほどのメイド少女はカナ・スティール。スネークの大切な幼馴染であり唯一無二の特殊な能力を持つ兄妹である。

 フックはポケットから眼鏡ケースを取り出して端整な顔に眼鏡をかける。一連の動作が美しく上品さがある男である。

「安心しろ、スネーク。メアリー様はお前を罰するつもりはないさ」

「お前なぁ……メアリー様の御心を読んだな?」

 スネークの小声の確認に「ははは」と笑うフックはスネークに足を進めるように目配せした。

 フックは【心を読む】能力、カナは【未来を視る】能力を持つ。

この能力は≪DEATH BLACK死神≫の中では異例な存在で、彼らが組織内で幹部として活躍できている強みだ。主に彼らはこの能力を用いてインカムで指示を出している。妹様の命を奪わずに済んだのもカナの能力のおかげだ。


 フック、カナ、スネーク、来鈴はメアリーがいる部屋の前で一度止まり、自分の服装を見直し整える。深呼吸をしてスネークが三回ノックをした。

「――入れ」

という入室の許可が取れたのを確認して彼らは「失礼します」と声を重ねた。

 背後にあるガラス張りが特徴的な部屋は、逆光が邪魔をしてメアリーの表情を見せてくれない。重厚な雰囲気を漂わせる椅子に腰掛けているブロンドの少女の様子は、少女の持つカリスマ性をかもし出している。机に山積みにされた書類を処理しながらメアリーは話し出す。

「まずはご苦労様だった、スネーク、来鈴。そして任務の邪魔をしてすまなかった」

 スネークと来鈴はただでさえ忙しいメアリーから労いと謝罪の言葉をいただいたことに対して

「恐縮です」と口を揃えるしかない。

 メアリーは一段落ついたのか持っていた書類から手を放し、横一列に並んでいるスネークたちの前へと歩み寄る。美しいブロンドの髪が揺れる。小さなリボンで緩く結んでいる二か所の髪はメアリーの胸部付近で動きを止めた。

「あなたたち幹部を呼んだのは、今回の任務での私の干渉についてよ。そろそろ話しておきましょう。私たち≪DEATH BLACK≫は五月のために存在している。今後、私のためではなく五月のために動きなさい」


 真剣な目つきをしたメアリーは語り始める。



 ツキの姿が霧のように無くなった後、五月と鈴は通報で駆けつけてきたのであろう警察から詳しい話を要請された。五月と鈴は口裏を合わせ「変な格好をした人たちが暴れていた」とだけ伝えた。≪DEATH BLACK≫やら≪神の力≫を説明したところで時間の無駄で精神病院行きになるのは目に見えているからだ。

 しかし、デパート内の監視カメラを警察が調べたところ、ちょうど事件が起こった場所の監視カメラだけが作為的に破壊されていたことでひと悶着が起こった。五月と鈴にとっては無関係なのだが「それを証明するものを」と言われ鈴が文句を言ってしまったのである。ただでさえ疲労が溜まっている(特に鈴は蘇生したばかりな)ので本音が出たのだろう。五月は呆れながら警察署へ連行コースだなと諦めた。

 未だに鈴は「だからぁ俺たちは無関係なんだって!本当だから!!」と説得を続ける。

 はいはい、と雑に扱う警官は既に鈴をパトカーに誘導し始めている。

 五月は犯人もみんなそう言うんだぞ鈴、とツッコミを入れる。


「あの、待ってください!」


 そこに、デパートで逃げ遅れていた黒髪の女性が走り寄ってきて、乱れていた髪を恥ずかしながら整えて言葉を紡ぐ。

「彼の言っていることは本当です」と警官に詳細を話し始める。彼女は≪DEATH BLACK≫のことまで正直に話してしまったため、警官は怪しげに見つめていたが彼女の名札を見た途端、態度が一変した。警官は先ほどまでの非礼を詫び、五月と鈴は解放された。

 彼女は五月と鈴の名をメモすると、また後日お礼をさせていただきます、と丁寧に会釈し迎えの車に乗っていった。鈴はその車が高級車だったことに目を輝かせて感動していた。

 そんな中、五月は冷静に「あ、旧二大財閥の『聖覇ひじりは』家か」と納得した。

 鈴は『なにそれ』という文字を顔にえがいていた。五月は、常識的な知識さえも知らない鈴の実態を見なかったことにした。


 くたくたになった二人の共通点は帰り道への絶望である。鈴は警察が家まで送ってくれたっていいだろ、と不満を口にしていた。この男はパトカーをタクシーと勘違いしているのだろうか。

 さすがの五月もこの疲労感の中、歩いて帰ろうとは到底思えなかった。タクシーを呼ぼうと車道に視線を向ける。すると、運転席の窓を開けた車がこちらへ近づいてきた。聞きなれた甲高かんだかい声に反応せざるを得ない。

「鈴~!五月ちゃん~!」

「姉貴!」と鈴は救世主を見ているかのような表情をしている。

 車を運転していたのは、鈴の姉――冠陽侍 麗香かんようじ れいかであった。鈴と同じつやがある黒髪だ。五月と鈴は安堵してありがたく乗車した。鈴はあまり気にしていない様子だが、五月はふと疑問を浮かべた。


(下見をに頼んだのにも関わらず、何故わざわざ迎えに来たんだ?それなら行きも付き合えたのでは?)


 麗香は私服を着こなしていて神社の仕事などまるでなかったかのようだった。

しかし、五月のそんな思考も疲労には負けたようで一瞬で深い眠りへといざなわれた。

 五月が冠陽侍姉弟に起こされると自宅に着いていた。五月は寝ぼけてあやふやな言葉を鈴と交わすとすぐさま二度寝をするのだった。

 

二度寝から覚めた時、しわがくっきりとついた制服と五月は目を合わすことになる。


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DEATH BLACK 佐野太郎 @sano-samosuke

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