第99話 クリスマス特別編
※最終回の三年後を想定しています
今日はクリスマスイブ。とは言えもちろんこの世界にはクリスマスなんて存在しない。キリストがいないのだから当たり前だ。しかしリクの家では今日はクリスマスパーティが開かれる。
事の起こりは一ヶ月前、リクとアイが元いた世界の話をしている時にクリスマスというイベントがあるという話になった。
「そういえばもうすぐ向こうの世界はクリスマスイブだな」
膝の上に座る燃えるような赤髪赤目の愛娘フーの頭を撫でながら、リクが横に座ってくつろぐ同郷の異世界人アイに話かける。アイはスプール王国の騎士団に所属しているが、今日は非番で外泊許可を取っている。なかなか外泊をすることは出来ないので、エルとルーシーも今日ばかりはリクの隣をアイに譲る。
「そうだね。こっちでは新年のお祝いはするけど、そういう日は無いよね」
「クリスマスって何?」
向かいのソファに座るエルから尤もな質問がされる。その隣に座るルーシーとリクの膝の上のフーも同じように不思議そうな顔をして二人を見ている。
「もともとはキリスト教っていう宗教を作ったイエス・キリストっていう人の誕生を祝う日なんだ。誕生日ではないってのがややこしいんだけど」
「ふむ、それでは二人はそのキリスト教の信者なのか?」
ルーシーから質問されたリクとアイは確かに普通はそういう風に思うよなぁと考える。そしてどう説明したものかと少し悩んでアイが答える。
「私たちの国って宗教に寛大と言うか…節操がないと言うか…本来信仰している宗教以外でもそういうイベントごとだけは取り入れるみたいな感覚だったの」
「へー、それでクリスマスって何をする日なの?」
「俺たちの国では家族や友人とパーティをしたり、恋人とデートしたり、プレゼントを贈り合ったりとかかな」
「私もやってみたいな」
リクの膝の上でフーが言う。我が家のアイドル的存在のフーが言うのであればやらないという選択肢はない。
そうしてクリスマスパーティーの開催が決まってから一ヶ月。急ピッチで進められた準備により、なんとかそれっぽいものに仕上がっている。
料理はクリスマスを知っているアイが主導でルーシーとフーが手伝う。七面鳥の丸焼きは手に入らないので、深淵の森に生息するコカトリスを焼いて代わりにするなど、工夫を凝らしながら作っている。
ツリー担当はリクとエル。もみの木っぽい木を探してきて、雑貨屋で用意したそれっぽいものを飾り付ける。
プレゼントに関してはそれぞれが一人一人に用意するという形になった。プレゼントを回してという話をしたらケンカになると断固拒否された。特に嫁三人に。
そうして何とか開催にこぎつけたクリスマスパーティーがリクの音頭で始まった。
「じゃあメリークリスマス」
「「「「メリークリスマス」」」」
飲み物はスパークリングワインだ。フーにはアルコールを抜いたものを用意している。フォータム共和国を皮切りにして、この世界にも炭酸飲料というのが流行りだしていた。そしてスパークリングワインもそれに合わせて広まったのだ。
「これ美味しいわね。もっと飲も!」
手酌で注ぐエルを呆れたような顔で見る四人。エルは蟒蛇であるリクやルーシーよりも酔いやすいが間違いなく一番の酒好きだ。まだ若いのに大丈夫かとリクは常々思っている。ちなみにアイはそこまで飲めない体質で、いつも最初の一杯くらいだ。
「お母さん、ほどほどにしてね」
「はーい」
エルは大抵のことならフーの言うことを聞く。しかし酒だけは違うようで、いくらフーが気を付けるように言っても生返事を返すだけで聞く耳を持たない。
「これは楽しくて良いのう」
「これ美味しいよ!チーズをこんな風にするの初めて」
ルーシーとフーに好評なのがチーズフォンデュだ。アイがせっかくのクリスマスディナーなので食べておいしいだけではなく、楽しくなるようなものをと思い用意したのだ。この世界にある素材で十分再現できるものだったのも大きい。
他にもシュリンプサラダやアヒージョ、ローストビーフ、ブルスケッタなどなど、いかにもパーティーらしいメニューが沢山ある。まるでここだけリクたちのいた世界であるかのような感覚になる。異世界で良くここまでできるものだとリクはアイの手腕に感心する。
「おーい!リクちゃんと飲んでる?」
「エル、飲みすぎだぞ?クリスマスパーティはディナー食べて終わりじゃないんだから」
完全に出来上がって抱き着いてくるエルにリクが困惑していると、やがて立ったままのエルから寝息が聞こえてくる。
「……器用だな……ルーシー頼む」
「本当に仕方のないやつじゃのう。麦酒と同じ感覚で飲むからじゃ」
『解毒』と『気付』をかけてもらうと、エルはすっかり元気になって今度はルーシーに抱き着く。
「ありがとうルーシー、もっと飲もうよ!」
「ほどほどにしろと言うておろうに。仕方のないやつじゃ」
そう言って二人はまたスパークリングワインを口にする。既に五本も空いている。口では文句を言いながらも妹のようなエルが可愛いルーシーは甘やかす。二人が一緒に暮らし始めて四年近く経ってもその関係性は変わらない。
今ではアイが一家に加わったことで三人を姉妹と考えると年齢的に長女ルーシー、次女アイ、三女エルというような感じになっている。長女は面倒見が良く、次女はしっかり者、三女は甘えん坊だなと密かにリクは思っている。
今もアイは料理や飲み物が足らなくならないように気を配ったり、フーに取り分けたりしてあげている。リクがゆっくりすればいいのにと言っても、こっちの方が性に合っていると言って止めることは無い。最初はリクたちも手伝っていたが、本人がやりたいと言うのでお任せしている。
飲食が一段落すると、軽く摘める物だけを残してメインイベントであるプレゼント交換だ。
そしてこの土壇場でエルとルーシーが共同でプレゼントを用意したと言い出す。恐らく魔道具関連かなと三人は当りをつけて了承する。
「じゃあプレゼント交換だけど、どうやってやる?」
「順番を決めて一人ずつみんなに渡したらいいんじゃないかしら?」
エルの提案に他の四人は首肯する。そして順番を決めようと言うことになると、手早くアイがあみだくじを作る。
結果、アイ、エルとルーシー、フー、リクの順番となった。まずはアイがきれいに包装されたプレゼントを四人に手渡す。中身は家庭的なアイらしく二メートルほどの手編みのマフラーだ。そのクオリティはとても騎士団の仕事をしながら一ヶ月で四つも用意したとは思えない。
「すごいな、いつの間に作ったんだ?」
「ふふ、昔から編み物は好きで良くやってたから」
四人は口々にアイのマフラーを称賛しお礼を言う。いくら得意とは言え大変だったであろうことは想像に難くない。
次の順番はエルとルーシー、三人に手渡されたのは小さな箱だ。早速開けてみると、中に入っていたのは懐中時計。この世界では時計の小型化はまだ出来ておらず画期的な物だと言える。
「すごい!ありがとうエル、ルーシー。これは助かるわ」
アイが特に感動している。やはり騎士団所属ということもあり時間が正確に分かるというのは大事なことだ。専らスローライフなリクとフーも見事な出来に称賛を送り、お礼を言う。
「次は私の番だね、はいどうぞ」
フーが四人に小さな袋を手渡す。その中には燃えるような赤いペンダントトップを持ったペンダントが入っている。見覚えのある色にリクが呟く。
「これはもしかして…」
「うん、私の鱗から作ったペンダントだよ。みんな同じ指輪をしてるから、私もみんなと同じアクセサリーが欲しくて」
そう言って自身の首にぶら下げられたペンダントを見せるフー。余りにも可愛らしく、いじらしいその願いに四人が感激してお礼を言い、みんなで着けて笑い合う。
「じゃあ最後は俺だな」
四人に大きめの袋を渡していくリク。エルとルーシーには魔導士のローブ、アイとフーには外套だ。四人には材質は良く分からないものの、その手触りや軽さから良いものであることは一目瞭然だ。
「古代蚕の糸で作ったローブと外套だよ。みんなが風邪を引かないようにね。暖かくて頑丈だからどんどん使ってよ」
リクからさらっと告げられた材質に四人が驚嘆の声を上げる。古代蚕と言えば既に絶滅したとも言われる超希少種であり、お金を積んだから手に入るものではない。世界のどこかにまだ生息していると噂されているが、恐らく苦労して用意してくれたということがよく分かる。
「「「ありがとう、リク」」」「ありがとうお父さん」
こうして初めてのクリスマスパーティは大成功で終わったのだった。
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