第一章【死神編】二話「覚醒」

 時は歌仙 五月かせん さつきが意識を失う前にさかのぼる。

 五月の合図を受けた後、冠陽侍 鈴かんようじ れいは必死にスネークの攻撃を避けていた。スネークは大鎌を扱っているのにも関わらず疲れた素振りを全く見せない。


(素手相手に容赦ない……嫌な野郎だぜ)


 鈴は武器を持っていない自分にあきれながらもスネークの攻撃をどうしのいでいくかを自分なりに考えていた。スネークから大鎌を奪えば状況は一変するだろう、と。

 スネークが縦に大きく鎌を振り上げ、地に刃をめりこませる。スネークの攻撃は鈴の代わりに空気を狩る。鈴はスネークの武器が地にめりこんだのを確認し『待っていた』というようにスネークに接近する。しかし、スネークは地にめりこんでいたはずの刃を平然と上に振り上げ構え直す。鈴は驚いたが今更、接近をやめたところでスネークの攻撃の間合いに入り込んでしまっていることには気がついていた。


 だからこそ鈴はあえて、前へ出る。スネークは鈴が避けられないように右から左へ横に抜けるように大鎌を振りきる。鈴はスライディングをして横断攻撃を避ける。そしてスネークの足元へと瞬時に移動し、すぐさまスネークが握っていない箇所の大鎌の持ち手を引っ張る。


しかし、

「びくともしねぇー!?」

 スネークは鈴をバカにするように鼻で笑って蹴り飛ばした。スネークは一つ教えてやると鈴に向かって発言した。


「俺たち、死神の特徴は赤い瞳と優れた身体能力だ。人間が俺たちに勝てると思うな。諦めてさっさと俺に魂を狩らせろ」

「え、あ、そうなんだ」

 もはや、鈴は考えて発言するより前に『何言ってんだ、このコスプレイヤーは』という目でしかスネークを見ることができなくなっていた。

 そんな思考を巡らしている間にもスネークの攻撃は止まらずに続く。スネークは先ほどの攻撃よりもスピードを加速させてくる。さらに横断攻撃から右肩から左腰へ抜けるように大鎌の軌道を変えている。この鬼畜な攻撃をスライディングで避けることは二度と叶わないだろう。

 鈴は後ろに下がろうと試みるが、スネークは間髪入れずに鈴の胸へ目掛けて追撃をした。


(嘘だろ!?避けれねぇ…!)


 鈴は反射的に急所である心臓を右腕でかばう。鈴の右手の甲から肘にかけてスネークの刃がかすめていく。掠めたといっても皮膚が切れたことに変わりはない。鈴は右腕の傷が燃えるように熱く主張してくることと血が滴っていくことの両方を感じていた。


「―ッ!」


 思わず苦痛の叫びが口からこぼれてしまいそうな傷の痛みに鈴は必死で耐える。

スネークは鈴の様子を見て「楽にしてやるから動くな」と釘を刺す。

 鈴は腕の痛みを忘れたかのように激怒した。

「俺は五月を守るって決めてるんだよ!こんなとこで死ねるか!!」

「さつき?……あぁ、あの女のガキか。まぁ確かに、お前の死に際を決めるのはお前自身か。じゃあ精々足掻あがけよ」



 スネークは目の前のガキをさとすのを諦めた。スネークは昔から弱い者いじめが好きではない。対等の者と戦うのが好きなだけで弱い者をなぶ甚振いたぶることには何の興味も興奮も起きない。


(このガキはそれでも俺に歯向かってくるのか)

 

 目の前の弱者は足を止めずにスネークに近づく。鈴は早くも左腕を犠牲にした。

スネークは避けられないように連続攻撃を仕掛ける。それも急所を突く攻撃ばかり。もはや、鈴は何かを犠牲にしなければスネークに近づけない有様になっていた。

 スネークはこの弱者の生き様が嫌いではなかった。本来、自分たちに狩られる対象である≪適合者≫でありながらここまで足掻くガキを初めて見たからである。


(見事な生き様に俺は素直に敬意を表す。そろそろ魂を狩り、痛みから解放してやろう)


 するとスネークの背後から声がした。来鈴らいりんの方へ向かっていった女の方のガキだ、とスネークは気づいた。


(俺がやるべきことは変わらない。任務の邪魔になる者は速やかに排除する。)


 無防備に近づいてくる五月にスネークは容赦なく攻撃を仕掛けた。しかし、スネークの攻撃は五月へは届かなかった。先ほどまでスネークの後ろにいたはずの弱者の背中がそこにあった。スネークにとってあまりにも予想外のことであったため、スネークは手を止めることができなかった。

 スネークが振りかざした刃は鈴の背中に縦一文字の傷を刻みつけた。


(もうこの状態では魂を狩る前に生き途絶えるだろう。せめてものはなむけとして今にも泣きそうなこのガキも黄泉の国へと送ってやろう。黄泉の国で二人仲良く暮らせばいい)

 

 スネークは自らの武器を構え直す。首の頸動脈けいどうみゃくでも切れば楽に死ねるだろうと考えた。それを実行に移そうとした瞬間、インカム(インターカム)に音声が入った。


『――何をしている、スネーク。貴様があやめようとしている少女は私の妹なるぞ』


「妹様?」と俺は口に出してしまう。さぞ間抜けに、驚いた表情を見せてしまっているだろう。そんなスネークの心配と裏腹に五月は意識を失った。




 スネークは五月を見つめ「この少女がメアリー様の妹様……」と自分に言い聞かせながら観察した。そして我に返りメアリーに謝罪をする。

「申し訳ございません、メアリー様。妹様とは知らず攻撃をしてしまいました……この失態につきましてはどんな処罰でも受けさせていただきます」


メアリー・オブ・ロード――彼女は死神の組織≪DEATH BLACKデスブラック≫を創設し統括している。


そんな偉大な方の妹様の命を奪おうとしていたのだとスネークは猛省した。メアリー様にどんな処罰を言い渡されても構わない、とスネークは覚悟を決めてメアリーの言葉を待った。

『……五月の容態は?』

「き、気を失っています」

処罰を言い渡される前に五月のことを聞かれ、スネークは少し声が裏返りそうになった。

『具体的には?』


スネークは人間の体に詳しい知識を持っていない。返答に困っていると来鈴が口を開いた。


「スネークの代わりにわたくしが説明させていただきます、メアリー様」

『分かったわ。続けて頂戴』

来鈴は五月の容態を見た。そしてすぐさま報告した。

「妹様は過呼吸が原因で失神しております。私が対処します」

『いいえ、大丈夫よ来鈴。五月は目覚めるから』


「「??」」


 スネークと来鈴は顔を見合わせて疑問符を浮かべる。メアリーの考えがよく理解できなかった彼らを差し置いてメアリーは言葉を続ける。

『私が五月について語っていなかったのが悪かったわ。スネーク、来鈴任務お疲れ様。詳しくは貴方たちが戻ってきてから話すことにするわ』

「「了解しました、メアリー様」」


 インカムが切れるとスネークは来鈴に感謝の意を述べた。

「来鈴、助かったよ。サンキューな」

 来鈴は肩の荷が降りたような顔をした。

「……メアリー様お怒りになってるわよ」

「だよなぁ……妹様の命を奪うところだったからな」

 スネークは自らを省みていた時ふと気になったことを来鈴に問いかけた。

「来鈴は何故、妹様を見逃したんだ?」

 今回来鈴と任務をしたら誰しも抱くであろう質問に来鈴は「……姉を失う気持ちはわたくしが一番よく分かっていますから」と一瞬だけ悲しげな顔をして答えてくれた。


そして彼らはデパートから消え去った。



『――つき、さつき!五月ってば』

 

 誰かが私を呼んでいる。その呼びかけに応えるように歌仙 五月かせん さつきは目を覚ます。しかし、そこは現実世界とは思えない世界であった。周りをキョロキョロ見渡すが「無」。真っ白に染まった空間が悠々と広がっている。


「……ここは?」

すると、『ここは僕の空間だよ』と声がした。

 聞き覚えがある声だ。相変わらず、姿が見えないが他人の脳内でお喋りをするのが大好きな彼だろう。

「今朝も夢で話しかけてきたわね……?」

 確認するように問いかけると『そうだよ!』と元気な返事がした。

「…………」

『そんなヤバいヤツを見る目になるのやめて~』

「夢でも思ってたけど、貴方どこから私を見てるの?」


五月はもう一度辺りを見渡す。しかし先ほどと変化はない。


『神様目線かなぁ』

「貴方とは仲良くなれそうにないわね」

 五月は当たり前のように会話をしていたが、夢と異なる点に早くも気がついた。

「私、貴方と話せてる……!」

『さっすが!五月!!ここは僕の空間で君を招待した。だから対等に話ができるんだよ』

「ん?それって私の夢の中だと対等に話す気がないってこと?」

 失礼なヤツだと五月は口をとがらせる。

『ごめんごめん!怒らないで~!五月はまだ覚醒してないのが原因なんだよ』

「かくせい……?」


 隔世?拡声?覚醒?

 五月が頭を抱えているのを見てツキは思い出したように話しかけた。

『あ、五月。鈴のこと放置してて大丈夫なの?』

「鈴」という単語が出てきた刹那、五月は見えない彼に早口で質問した。


「鈴はどこだ!?」

「鈴は何故ここにいない?!」

「鈴は生きているのか!?」

『おーちーつーいーて!質問は一つずつするものだよ』

 ツキはお菓子を買って貰えず駄々をこねる子供をあやすように五月を落ち着かせる。五月が「むむむ」と我慢をして、口を閉じ返答を待つようになるのを確認してツキは答えた。


『鈴はここにはいない。現実世界にいるよ』

『鈴はここには来れない。僕が招待していないから』

『鈴は死んではいない。瀕死の状態だけど』


 五月は鈴の状態を聞き、早く救急車を呼ばないといけないと考えた。

「ツキ、私を現実世界へ戻してくれ。鈴を助けなくてはいけない」

『うん。分かっているよ五月。だけど間に合わないよ』

「――ッ!!」

 五月は彼が見えないことに感謝した。もし彼の姿が見えていたらぶん殴っていただろう。

 ツキは五月の怒りを身に感じながら発言する。

『僕の力を五月が使えば鈴は助かる』

「何をすればいいんだ」とすぐさま問いをする。

 そんなうまい話があるか。何か代償があるに違いない。それでも五月は『どうでもいい』と思った。私が差し出せるものは喜んで差し出そう。その代わり鈴を助けてもらう。そう決心を固め、問いの答えを待った。


『一度、現実世界へ戻す。鈴と最期の会話を交わしてから決めるんだ。そして僕の力を借りるなら現実世界で僕の名前を呼んでほしい。その時、僕は君に力を貸そう』

 五月が想像していた答えとは180度違っていたが、五月の決意をくつがえすものではなかった。



 歌仙 五月は現実世界で目を覚ます。過呼吸であったはずなのに呼吸はいつの間にか整っている。

 そしてゆっくりと鈴を見る。鈴は瀕死の状態にも関わらず、私の上に覆いかぶさっている。まるでしかばねに成り果てようとも五月だけは守り抜くと言わんばかりに。

 五月は鈴の背中にある傷を見直す。失神する前に見た状態よりも流血がひどくなっていて、鈴の顔は生気を失い青ざめている。鈴の生命の灯は間もなくき消えるだろう。


しかし――

「……さ……つき?」

 鈴は言葉を発した。鈴の視界と感覚器官は機能していないのだろうに、鈴は五月を探そうと血だらけになっている右腕を上げだした。五月は驚いて鈴の右腕を握って優しく抱きしめる。


(大丈夫だよ、私はここにいる)


 五月は鈴と最期の言葉を交わすために声を出す。震えている声が自らの耳へ入り込む。

「れい、わたしはここにいるよ」

 鈴は無理やり体を起こそうとしていたが、五月の声に安心して体を預けた。鈴のわずかな体温と小さな呼吸を感じる。鈴の死を避けられないと察してしまった五月の瞳は勝手に涙をこぼした。一粒、また一粒……そして五月の体は小刻みに震える。


「……おれ、こうかいしてないぞ」


 鈴は最期の力を振り絞って綺麗に言葉を紡ぎだす。


「だいすきだよ」


 鈴は言いたいことを言い切った。そして五月が自分の顔を見ているかも分からないが笑みを作る。今まで五月が見たことないような笑みを人生最期に見せた。




そして――冠陽侍 鈴かんようじ れいの人生は呆気あっけなく幕を下ろした。




 五月はツキから『鈴と最期の会話を交わす』ことを助言された。

 鈴の死に際を見た五月は意外にも冷静だった。冷静すぎた。死という現象が五月の全てを包み込み「何も感じない、何も考えられない」状態にしてしまった。五月は鈴のむくろを無意識に抱きしめる。まだ温かいのに鈴は死んでいるのだ。

 

 鈴の遺体から人としての温もりが消えた時、五月はようやく思考をめぐらせることに成功した。ツキは、五月が鈴を助けようとしても『間に合わない』と断言したが、『僕の力を五月が使えば鈴は助かる』と言ったのだ。

 五月はツキを信用する、しない以前にツキの話をもっと詳しく聞きたいと思った。


「……ツキ」

 

 突如、静寂なデパートの中心部に亀裂が走った。時空が歪んだように呼応する。人ではない何かがデパートに舞い降りた。150㎝くらいの身長の童顔な少年だった。黄金色こがねいろに輝く瞳と歩むとなび黄金おうごんの髪。絵本で見た「あま羽衣はごろも」なようなものを着て、何故か直径7~8㎝ぐらいの石を首にぶら下げている。

 

 彼はニコニコして五月に話しかけた。

「名を呼んでくれてありがとう、五月。今一度自己紹介をさせてくれ。

僕は≪神の代理者かみのだいりのもの≫としてこの世界を見守っている、ツキという者だ」


 神の代理――を象徴するような神々しさが彼にはあった。五月は一年間、夢の中で話しかけてきた彼を見て何故か懐かしい気持ちになった。初めて見たはずだが『初めまして』とは思えない、奇妙な気持ちだった。


「どこかで出会ってたりする?」

 バカバカしいとは思っている。しかし、何故か私は彼を知っている気がするのだ。

 ツキは目を細めて言った。

だよ」

「そう……?」

 五月は自分の勘はよく当たる方なのに、と少し悲しく思った。今回は外れたようだ。

 ツキは会話を続ける。

「僕を呼んでくれたってことは、僕の力を貸してほしいってことかな?」

「そのことだけど……ツキ、貴方の力を借りて鈴を救うなんて……もう無理だと思う。鈴は死んじゃったよ」

 この事実をどう変えるのか。神の代理なら変えられるのだろうか。五月はツキの詳しい説明を聞きたくてしょうがなかった。

「う~ん、説明するより実践するほうが早いんだよね」

 ツキは「説明するの難しいんだよね」と困った顔をした。

「実践するって何をするの?」

「鈴を蘇生させる」


(なんて言った……ヤツは……?鈴を蘇生させる?)


 混乱している五月にツキは構わず話を続ける。

「僕の力は言わば≪神の力≫……五月の右手に『触れたものに生を与える力』、左手には『触れたものに死を与える力』を貸すことができる。右手で鈴を触れてごらん。あっという間に生き返るよ」


「お前は――何を言っている?」


「だから言ったじゃん。実践するほうが早いんだよ」

 

 鈴は自身が死ぬ時、後悔をしていなかった。私を守って死んだのに、笑顔を見せてきたんだぞ、あのバカは。


そんな鈴の、

「鈴の生き様を否定しろ、と?」


「それをするのは君じゃないか、五月。僕は事実を教えてるだけ。五月が鈴を蘇生させなくてもこの世界は止まらない。≪DEATH BLACK死神≫も止まらない、彼らにも目的があるから」

 

さらっと目の前の少年は語る、鈴を殺した死神たちの名を。

「大丈夫だよ五月、君のしたいように行動してくれ。僕は君を止める資格を持っていない」

 私に優しくしているつもりなのか、ツキは穏やかな声でそう言った。

 私がツキの力を借り蘇生させることができたとしても鈴自身は喜んでくれるのだろうか。そもそも、なんて傲慢なことをしようとしているのだろうか。私以外にも身近な人が死んでいるこの世界で、私だけが鈴を蘇生させるなんて……私は何様なのだろう……。

 自己嫌悪が止まらなくなってきたが、そんな時に鈴の声が聞こえた。


『……おれ、こうかいしてないぞ』


 そうだ、鈴は後悔しなかった。だから私も覚悟を決めるさ。たとえ、この行為が否定されても許されなくても蔑さげすまれても構わない。私はその者たちを超えていこう。

【傲慢】な生き様をしていこう。誰も私の愚かな行為を認めなくていい、これは私が後悔をしないための選択だから。


「ツキ」


 五月はツキを真っ正面から見つめ、一呼吸置いた。

 

「私に≪神の力≫を貸してほしい」


 その発言をツキは聞き届けた。

「いいよ。僕は君に力を貸そう。これからよろしくね」



 

 そして五月は覚醒した。

 それは、この世界に今一度≪神の力≫保有者が生まれたことを意味する。


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