第一章【死神編】一話「遭遇」

 少女は勢いよく玄関のドアを開け、太陽の光を全身に浴びた。唐突に自然界の光が彼女のまなこを照らし射貫く。その現象に歌仙 五月かせん さつきは眉をひそめた。反射的に顔を覆い隠しながら玄関の鍵を閉め、幼馴染との集合場所へと駆けだしていく。


「やばい!遅刻してしまう……!」と焦りを言葉にしながら段々と息を上げていった。焦りを口に出せないほど体力を使い果てた頃、五月はようやく集合場所である広場公園に着いた。しかし休むことはせず幼馴染を探す。周りを見渡し視野を着実と広げていった五月だったが幼馴染の姿は見当たらない。


(どこにいるんだ?アイツは……)

 五月は不安が募っていくばかりだ。


「さ~つき~!」と言う間抜けな呼び声とともに、五月の背中に他人の体重がし掛かる。こんな間抜けな呼び声をできるのはこの男ぐらいだろう。五月は後ろを振り返った。


れい!待たせたな」

「そんなことないぞ!それに俺、五月が俺のこと探してるの見てさ、対抗したくなっちゃって人影に隠れて移動してきたしな」

 ははは俺の勝ちかな、という風に笑ったこの男に五月は鳩尾みぞおちに軽く一発ひじ打ちを食らわせた。

 この男は冠陽侍 鈴かんようじ れい。アホな言動をしているが、鈴の姉は冠陽侍 麗香かんようじ れいかといって立派な巫女として冠陽侍神社で働いている。冠陽侍家は鈴の祖母にあたる冠陽侍月夜つくよ言伝ことづてで『という名をつけていくこと』が受け継がれているらしい。

 

 肩につく長さの黒髪が揺れ、鈴の体はよろめいた。鈴は五月の見事な肘打ちに「流石だぜ」と称した。満足した五月は、風圧でぐちゃぐちゃになっていた自分の髪を結い直し始めた。腰の長さまである茶髪を耳の高さへ移動させ左右に遊ばせる。ポニーテールの出来栄えと必ず頭角に在するアホ毛に我ながら感心する。

 

 二人は自然と目的地へ歩き出した。そして、鈴は今気づいたように口を開く。

「あ、五月セーラー服で来たんだ」

「今から行くデパートで服でも見ようかなと思ってさ、制服だと着慣れてるから着替えやすいだろ」

「ちゃんと考えてんだなぁ……俺は着てくるのが学ランしかなかっただけなんだよ。姉貴が一斉いっせいに洗い物してたんだよな……悲しいぜ」

 

 五月と鈴は雑談を交えながら、つい最近新設したデパートの下見役として向かっていた。

「まったく姉貴も人使いが荒いよな。巫女の仕事が忙しいから俺たちに見てこいだなんてよ」

 早速、鈴は下見役を頼んできた姉への不満を口にする。

「そうか?私は鈴とデパートへ行けて嬉しいぞ」

 自分の率直な感想を鈴へと伝えた五月だったが、鈴は一瞬にして顔を赤らめた。

「うぅ……そ、そうだな。俺も嬉しいよ」

 少し口ごもっている鈴に五月は疑問を感じながらも二人は目的のデパートへと到着した。広場公園から徒歩数分で到着するのはありがたい。このデパートはいい土地に恵まれたなと眺め褒めながら入口へ足を進める。


 はいきなりだった。突如デパート内から悲鳴が上がった。その悲鳴を発するのは一人また一人と増えていく。なにか事件が起こったのかと直感した五月と鈴はお互いにアイコンタクトを取りデパートへ入った。

 入ると逃げ惑う人、何かに恐怖を抱く人、泣きわめく人――みなが混乱しながら入口へ向かってきていた。五月は器用に人を避け先へ進む。後ろから「うわっ」と間抜けな声が聞こえたが、今は緊急事態であることは明白だ。五月は鈴の方を振り向かず足を速める。


 おそらく混乱の原因であろうデパート中心部へ来た五月は異様な光景を目にした。大鎌を持った男と女がそこにいたのである。男は白い軍服のような服を着て、白く長い髪を後ろで結い、左頬に黒い刺青をしている。女は着物を着て派手なピンクの髪を二つに結い二本の角を生やしている。五月は本能的に彼らが人ならざる者だと思った。

 

 ピンク髪の鬼女が私に気づいた様子で「あら?人間が増えましたわ、スネーク」と男に呼びかける。胸の長さにまである白髪の前髪を揺らし、スネークと呼ばれた男が私を見る。漆黒の刺青は蛇の形を模しているようだ。

「やることは変わらんさ。邪魔をするなら狩る」と五月に言い聞かせるように呟いた。

 彼らが私に視線を送ったとき、正確には彼らの眼を見たとき五月は彼らが何者なのかに気づいてしまった。そして叫んだ、答え合わせをしてくれと強請ねだる子供のように。


「その赤い眼!!≪DEATH BLACKデスブラック≫!?」


 彼らはその単語に反応を示した。スネークは百点満点だというように言葉を紡いだ。

「へぇ~よく覚えていたなガキ!一年前、俺たちの名を勝手に広めやがったヤツはもうこの世にいないのになぁ。本来俺たちの名を口に出すことだけでもは許さない」

 スネークは私に照準を合わせたようだ。私の方へ歩み寄る。

「ガキ、お前は≪適合者≫か?……いや違うようだな」

 スネークは耳元に手を近づけ自問自答した。五月はスネークが耳元に手を近づけるために前髪をかきあげた瞬間、インカム(インターカム)を着けていることに気づいた。これが意味するものは

「まだ他にも仲間がいるのか」

 ぼそっと呟いた独り言であったがスネークは律儀りちぎに答えてくれる。

「あぁそうだぜ、心強い仲間がいる」

 スネークは五月を間合いに捉えたらしい。五月はそのことにすぐさま気づき、一歩下がり間合いから抜け出す。自らの生命の危機に直面した五月は逃げるのが得策だと結論づけた。そしてそれを実行しようとした時、後ろから五月のもとへ向かってくる足音がした。


「なんだこいつら!コスプレイヤーか!?」と鈴は彼らを見て思わず声を上げ五月に近づく。こんな非日常な時でもいつも通りの言動をとる鈴に五月は謎の安心感を抱いてしまう。

 スネークは鈴を見て眉をひそめる。そして先ほども聞いた単語を口にした。

「お前は……≪適合者≫だな。まさかこの場に二人もいるとはな。来鈴らいりん、そのガキは任せたぞ」

 スネークは来鈴と呼ばれた女へ目を向ける。私もすかさずその視線を追う。そこには一人の女性が物陰で怯えていた。五月は初めて逃げ遅れている人がいることに気がついた。このままでは私と鈴よりも先に女性の方が危険な目に遭うだろう。五月は「鈴ここはお前に任せるぞ」と小声で言い、合図をした。


 五月と鈴は一斉にスネークの間合いを詰める。スネークは一瞬、反応が遅れたがすぐに大鎌を鈴へと振りかざした。鈴は右横に逸れ、大鎌の刃が自らの左半身に接する直前に避けた。それを横目で見守った五月はスネークの左横を全速力で抜ける。スネークは五月の方を見向きもせずそのまま来鈴のもとへと向かわせた。

 

 五月は来鈴のもとへ駆け寄り近づいて庇うように怯えている女性の前へ出た。逃げ遅れた女性は、このデパートのスタッフらしく黒髪が耳より下で結ってありネームプレートには『聖覇ひじりは』という文字が刻まれていた。

 

 来鈴は大きなため息をついた。まるで私の行動が無意味だと言っているかのように。

「人間、そこを退きなさい。貴女はわたくしたちが狩る対象者ではないのよ。無駄な足掻あがきをしないで頂戴な」と来鈴は五月にさとすように話す。

 しかし、五月は退かない。こんな行為を見逃せるほどの人間ではない。五月の決意をそのまま物語るような茶色の眼を見て、来鈴は「理解ができないわね」といった風に困った顔をした。そして五月に一つの質問をした。

「貴女、はいる?」と。五月は何故いきなり姉の有無を問われたのか分からなかったが事実を伝えた。

「血は繋がっていないけど姉はいたよ」

「…………そう。教えてくれてありがとう」

 来鈴は察してくれたようだ。来鈴は大鎌を後ろにいる女性へ構えた。

 

 五月はこのエリアの出入り口が二つあることに気がついていた。一つは私たちが入ってきた出入り口、そしてもう一つは来鈴の後ろにある出入り口だ。私たちが入ってきた出入り口の道にはスネークと鈴がいる。効率的に考えて私が来鈴を足止めし、その間に女性に逃げてもらう作戦がいいだろう。来鈴とスネークを合流させると女性を逃がすことがより困難になるのは目に見えている。私は背後にいる女性にその作戦を小声で伝えた。女性は涙を瞳に含ませながらも頷いてくれた。

 

 私は来鈴との距離を詰める。来鈴は何故か私を攻撃する素振りを見せない。むしろ傷つけることを恐れているような…そんな感じがする。五月は来鈴にどんな意があろうとも今は女性を逃がすことに全神経を集中させていた。五月が来鈴の攻撃範囲へと侵入したため、五月を傷つけることを躊躇ちゅうちょしている来鈴は女性に攻撃することができなかった。女性が無事に逃げたのを確認すると五月は安堵した。来鈴は諦めたように大鎌を下ろした。

 

 来鈴の言動に戸惑いを隠せないが、すぐさま鈴のもとへ手を貸しにいかなくてはいけない。鈴の方を向くと鈴は血だらけだった。大鎌を何度も避けようと試みたのだろう。かすり傷が多く黒い学ランが血の色と重なり変色していっている。この光景を見て冷静になれるはずがない。


「鈴!!」と大きな声を出して鈴のもとへと近づこうとする。だが、スネークはそれを見逃してはくれない。スネークの大鎌は五月へ振り下ろされた。五月は前へと足を進ませていたため左右へと避けることができなかった。

 

 五月は死を確信した。16歳、高校二年生になるばかりなのに...ここで人生が終わるのかと最後に思い反射的に目をつむった。

 

 温かいモノが私の身をつたった。不思議と痛みはない。これが死なのかと思ったがそんなバカな考えをしてしまったと気づけた時、私と誰かがぶつかっていた。そのまま流れるように倒れ、目を開けると私の上に鈴がいた。鈴の背中には縦一文字の傷跡が見えた。私を庇い致命傷を負った鈴を無意識に抱きしめていた。鈴の体温が心臓の鼓動が伝わってくる。鼓動が弱くなっている。


「っ……ぁぅ?」


うまく言葉が紡げない。目の前が真っ暗になる。動悸が激しくなる。


(やばい、やばいパニック発作だ。まずい)


 自らの状況を理解していても、鈴へ致命傷を負わせてしまった事実は不変である。段々と過呼吸気味になっている五月へスネークはもう一度、大鎌を構える。そして振りかざそうとした瞬間、スネークは手を止め驚いたように呟いた。


「妹様?」


 スネークが意味の分からない発言をしているが今はそれどころではない。鈴が死んでしまう。

 ついに、五月は過呼吸になり意識を失った。

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