第96話 エピローグ5 ルーシーとのデート
ルーシーとのデートは午後からがメインなので、朝は別のところに行こうとリクが提案する。
愛知県の朝と言えば喫茶店、モーニングだ。愛知県を地元としている人ならば、行きつけにしている喫茶店の一軒や二軒あるものだ。多分。
例によってリクとルーシーは手を繋いで歩き、残り三名が後ろからついてくる。
「あ、ここだ。良かった、まだちゃんとやってる」
少しレトロな雰囲気を持つ喫茶店。店長の趣味なのか、店先にはたくさんの花が並べられている。
「ふむ、昔ながらの建物といった感じじゃな」
「そうなんだよ。まあ俺もそこまで通っていた訳じゃないけどね。それじゃあ入ろうか」
入り口のドアを開けると、懐かしいドアベルが店内に響き渡る。こういうところが懐かしさを感じさせて、少し嬉しい。
「いらっしゃい、空いてるところにどうぞ」
時刻は朝食には少し遅めの十時前。それでもまだモーニングを提供している時間だ。
「じゃあ俺は普通にブレンドにしようかな。ルーシーはどうする?せっかくなら変わったもの飲んでみる?」
「ううむ、迷うのう。リクはどれがおすすめなのじゃ?」
一緒にメニュー表を覗き込むと、色鮮やかなジュースが目に入ってくる。
「じゃあクリームソーダなんかどうだ?喫茶店の定番な気がするけど」
「……緑?ふむ、分かった。これにしてみよう」
二人はそれぞれ注文をすると、リクはルーシーから昨日一昨日の感想を聞いてみる。
「水族館はいいな、あれは確かに面白い。水の中というのは妾達にとっては未知の世界じゃ。そこを覗けるというのは流行るじゃろうなあ」
「だね、フーも再現してみたいって言ってたよ。手伝ってあげてくれよ」
「ああ、もちろんじゃ。それで昨日の遊園地は確かにすごいが、あれはまだまだ作れぬなぁ」
残念そうな顔を浮かべるルーシーにリクが少し呆れた様子を見せる。
「ルーシー、再現できるかなんて、そんなに考えなくてもいいんじゃないか?もっと楽しく遊ぶことも大事だと思うけど?」
「ふむ、確かにそれは一理あるな。じゃが、どうしても珍しいものを見るとな」
ルーシーは根っからの研究者気質なので、リクに諌められても、あまり効果がなさそうだ。まあ本人がそれで楽しいならいいだろうとリクは思っておく。
二人が適当な話をしていると、店員が注文の品を配膳に来る。
「お待たせしました。ブレンドとクリームソーダです。それから、こちらモーニングとなっております。パンは百円で追加できますので。どうぞごゆっくりしてください」
注文したもの以外にも、トースト、ベーコンエッグ、サラダ、ヨーグルトが並べられる。
「リク、注文してないものが来ているが?」
間違えているのではないかと、ルーシーが首をかしげるのを見て、リクが笑う。
「これはサービスだよ、だから飲み物の値段だけで大丈夫なんだ」
「なんと、これが無料とな。朝から店内が賑わっているのも頷ける」
ルーシーの言う通り、店内にはサラリーマンらしき客や、老人グループなどで多くの席が埋まっていた。
二人は早速食べ始めようとするが、ルーシーが緑色のジュースにアイスクリームとさくらんぼが乗ったクリームソーダを見て困惑している。
「……これはどうやって飲めばよいのだ?」
「え?そのままだよ?飲むときは差し込んだストローから。上のアイスを食べる時は、この長いスプーン使ったらいい」
ルーシーはリクに言われるがまま、まずはストローを差し込んでクリームソーダを飲むと、ルーシーの顔が驚きに染まる。
「リク、甘くてシュワシュワするぞ!」
「あれ?炭酸くらいエールにもあるだろ?」
「確かにそうじゃが、ここまででは強くはないぞ?しかしこの刺激はなかなか面白いのう」
飲食そっちのけで、クリームソーダを見つめるルーシーを放っておいて、リクはモーニングを食べ始める。
「……それはなんじゃ?」
「え?あんこだけど、見たことあるだろ?」
「確かフォータムにもあったのう。甘いものじゃったと思ったが……パンに塗るものなのか?」
ルーシーの言う通り、あんこはオルトの店でも手に入る。だがリクはあまり和菓子を作ったりしないので、購入したことはない。
「そうそう、よく知ってるね。こうやってバターが塗ってあるトーストに塗ると旨いんだ。一口食べてみるか?」
差し出された小倉トーストを一口食べると、その顔に驚きと喜びが広がる。
「これはいい、妾も塗る」
ルーシーはリクの持っていたあんこが入った容器を奪い取ると、全部トーストにのせる。塗ると言うよりものせる。
「……やりすぎじゃないか?」
リクの非難の声もどこ吹く風と言うように、ルーシーは幸せそうに、あんこたっぷりの小倉トーストを頬張る。
これだけだと少し小腹が空きそうだと思い、リクはナポリタンを注文する。
愛知県の喫茶店のナポリタンと言えば、なぜか鉄板に溶き卵が敷かれて、その上に乗って出てくるのが定石だ。
太めの麺と、大きなウインナー、ピーマンが懐かしい。
そして二人はブランチを堪能し終えると、歩いて今日の目的地へと向かう。
「何となくルーシーが行きたいところって、そうじゃないかなって思ってたよ」
「うむ、こちらの世界の演劇も、確かに捨てがたかったがな」
歩くこと二十分ほど、二人が到着したのはシネコン、映画館だ。
さすがにあちらの世界では映画はないので、ルーシーは最初からここに来たいと決めていた。
ちなみに演劇は大分気に入っているようで、リクと一緒でなくとも、よく見に行っているようだ。
「ルーシー、何を見るんだ?」
「ふむ、どれがよいかのう……これは、少し古い感じがするがどうなのじゃ?」
ルーシーが指し示したのはリバイバル上映をしていた作品。ローマの休日だ。
リクの近所のシネコンは、一作はこうして名画をリバイバル上映しており、人気を博していた。
シンプルで白黒ながらオードリー・ヘップバーンの美しさが際立つ、誰もが見たことのあるポスター。思わず目を惹かれるのも納得できる。
「ああ、多分五十年以上は前の映画だったと思うよ。俺も見たことないから、それにしようか?」
リクとしては派手なアクション映画はちょっとないかなと思っており、尚且つローマの休日は、今でも名作と言われる映画なのだから初めて見るには丁度いい。
そして二人はチケットを購入して、シアター内に入る。リバイバル上映だけあって、あまり人は入っておらず、観客の年齢層は高めだ。
ルーシーは子供のように頬を紅潮させ、ドキドキした様子で始まるのを心待にしている。
「なあルーシー、手を握っててもいいか?」
「む?ああ、構わんよ」
返事を確認するとリクはルーシーの手をそっと握る。
リクは見たことはないが、ローマの休日のストーリーは知っている。結末がどうなるのかも。
だからルーシーと手を繋いで、彼女を感じながら見たいと思った。
やがて館内が暗くなり、本編が始まる。
新聞記者と王女の身分の違う恋。
最初は成り行きだったが、徐々に惹かれあう二人。
それでも身分の差はどうにもならない。
互いの思いを知りながらも、決して結ばれることのない二人。
映画の結末はリクとルーシーとは違う。それでもやはり二人は自分達のことを少し投影してしまう。
最初は軽く握っていた手も、ストーリーが進むにつれて、強く指を絡めて握るようになっていった。
上映が終わると、ルーシーはリクの肩に頭を乗せる。
「いい映画だったな……」
「そうじゃな……」
「俺はずっとそばにいるからな……」
「分かっておるよ……ありがとう」
ルーシーはそう言うとリクにキスをする。そうせずにはいられなかった。
リクはかつて魔王であり、魔族であり、竜種である自分のことを、いつまでも変わらずに見てくれる。
この先もずっと変わらぬ愛情を注いでくれるであろうリクに、ルーシーは精一杯の愛情を返したいと強く思った。
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